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01-02-07 殷 箕子
紂王には比干のほか、もう一人叔父がいた。「箕子」という。彼は紂が象牙の箸を使い出したとき、王の贅沢好みはきっと留まるところを知らなくなるだろう、と予期した。
箕子の予感は的中。日を追うごとに紂の無道は加速していく。加えて諫めようとした微子は亡命、比干や九侯、鄂侯に至っては殺害されてしまう始末。身を危ぶんだ箕子は発狂したふりを演じる。その結果、牢獄に放り込まれた。
殷が滅んだのち、箕子は周に迎え入れられた。彼が殷の都跡地に赴けば、そこでソバやキビが穂を実らせている様子に出会う。思わず、箕子は歌う。
麥秀漸漸兮 禾黍油油兮
彼狡童兮 不與我好兮
ソバやキビが見事に実っている。
あのずる賢い小童は、
遂に我が忠心故の諫言を
受け入れてはくれなかったな。
殷の旧臣らは、その歌を聴いて涙したという。




