第081話 天に眼、天の網
『へぇ~。火傷がなかったらこんなに美人だったとねぇ。びっくりしたよ。
なんで火傷が治っているのかは知らないが、これは儲けもんだ。
娼館……いや、性奴隷として売ればいい金になるよ。
殺さずに飼っておいて正解だったねぇ。ふふふ。
しかし隣にいるガキとすごい美人二人は一体何者なんだ?』
クソバアアは心の中で呟くが……
「俺たちか? 俺は神でこの子たちは俺の嫁だ。
ゲイルは俺が嫁としてもらっていくからな。そのつもりでな」
「よ、よよよ、嫁っ!? はふぅ~っ」
ゲイルがまるで茹でだこのように真っ赤っかになっている? 頭からは湯気でも出ているかのように見える。
し、しまった! 先に話しておくべきだったな。 ゲイルを怒らせたかな?
順序が逆になってしまった。
この事は先に言っておくべきだったと思い、慌ててゲイル、そして、シェリー、ノアハにこのように言った意図を念話で説明する……
『すまねぇ。みんなには先に言っておくべきだったが……
取り敢えずゲイルを俺の嫁にするって体で話を進めるからな。
彼女を嫁にすると言えばさすがのこのクソババアも従わざるを得ないだろうからすったもんだすることもねぇだろうし、その方が話が早いと思ったんだ。
悪いなゲイル。嘘も方便ってヤツだ……本当にお前さんを嫁にするってことじゃねぇから、申し訳ねぇが俺の話に合わせてくれねぇか』
ん? ゲイルが酷く落ち込んでしまったぞ?
俺の嫁になるのがそんなに嫌だったのか!? 凹むなぁ~。
あれ? ハニーたちがなんかニヤニヤしているぞ? 妙だなぁ?
「ぼそぼそ……本当のことだったら良かったのになぁ~。あ~あ。とほほだよぉ。
はっ? なにを弱気なことを考えてんのよ私!
まだダメと決まったわけじゃないじゃん!
そうよ。お嫁さんになれるようにがんばるのよ……ごにょごにょ……」
ゲイルがなにやらブツブツと独り言を呟いているな? なんだろう?
「ゲイル? 今なんか言ったか? ちょっと聞き取れなかったんだが……」
「い、いえ! な、なにも……あはははは」
「そ、そうか。それならいいが……」
嘘でも俺なんかの嫁だと言われるのは嫌なんだな、きっと。
後でそれとなく不満を聞きだすことにするかぁ……。
目の前にいるクソババアがゲイルを嫁にすると言われたためか固まっている。
しかしこのババアが出てきたときには驚いたな。翠玉の部下かと思ったぜ。
肌の色が緑じゃないからすぐに違うとは分かったんだが……
肌の色が緑色ならどう見てもアマゾネス・オークだもんなぁ。
このクソババアの魂の色はほとんど黒に近い赤だ。
ゲイルを虐待してきただけじゃぁこうはならないはずだ。間違いなく殺人を含む重罪を犯しているよな。
クソババアは心の中で呟く……
『神? 確かに眉間には御印が……こ、これはマズいわねぇ。
ゲイルを売り飛ばせば金になると思ったのに! チッ!
このままくれてやるのも癪だねぇ……
そうだ! ダメで元元だ。これまで面倒を見てきた養育費を請求してみ……』
クソババアが"にたぁ~"という気持ち悪い笑みを浮かべながらなにかを言おうとした。言おうとしていることは想像が付くのでその言葉が発せられる前に……
「調子ぶっこいてんじゃねぇぞ!? クソバアアっ! 養育費だとぉ~?
火傷が癒えたゲイルを性奴隷としてうっぱらおうと考えるようなクソバアアに、なんで金を払わにゃいかん!?
俺の大切な嫁になる娘をこれまでロクに飯も食わせず虐待してきたくせに……」
クソババアを睨みつけながら強烈に威圧する!
「……生かしておいてもらえるだけありがてぇと思いな!」
「ひぃぃぃぃぃっ! な、ななな、なんであたしが考えていることが?」
交渉事をするにあたっては相手の心が読めれば有利だ。
このクソババアが顔を出した時に"受信専用の念話回線"をこの女に繋げておいたのである。この女の心の声は丸聞こえだ。
まあ~端っから交渉なんぞする気はないんだけどなっ! はっはっはっ!
「なんで?だとぉ? 俺は神だからだよ。
てめぇら家族がこの子にしてきたこたぁ全部まるっとお見通しだ!
天に眼、天の網……悪事は絶対に見逃さねぇぜ!」
天網恢恢疎にして漏らさず! だっ! ……ということにしておこう。
『ま、まさか私が姉さんの家に火を放ったことも知っているんだろうか!?
男児にいたずらしているのを姉さんに見咎められ、口封じのために殺したことも知っているというのか? そ、そんなバカな!』
平民の女性が幼い男児に性的ないたずらをしたら重い刑罰が科せられる。
情状酌量の余地がある場合でも犯罪奴隷として一生涯の苦役を科せられ……特段汲むべき事情が無い場合はまず極刑だ。
「お前、酷ぇことしやがるなぁ……」
「や、やはりあたしが姉さんの家に火を放ったことも、し、知っていると?」
「そ……そんな……叔母さんが……」
ゲイルは顔面蒼白。膝から崩れ落ちそうになる……
俺は咄嗟に彼女を抱き留める。彼女は小刻みに震えながら目からポロポロと涙を零しだした。
「ふんっ。語るに落ちたな? てめぇがショタだってことも当然知っているぜ」
「し、ショタ?」
この場にいる全員が『ショタ』の意味が分からずキョトンとしている!?
そうか! この世界にはひと言で『ショタ』を表現できる言葉はないのか!?
「ああ。てめぇが男児に欲情するってことも全部お見通しだ」
「えっ! そこまでお見通しとは……」
クソババアは愕然とし、暫し考え込む……
『そうなると……あたしがゲイルの後見人になったのは、あの子が相続した土地が目当てだったってことも知っているの!? どうしよう?
土地を処分して得た金はもう全部使っちゃったし……どう言い訳しよう?
こんなことなら金を手に入れたらすぐにゲイルを殺しておけば良かった』
なんというクソババアだっ!
ゲイルの家族を放火殺人した上に、さらに本来は彼女が相続するはずの土地……
焼け落ちた彼女たちの家が建っていた土地を勝手に処分して金を得たのか!?
そのためだけに、彼女を形の上でだけ養子にしたということなのかっ!?
ゆ……許せんっ!
「ゲイルの土地を売っ払った金が手に入ったときすぐ彼女を殺しておけば良かっただとぉ? なんて身勝手なっ! ぶっ殺す! てめぇは生かしちゃおけねぇ!」
「ひぃぃぃぃぃっ! そ、そこまでご存じとは!? で、出来心なんです!
つい魔が差して……」
「なにが出来心だっ! 四肢粉砕!」
ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ! 痛い……
クソババアは激痛に堪えかねすぐに意識を手放した。
見た目はアマゾネス・オークだが……弱い。弱すぎる……。
「う、上様! お願いです! 叔母を……どうか叔母を許してやって下さい!」
「どうしてだ? お前さんの家族を殺した上に、お前さんたち一家の土地を勝手に売っ払って、得た金も懐に入れちまったんだぜ?
お前さんを養子にしたのも善意からじゃねぇ! 土地を手に入れるためだ!
しかもお前さんの火傷が治ったのを見て、お前さんを性奴隷として売り払い金にしようとまでしたんだ! 許せるか!?
それになぁ……この女は年端もいかない少年を性欲の捌け口にしている!
お前さんには気の毒だが……この女だけは絶対に許せねぇ! 成敗する!」
「そ、そんなぁ……うう……」
宋襄の仁だ。ここで掛ける情けは仇となる可能性がある。
ゲイルは優しい子だ。これまで彼女が受けてきた仕打ちを考えれば復讐したいと考えるのが普通だろうに……
「ゲイル……お前さんは優しいいい子だなぁ。その心根の優しさに免じてこの女を許してやりてぇのはやまやまだが、俺の立場上、それはどうしてもできねぇ。
この女は看過できねぇほどの悪事を重ねている。お前さんだけじゃなく、無辜の少年が多く犠牲になっているんだ。だから、許すわけにはいかねぇ!
たとえお前さんに嫌われようともこの女は……ぶっ殺す! これは決定事項だ」
ゲイルは俺の胸に顔を埋めてしゃくり上げている……
「ハニーたち。悪ぃがこの子を連れて先に神殿に帰っていてくれ。頼む。
これから俺がすることは見せねぇ方がいいだろうからな」
「承知しました。さあゲイルさん。私たちと一緒に行きましょう」
シェリーが俺からゲイルを引き離し……
ノアハと顔を見合わせ、二人は互いに小さく頷き合うとゲイルを連れて転移していった。
◇◇◇◇◇◇◇
「修復」
「…………」
クソババアは四肢の骨折が治ってもまだ意識を失っている。すると……
「メッサリナ! どうした!? 大丈夫か!?」
家の中から男が出てくると倒れているゲイルの叔母に駆け寄った。
痩せていて神経質そうな男だ。どうやら夫、ゲイルの義理の叔父のようだ。
魂の色は"オレンジ色"だ。人殺しまではしていないがかなりあくどいことをしてきているようだ。
「お母さん! 大丈夫!?」
メッサリナの娘のようだ。外の騒ぎを聞きつけて家から飛び出してきた。
この娘の魂の色も"オレンジ色"だ。
こんな陸でもない者たちに囲まれてゲイルは生きてきたのか……
「お、お前がやったのかっ! 誰かぁーーっ! 誰か助けてくれーーっ!」
メッサリナの夫は大声で助けを呼ぶ……
すると近所の者たちがわらわらと集まってきた。
ざわざわざわ……ざわざわざわ……
ざわざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわ……
「どうしたんだ? バトリさん?」
「この男が妻を……」
面倒なことになってきたなぁ。しょうがない。
眉間の印を一際輝かせながら……
「俺はこういう者だ。俺の妻となることが決まっていたゲイルに酷い仕打ちをしてきたコイツらに罰を下しに来た。
お前たちもゲイルが酷い目に遭っているのに見て見ぬふりをしてきただろう?
みんな同罪だな。覚悟しろよ」
"ひぃぃぃぃぃっ!"
「お、お許しを」「恐ろしくてなにもできなかったんです」
「ゲイルって誰なんですか? 仰っている意味が分からないのです」
「仕返しが怖くてどうすることもできなかったんです。本当です。
かわいそうに思っていたんですが……」
ざわざわざわ……ざわざわざわ……ガヤガヤ……
世間というのはそういうものなのかも知れない。 所詮は他人事だし、我が身がかわいいのもよく分かる……だが残念だ。人情はどこへ行った!?
虐待や非人道的行為を訴え出る先がこの世界……少なくともこの神国の首都にはないというのも虐待する者たちをのさばらせる一因なのかも知れないが……なんか頭にくる! ここにいる全員をぶっ殺してやりたい気持ちを禁じ得ない。
……ゲイルのような子はこの世界では多いのかも知れないな。
そう考えると途端に気持ちが暗くなってしまう……なんとかせねば!
神都の行政を司るゼヴリン・マーロウとソリテアに相談の上、早急に対応策を打ち出して実行する必要があるな。
因みにこの虐待防止等々の件については、ここでの処理が終わってすぐに念話で事の次第をゼヴリンとソリテアに説明し対応策を考えるよう指示しておいた。
うんざりしながら人々の言い訳を聞いていると……
ん? ガリガリに痩せ細った女性がよろけながら近寄ってくる?
魂の色は……"スカイブルー"かっ!? ひょっとしてゲイルに食事を差し入れてくれていたのはこの女性か?
女性の魂の履歴を覗いてみる……間違いない! この女性だ!
女性は俺の側まで来ると跪いて頭を垂れた。その動作をするのも苦しそうだ。
ステータス等の情報を調べてみると末期のガンを患っている。名前はリウィア。38歳だ。若いのにかわいそうになぁ……
え? 10歳のひとり娘がいるのか? 娘の行く末が気になり死ぬにも死ねないだろうな……治してやろう。
「おお。リウィアか。ありがとうな。お前さんがいなかったらゲイルはどうなっていたか……彼女を無事に嫁として迎えることができたのはお前さんのお陰だ。
心から礼を言うぜ」
ゲイルを嫁として迎える……かぁ……
叔母を成敗するんだから、ゲイルには嫌われてしまうだろうなぁ……
ゲイルを嫁にするという嘘をつき続けるのは憚られるが、今ここで設定を変えるわけにもいかないもんなぁ……
参ったなぁ。 後でゲイルが俺の嫁にならなかった理由を考えないとな。
「ああ……上様。もったいないお言葉でございます……
実は私は心配しておりました。ご承知の通り、私の命はもう間もなく尽きようとしています。ですから、この先の彼女がどうなるかが心配だったのです。
これで……これで私は安心して……死ね・ます……」
「お前さんにはかわいい娘さんもいるじゃねぇか。心残りだろうに……そう簡単に死ぬなんて言うんじゃねぇよ。 死なせねぇよ。 俺が助けてやるぜ。
ゲイルをずっと助けてくれていた礼をしてぇからな。 いいだろう?」
「ああ……上様……ありがとう…ござい・ま・す……うう……」
「よし! では……修復!」
リウィアの身体は淡い緑色をした半透明な光のベールに包み込まれるがその光はすぐに消える。
「さあ。もう治ったぞ。どうだ? 身体が軽くなっただろう?」
「はい。うう……ありがとう……ありがとうございます……うう……」
リウィアはさめざめと泣く……
顔色もどんどん良くなっていく。
「いや。礼を言うのは俺の方だぜ。ずっとゲイルを助けてくれてありがとうな」
「いえ……そんな……うう……」
ざわざわざわ……ざわざわざわ……
「き、奇跡だ!」
「ああ……神様……」
「さてと……お前らをどうするかなぁ?」
「上様。どうかお慈悲を。みんな本当は善人なんです。ただゲイルちゃんを助ける勇気がなかっただけなんです。どうか、どうかお慈悲を」
リウィアが胸の前で両手を組み、涙を流しながら懇願する。
「分かったよ。お前さんに頼まれちゃぁ嫌とは言えねぇなぁ。よかろう!」
周りで跪いている住民たちに目をやる……
「今回だけは見て見ぬ振りをしていた者たちのことは不問に付そう。
だがいいか? 今後は困っている者を見たら躊躇せず助けてやれよ。いいな?
情けは人のためならずだぜ。人に情けをかけておきゃぁ、巡り巡って自分に良い報いが返ってくるもんだと思え」
"はいっ!"
「俺はちゃんと見ているからな。天に眼だ。忘れるなよ、いいな?」
"はいっ!"
「よし。各人自分の家に戻れ」
言われたとおり、リウィアも含む皆が各自の家へと戻っていく……
「さて……」
「ひぃぃぃぃぃっ! お、お許しを!」
ゲイルの義理の叔父、バトリの方を見た途端、彼は許しを乞う……
メッサリナは相変わらず気絶していて、その側で娘がガタガタと震えている。
◇◇◇◇◇◇◆
バトリと娘は執行猶予にした。
身体にナノプローブを注入し、今後人が困ることや嫌がることをしようとすると四肢に激痛が走るようにプログラミングしたイベントハンドラを、行動を監視するイベントに割り当ててある。
メッサリナの方は許すわけにはいかない。彼女は魔獣の森の中心部へと転送してやった。彼女をすぐに処刑しなかったのはゲイルの助命嘆願が頭を過ったためだ。
ほぼ確実に死ぬだろうが、最大限の温情をかけてやったつもりだ。運が良ければ魔獣に出くわすことなく戻ってくることができるだろうからだ。前例もあるし……
その前例とは、神都のバーベキューパーティーで毒殺事件を起こして魔獣の森へ転送された当時代官の妻だったカミイラル・ジェイペズのことだ。
(→第020話後半参照。)
彼女は魔獣の森で偶然勇者ユリコたちと遭遇し、助けられて生還したのだ。
そうしたことも起こり得るがゆえに一応は温情をかけたことになる。
(→第028話終盤参照。)
しかしこの父娘には呆れてしまった。
肉親の情というものが信じられなくなるような出来事があったのだ。
メッサリナの夫、バトリと娘に、お前たちへの刑の執行を猶予してやる代わりにメッサリナが処刑されても仕方ない人間だと認めろと言ったところ……
二人ともあっさりと『処刑されても当然の悪人だ。とっとと処刑して下さい』と言い放ったのである。
俺はその言葉を聞いて呆れて開いた口が塞がらなかった。
だが人間なんて……所詮はこんなもんなのかも知れない。
この親子に限ったことじゃないのかも知れないな……
エルフの女性たちを攫わせて性奴隷にしていたチュライズ・ロレンゾ侯爵を成敗したときのことを思いだした。ヤツの妻と息子もあっさりとヤツを見捨てたのだ。
(→第041話中盤参照。)
我が身かわいさなの……かなぁ。ふぅ~。人間の嫌な面を見ちまったなぁ……
◇◇◇◇◇◆◇
俺は神殿へは転移せず、街中を歩きながら戻ってきた。
ゲイルに彼女の叔母一家に下した罰をどう伝えるかを考えたかったからだ。
神殿へと繋がる門まで来るとなにやら門衛とひとりの女性が揉めている?
「……上様に大事な話があるって言ってるでしょ!」
「さっきから何度も言っているが、上様は今神殿にはいらっしゃらないんだよ!
だから出直して下さいと言っているでしょ?」
「だからぁ! ノアハさんでもいいと言っているでしょうが! 呼んでよ!
本当に重要な話なんだから! 上様に早く伝えないとだ・め・な・のっ!」
ん? あれはサブリネか?
サブリネという女性はエルフの国の辺境の町でノアハを奴隷にして精神支配していた黒幕の女で、今では逆にノアハの奴隷で、彼女の精神支配下にあり、俺たちが行おうとしている闇奴隷商人摘発のために尽力してくれている。
(→第039話参照。)(→第043話参照。)
「よう、サブリネ。どうした?」
「あっ! 上様っ! もぉ~一体どこをほっつき歩いているんですか!」
「ほっつき歩いているとはなんだ! どうやら痛い目に遭いてぇようだなぁ?」
「ひぃぃぃぃぃっ! じょ、冗談ですよぉ~ったく、冗談が通じないんだからぁ」
「それでどうした?」
「はい。あのう……っと、ここではちょっと。神殿の中で話しませんか?」
「ああ。分かった。それじゃぁ……」
ということで神殿敷地内に入る者すべてに行わせることになっている踏み絵等のチェックを受けさせた。 教皇シミュニオンの絵を踏ませて、シオン教を愚弄する言葉を言わせたのだ。
もちろん、彼女は問題なくパスした。
面白がって『これでもか!これでもか!』といった感じで、シミュニオンの絵を何度も何度も踏みつけるし……
読み上げるように渡した文章に、さらにオリジナルのシオン教を愚弄する言葉を追加するわで、喜喜として臨んでいた。妙にハイテンションだった。
元はシオン教の手の者だったのに偉い変わり様だ。
◇◇◇◇◇◆◆
サブリネと一緒に神殿にある俺の執務室へとやって来た。
「それでなんの用だ」
「はい。闇奴隷商人を一網打尽にする話です」
「ああ。段取りが付いたのか? お前さんの隠れ家に集まる日が決まったか?」
「いえ。それが私が集めなくても今夜ある場所に勝手に集まってくるんですよ。
それをお知らせに来たんです」
「ほおぅ?」
「実は……今夜以前上様とお会いした女性奴隷専門の商館、ビギャルドの地下室で闇オークションが開かれるんですよ。闇奴隷商人たちがいっぱいやって来ますよ。
どうです? ヤツらをまとめて処分する絶好のチャンスでしょ?」
「なるほど。確かになぁ」
(→第043話参照。)
「そこへほぼすべての闇奴隷商人が集まりますからね。一網打尽にするには持って来いですよ。 えへへ。 どうですか? すごい情報でしょう?」
「ああ確かに。偉いぞ、サブリネ。……それでオークションにかけられるのは?」
「魔族女性が2人に、ダークエルフ女性が2人。ドワーフ女性が2人に……
うさぎ族女性が2人とのことです」
「闇オークションって言うくれぇだから、またどこかから攫ってきた女性たちなんだな?」
「はい。シオン教徒が各地から攫ってきた女性たちです」
「シオン教徒!?」
「ええ。そうです。各地の神殿神子を攫ってきたようですよ」
「くっそうっ! またヤツらの俺に対する嫌がらせかっ! 許せんなっ!」
「それでどうします? 私も招待されていますから……一緒に行きますぅ?
それともいきなり外からガンガンやっちゃいますか? 派手に?」
「いや。中の様子も分からねぇからなぁ。取り敢えずお前さんと一緒に行くことにするぜ。それで何時からだ?」
「オークションの開始は午後7時ですが、事前に商品確認時間がありますので……
開場は午後5時からです」
「それで……お前さんとはどこで何時に待ち合わせる?」
「じゃぁ、午後4時45分にビギャルドの近くにある喫茶店でどうです?」
「ああ、あそこか。分かったそうしよう」
暫く世間話をしてからサブリネは帰って行った。
サブリネが帰って暫くするとマルルカとマイミィが執務室にやって来た。
ある目的のために俺が二人を呼んだのだ。
「シンさん。お呼びとのことですがなんでしょうか?」
「実はお前さんたち二人に頼みてぇことがあるんだ……」
◇◇◇◇◆◇◇
『ああ……どうしよう。
これからひとりでどうやって生きていけばいいの。 困ったなぁ』
ユリコは自暴自棄になってしまって、勢いでシンのもとを飛び出してみたものの途方に暮れていた。
『テントも持ってないし、お金も持っていない。野宿だってしたことないし……
どうしたらいいのよぉ。 泣きたくなってきちゃったよぉ』
ユリコの足は東へと向かっていた。
特に目的があるわけではない。神都から……シンのもとから離れようと思ったら自然と東へと向かうことになったのだ。肩を落としながらトボトボと歩いている。
『食べ物や寝る場所をどうしたらいいの……
今まで全部他の人が面倒を見てくれてたからどうしたらいいのか全く分かんないよぉ……弱ったなぁ~』
ユリコはこの世界に転生して初めてひとりぼっちになったのだ。
かつて日本人だったユリコは豊かな文明社会に生きていたがゆえに、何の根拠もなくなんとなくなんとかなるような気がして、なにも考えずにシンのもとを離れてしまったのだ。
だがここは日本のように人に優しく生ぬるい世界ではない。
そのことにユリコは、冷静さを取り戻してから漸く思い至ったのだった。
『どうしよう……狩りなんてできないよぉ、絶対に無理だよぉ。
それにもし狩りができても、とてもじゃないけど獲物の解体なんて私には無理!
そんなの絶対にできないわ! お肉なんてパックで売っているものか調理されたものしか見たことないもん。
ああ……食べ物を調達することもできないなんて……情けないなぁ』
ユリコにはこの世界での食べられる植物等の知識もない。 絶望的な状況だ。
素直にシンのもとへと戻ればいいものを……と傍から見れば思うのだが……
彼女には妙なプライドや恥ずかしさが胸の内で渦巻いており、それが邪魔をしてシンのもとへどうしても戻ることができなかったのだ。
なにやら自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がしてふと顔を上げる。
ずっと俯いて歩いていたので気付かなかったのだが……前方にどうやらこちらに向かって呼びかけながら手を振っている者が二人いる。
「ユリコさ~ん! おーーいっ! こっちこっち!」「勇者様ぁーーっ!」
見知った顔だった。近づくにつれ二人が誰なのかがハッキリと分かる……
マルルカとマイミィだ!
ユリコは涙に滲み前がよく見えなくなってしまった。
二人を認識した途端、涙がとめどなくボロボロと溢れ出してきたのだ。
◇◇◇◇◆◇◆
「はい。これ、ダーリンからです。
食料が一杯入っているウエストポーチですよ。勇者様専用だそうですよ。
あ、それからシオリさんデザインの着替えと下着も山のように入っていますよ」
「ユリコさん、これもダーリンからです。
ユリコさん用の野営用テントとシールド発生装置です。
テントの中は仲間が増えた場合を想定して宿泊可能な部屋が10室あるとのことでしたよ」
「えっ!? ふ、二人ともダーリンって? まさか……」
「はい。私もマルルカさんも晴れてダーリンのお嫁さんになれました!」
「私とマイミィが勇者様の件でダーリンに呼ばれたんですが……」
「その時に二人でダンジョン攻略も終わったので、正式に嫁にして下さるようにとダーリンに頼んだのです」
「はい。それで二人の意志は堅いことをお話ししたら……」
「大歓迎だぜ! よろしくなっ! って……でへへぇ。
あーー幸せですぅ。ね? マルルカさん!」
「はい。幸せですよねーー! マイミィ! うふふっ!」
「勇者様、お先ですぅ~うふふふふっ」「お先に失礼しましたぁ~でへへへ」
「…………」
「ねぇねぇ、勇者様。ダーリンのところに帰ってはいかがでしょうか?」
「そうですよぉユリコさん。ダーリンも寂しがっていましたよ。帰りましょうよ」
ユリコは面白くなかった。聞いていてむしゃくしゃしてきたのだ!
理不尽な話なんだが……
ハーレムメンバー入りを嫌っているにも拘わらずユリコを差し置いてマルルカとマイミィが正式にシンのハーレムメンバーになったことに腹が立つのだ。
ヤキモチを焼いている自分自身にも腹が立った。
最大の懸案事項だった食料問題と宿泊問題が解決した今……
ユリコが意地を張り通すのを阻む障害はすべて消えた。ユリコは意固地になってしまっていた。
「私は帰りません。シンのハーレムメンバーになどなりたくはありませんもの」
”はぁ~……”
マルルカとマイミィは『ダメだわこりゃ……』とでも言いたげに大きなため息をついた。
二人はユリコを連れ帰ることができなかった場合のプランBに移行する……
「仕方ないですね……では、私たちもお供します」
「はい。ダーリンからのたっての頼みです。勇者様のお供をします」
「いいわよ! 私ひとりで大丈夫よ! 私、野暮なことはしたくないもの。
新婚さんのあなたたちを一緒に連れて行かれないわ。 あなたたちもダーリンの側にずっといたいでしょ?」
"もちろんっ!"
「だったら帰りなさいよ。 私なら本当にひとりで大丈夫だから。 ね?」
「ダメです。これはダーリンの願いなんです。絶対に同行します!」
「そうです。それに毎晩、夕食の後にダーリンのもとへ転移してその日の出来事を報告することになってしますから大丈夫です!
ダーリンとは毎日会えますから! ね? マイミィ」
「はいっ! 神都にいてもダーリンとずっと一緒にいられるわけじゃないですし、かえってこの方が毎日会えるからいいんですよね」
ユリコも内心ではこの二人が一緒にいてくれると心強いと思っているので、強く拒否することはできず……結局は二人の同行を認めることにした。
こうして女性3人の旅が始まったのである。
いや実は……彼女等にはそれぞれ2体ずつのミニヨンが亜空間内に潜んで密かに護衛しているので3人と6体の旅が始まったのである。
「あ、マルルカ。シンにテントとかをありがとうって伝えといて。それから……
私の心は Nat King Cole の Unforgettable の歌詞の通りだからねって。
そのことも悪いけど伝えといてもらえるかな?」
「えーーっ! 勇者様。 ご自分で伝えればいいじゃないですかぁ?」
「は、恥ずかしいのよ。 い、いいから伝えといて!」
「分かりましたよぉ。自分で伝えればいいのになぁ……意地張っちゃってさぁ」
「マルルカ! なんか言った?」
「い、いえっ! 伝えます! すぐに伝えます!」
彼女たちの旅はこれから一体どうなっていくことやら……
◇◇◇◇◆◆◇
『……だそうですよ。 あ、それからなっとうきんぐのあんふぉなんたらの歌詞の通りだそうですよ、勇者様の気持ちは。そう伝えて欲しいとのことでしたよ』
『納豆キング?のあんふぉなんたらの歌詞??? なんだそれ!?』
『私にはよく分からない、聞いたことがない言葉でしたので間違っているかも知れませんので……なんでしたら勇者様に直接聞いていただけますか?』
『いやいいよ。やめておく。どうせ大したことじゃないだろうから。
ハニー。ありがとうな! ユリコのこと、よろしく頼むぜ』
『はいっ! ああ……ハニーってなんていい響きなのぉ~! うふふふふ!
じゃ・あ・ねっ! ダ~リン! うふふふふふっ!』
『お、おうっ! また明日な!』
ふぅ~。なんかマルルカの性格が変わってきたような気がするなぁ……
◇◇◇◇◆◆◆
『ダーリン! 大変ですっ!』
『おお、シノ。どうした?』
『フィルがっ! 后候補者のフィルが……自殺しました……』
『な、なにっ!?』
獣人族担当助手のシノからの念話だった。
フィルというのはサル族の皇帝シザルの第14皇女で俺の后候補者である。
(→第072話序盤参照。)
彼女が……フィルが自殺したというのだ! 一体何があったというんだ!?




