表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-15 秦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/596

02-01-02 秦十 李斯・韓非子

 しんの高官らは、国外から来ている論客がそれぞれの国の利益のために動いているから、と彼らを追放した。いわゆる逐客令である。

 この動きに対し、外国からの論客のひとり「李斯りし」が言う。


穆公ぼくこう由余ゆうよ犬戎けんじゅうから、百里奚ひゃくりけいえんから、蹇叔けんしゅくそうから、丕豹ひひょう公孫枝こうそんししんから得ることで西の覇王となった。孝公こうこう商鞅しょうおうの法を用いて、今に至る強国の礎を築いた。惠文王けいぶんおう張儀ちょうぎの計略を用い、六国の協調を切り裂いた。昭襄王しょうじょうおう范雎はんしょを得て国力を高めている。過去の四君は皆外国人の力で功績を収めている。どうして外国人だからと秦に背くことがあろうか! 彼らを懐深く受け入れることこそが大国の度量であろうし、何よりも論客を放逐すれば諸外国の助けとなろう! 敵に武器を送り、盗人に食料を与えたいのか!」


 これを聞いて始皇帝しこうていは逐客令を撤回。また李斯にも官位を与えた。なお李斯は人で、「性悪説せいあくせつ」を唱えた荀子じゅんしの弟子である。やがて秦は李斯の政策を取り入れ、天下を統一するに至る。

 一方、同時期にかんの公族である「韓非かんぴ」も秦にやって来ていた。その提示する政策は見事なもので、始皇帝も大喜びであった。このままでは自らの地位が失われると恐れた李斯、韓非に無実の罪を着せ、薬を飲んで自殺させた。



蒙求もうぎゅう

韓子孤憤かんしこふん 梁鴻五噫りょうこうごい

 韓非子は「孤憤」編にて法家のやっていることは正しいが厳しく、故に徒党を組む者たちの批判にさらされるであろう、と説いた。

 後漢の人梁鴻は才人だったが、漢帝に仕えるのをよしとせず各地を放浪。洛陽近くに至ったとき「五噫の歌」をものし、現世の批判をした。

 己の正しさのために、激烈な言葉で正しからざる者を糾弾することも辞さないふたり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ