02-02-06 漢一 楚漢戦争 6
前 204 年。
項羽が滎陽の劉邦を包囲する。劉邦、ぐったりとしながら、いつになったら天下が治まるのだ、と「陳平」に言う。陳平は言う。
「項羽の配下で忠臣と言えるのは范増以下数名ほど、他のものを離間させてしまえば、楚を破ることが出来ましょう」
そこで劉邦は陳平に黄金四万斤を与え、その用途を一任した。そこで陳平は内応をそそのかす間者を多く楚の陣内に放った。この工作で揺らいだ陣内を見て、項羽は真っ先に范増による工作を疑った。そのため范増は引退を願い出て陣より身を引き、故郷の彭城に到着する前に腫れ物によって死んだ。
楚軍の包囲はますます厳しいものとなった。「紀信」が言う。
「こうなっては、偽装降伏の計を用いて逃れるしかありますまい」
そこで劉邦の車に紀信が乗り、東門から出て行く。そして食糧が尽きたため降伏する、と宣言。降伏が本物かどうかを楚軍が疑っている間に、劉邦は西門から脱出した。項羽は紀信を焼き殺した。
劉邦が「成皐」に到着したところで、再度楚軍よりの包囲を受けた。劉邦はここで黄河を渡って北上、朝には趙の壁城に入り、韓信から軍を奪い、更に韓信には趙の兵を編成して斉を討て、と命じた。
劉邦軍、項羽軍が広武にて対峙。項羽は劉邦の父をまな板の上に載せ、宣告する。
「すみやかに降らねば、貴様の父を煮込むぞ!」
劉邦は答える。
「わしは貴様とともに義帝陛下に仕え、兄弟となろうと誓った身である。ならばわしの父はそなたの父ともなろう。貴様が自らの父を殺したいというのならば、ならばそのスープをわしにも一杯よこしてくれ」
項羽は劉邦への一騎討ちを申し込んだが、劉邦は力で戦うなどまっぴらだ、と却下。その上で項羽の大罪を十条挙げてなじった。項羽は怒り、劉邦に矢を浴びせる。その矢は劉邦の胸を傷つけた。
蒙求:
酈寄賣友 紀信詐帝
劉邦亡きあと権勢を握った、呂雉。彼女が死んだ後、漢室を傾けかけた呂雉の一族は誅殺される。このとき呂氏一門の呂禄と友人であった酈寄は、呂禄を欺いて漢に売り、呂氏誅滅の功績を得た。このため「酈寄は友人を売ったのだ」と言われた。
劉邦が項羽に包囲を受けたとき、紀信は自分が囮になるうちに逃げよと、劉邦の衣服、馬車を譲り受け、それらを用いて項羽の前に降伏。それが本物かどうかを項羽が確認している隙を見て、劉邦は包囲から脱出した。その後紀信は項羽に焼き殺された。
漢室を守るための詐術を操ったふたり。




