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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-03 西周

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01-03-01 周 始祖

 周《しゅう》は武王《ぶおう》を初代とするわけだが、先祖もまた偉大であったため武王が天下の主であった、とする。なので、その先祖たちについてだ。


 始祖とされるのは「后稷《こうしょく》」。名を棄《き》と言う。嚳《こく》の第三夫人「姜嫄《きょうげん》」が近隣の原野に巨人の足跡ができたと聞いて見に行き、遊び心で自らの足を足跡に重ねたところ后稷を身ごもったとされる。

 姜嫄はこの子を不吉に思って棄と名付け、捨てようとした。しかし町中に捨てれば牛や馬が踏むことはなく、山中に捨てればすぐに人々に拾われ、氷の上に放り出せば鳥がその羽で暖める。それでようやく、あぁ、これは神の子なのだと悟り、育てることにした。

 后稷は遊びで種を地面に植えたところ、それが発芽するのを目の当たりとしていた。その興味を募らせ、成人する頃には農務の達人として人々に指導するようにまでなる。そのため舜《しゅん》・禹《う》の下で農師としての辣腕を振るい、「邰《たい》」に封爵を受けるにまで至った。


 子の「不窋《ふちゅつ》」があとを継いだ頃、夏《か》の政治が衰えており、不窋は失職して蛮族の村に流れた。不窋が死ぬと子の「鞠《きく》」、孫の「公劉《こうりゅう》」があとを継ぐ。公劉は曾祖父の事業を復活させ、再び人々より仰がれるようになった。



詩経:

大雅 生民(姜嫄・后稷)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452220988161267

大雅 公劉

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452221322698254

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