第080話 冒険者ギルドへの報告
この世界における冒険者ギルド……それは国家、種族を超えた存在である。
元元は各種族、各地域でそれぞれ別々に自然発生的に出来上がった冒険者の地位向上や仕事の斡旋・調整を担う、冒険者の互助的な組織であった。
かつてはまさに冒険者の組合、『ギルド』だったのだが……
時代の流れで、国家、種族間の交流が活発化するにつれて、国境や種族を超えて冒険者が活動する機会が増える。
そのため必要に迫られて互いの冒険者組合同士が協力関係を築くようになり……
やがて国家、種族を超えた国際的な機関へと進化・発展していったという経緯がある。
それが『冒険者ギルド』と呼ばれている超国家・超種族の国際的機関だ。
『冒険者ギルド』という名称は『ギルド』が付くことから、なんとなく国際的な機関には相応しくないように感じられるかも知れないが……
この名称は上のような経緯で成立したことによるかつての名残なのである。
地球における国際連合のような位置付けでもあるのだが……
特定の数カ国だけが議決に対する拒否権を持つような歪んだ組織ではない。
『冒険者ギルド』は各種族の代表者によって構成される『冒険者ギルド総会』と呼ばれる審議機関が多数決によってその活動方針等々を決める。
その代表者は種族の数的優位は全く考慮されることはなく同数が選ばれ、たとえ少数種族であっても平等な議決権を有する。
この『冒険者ギルド総会』が冒険者ギルドの『意思決定機関』である。
ただ……残念なことにこの組織にも男尊女卑的な思想が色濃く表れているという問題はある。
各種族の代表者は男性ばかりなのだ! その点が歪であり、俺は不満だ!
因みにこの世界には冒険者ギルドの活動を監視するための独立機関も存在し……
互いに牽制し合うことで公平性を担保している……らしい。
この説明だけを聞いているといかにも組織的にかっちりした立派な機関のように思えるが……
その実は各地方それぞれの冒険者ギルドの裁量にかなりの部分が委ねられていることもあってか……色々と問題のあるギルドも多いらしい。
◇◇◇◇◇◇◇
ノアハ、シェリーと一緒に俺は今、神都エフデルファイの冒険者ギルドにやって来ている。冒険者ギルドに『ダンジョン探索』の結果を報告に来たのだ。
大勢で来てもしょうがないので俺たち3人が代表でやって来た。
本当はノアハと二人で来ようと思ったのだが、近衛騎士として絶対に同行すると言ってシェリーが譲らなかったのでシェリーにも一緒に来てもらったのだ。
「ぷぷぷっ! "かみさっちょんぺるり"のお兄さん! おやおやお早いお帰りで?
もうダンジョン調査はあきらめちゃったんですか?」
冒険者ギルドのカウンターレディー、受付嬢のミディルが俺の顔を見るなり吹き出したのだ!
いきなり笑うとは……失礼にもほどがあるぞ!
しかし、まさか ミディルが『かみさっちょんぺるり』を覚えているとはなぁ!
この『かみさっちょんぺるり』という言葉は、このギルドに冒険者登録のために初めて訪れた際に、ウェルリが俺の正体をバラしそうになって咄嗟に誤魔化そうとして使ったデタラメなエルフ語の言葉だ。
(→第042話中盤参照。)
その時のミディルはこの言葉を覚えていないようだったのだが……
どうやらしっかりと記憶していたらしい。困ったものだ。
「あなた! 私のダーリンをバカにして! どうやら殺されたいようですね?
一度死んでみますか?」
「ノアハさん。ここは私がこの女をぶち殺します!」
ノアハとシェリーが怒りに打ち震え、強烈に威圧しながらミディルに詰め寄ろうとした!
「あわわわわわわわ……じょ、冗談ですよぉ~、じょう・だ・ん! てへっ!」
ミディルはハニーたちに気圧され、『てへ』と笑ってぺろっと舌を出す……
顔は引き攣っている。なんとかこの場をやり過ごそうと必死なようだ。
「な、なんですかっ、その態度はっ! 私たちをバカにしているの!?」
「シェリーさん。構うことはありません。非はこの子にありますから成敗しちゃいましょう!」
シェリーがチラリとミディルの名札を見る……
どうやら彼女の名前を忘れていたようだ。
「ミディル! 無礼打ちにします! そこに直りなさい!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
ミディルはカウンターから飛び退くように立ち上がると、ペコペコと頭を何回も下げている。
「まあまあハニーたち。ミディルも冗談で言ったんだろう。もう許してやろうぜ」
"ですがっ!"
「ほらぁ、お前さんたちには怒った顔は似合わねぇぜ。さあ笑って笑って!
俺はお前さんたちの笑顔が大好きなんだ。 な? 笑って許してやろうぜ?」
「ダーリンがそう仰るなら……ねえ、ノアハさん」
「はい……」
シェリーもノアハも笑顔だ……だが、なんか怖い。ブルブル……
「いいですかミディル! 許すのは今回だけですよっ! 次回はありませんよ!」
「ひぃぃぃっ! わ、わわわ、分かりました。も、申し訳ございませんでした!」
シェリーの言葉にミディルは平身低頭して詫びている……
その時だ!身長が2m近くある筋骨隆隆でスキンヘッドの男がやって来る。
「よぉ~ねぇちゃんたち。気に入った。俺は気の強ぇ女がたまらなく好きだぜ。
げひぃひぃっ! さあ、そんなガキは放っておいて俺と一緒に飲もうぜ。
特別にこのランクB冒険者である俺様の酌をさせてやるぜ。ありがたく……」
ぺちっ…………ズガンッ! ゴロゴロゴロゴロ……ズッドーーンッ!
「おおぉ~っ!? あのガキ、ブァファックさんをデコピン一発で倒したぜ!?」
「で、デコピン一発で倒した!? ま、まさか……あの……
まさか、あ、あのガキが噂に聞く『デコピン勇者』なのか!?」
「えっ!? あ、あのあちこちの町で素行の悪いヤツらをデコピン一発で成敗して回っているっていうヤツなのか!?」
「ああ……多分そうだぞ。あのデコピンの威力を見ただろう?」
「あのガキと連れの女のことは覚えておこうぜ。絶対に手を出しちゃいけねぇ」
「触らぬ神に祟りなし……だよな。
ここにいねぇヤツらにもちゃんと教えておいてやらねぇとな」
「人相書きを回してみんなにも警告しておいた方がいいな」
「そ、そうだよな。そうしようぜ」
一瞬『神』という言葉が聞こえ、正体がバレたかと思ってギクリとした!
だが……それがことわざの一部だということが分かって内心でホッとする。
俺はまさに本当に神なんだけどねぇ……決してデコピン勇者なんかじゃないぞ!
しかし参ったなぁ。人相書きを回すってなことを言っていたぞ?
「ああ。すげぇ美人を連れているからな……知らねぇと絶対にちょっかい出したくなっちまうからなぁ。みんなには周知徹底しておいたほうがいいぞ」
「そうしよう……デコピン勇者とその連れの者には手出し厳禁だ」
……ああ……止めてくれ。その二つ名だけは……格好悪い。
ダンジョン第7階層で出会ったランクS女魔導士、ブブジェが言っていた通り、デコピン勇者という二つ名が俺には付けられつつありそうだ……勘弁してくれっ!
(→第073話中盤参照。)
一応シェリーとノアハに酌をさせようとしたクソ野郎冒険者ブァファックがどうなったのかを説明しておくと……
ヤツは、俺のデコピン一発で仰け反るように後方へと飛ばされ、後頭部から床に激突するとそのまま床をゴロゴロと転がって行き……
最後はギルド内に併設されている酒場の壁に激突して意識を失ったのだ。
ヤツはまだ口から泡を吹きながら白目を剥き伸びている。
「し、シンさんのデコピンは相変わらずすごい威力ですね……
やはりあなたが噂の『デコピン勇者』様なのでしょう……」
「違う違う! お、俺じゃねぇ! し、知らんぞ! そんな二つ名はっ!」
俺がこの二つ名が付くのを心底嫌がっていることを察したハニーたちが……
「ミディル……これ以上ダーリンに絡むと……容赦しませんよ?」
「ノアハさん。やはりこの子は始末した方が良さそうですね?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ! ご、ごめんなさいっ!」
ミディルはあまりの恐ろしさに失禁したのかも知れない……
なんか股間を気にして"もじもじ"していたかと思うと……
「ちょ、ちょっとだけ失礼します! ちょっとそこでお待ち下さい」
そう言うとトイレのある方へと走り去った。
『二人ともありがとうな。おれがあの二つ名を嫌っていると察してくれたんだな。助かったぜ』
『いえいえ。私の方こそ、あそこで伸びている男から救っていただき、ありがとうございます』
『はい。すっごく嬉しかったです』
まあ彼女たちなら俺が手を出すまでもなく全く問題なかったんだろうけどね。
◇◇◇◇◇◇◆
「それでダンジョンはどうでしたか? やはり魔物溢れが起こりそうですか?」
5分ほどカウンター前で待っているとミディルは戻ってきていきなり尋ねる。
「ああ。もの凄い数の魔物がうじゃうじゃいたぜ。
しかも、質が悪ぃことにその多くが女性を凌辱しようとしやがった。
それに……ヤツらはこの神都を目指そうとしていたぜ」
「えーーっ! そ、それは大変ですっ! 早速ギルドマスターに知らせて討伐隊を組織してもらわなくては! 私と一緒にマスターの部屋に来て下さい」
「待て待て! 話は最後まで聴けっ!」
シオン教徒が絡んでいたことと、俺がダンジョンマスターになったことは伏せておこう……
「でも!? 急がないと大変なことに……」
「だからぁ落ち着いて俺の話を聴けっつうのっ! 魔物はすべて俺たちが殲滅してきたから、もう溢れることはねぇってっ! 安心しろ!」
「へっ? せ、殲滅・し・た……んですか?」
「ああ。今ダンジョンの中には魔物は一匹もいねぇよ」
「うそ!?」
「嘘とはなんだっ! 嘘とはっ! ダーリンが嘘を言っているとでもいうのか!」
「もう許せん! ミディルとやら! そこに直れ! その首を撥ねてくれるっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ! ち、違いますっ! た、単に驚いただけですぅ~。
ゆるじでぐだざい゛~~えーーんっ!」
「まあまあお二人さん。この子の言う通り、単に驚いたんだろうと思うぜ。許してやろうじゃねぇか? な? 心は広く、気は長く……だぜ」
「は…い……」「わ、分かりました」
「うん。二人ともいい子だ」
シェリーがミディルに尋ねる……
「これで私たち全員がランクC昇進試験の受験資格を得ることができたと考えてもいいのかな?」
ああ。なんか出発前にそんな話をしていたなぁ……
ランクなんかに興味がないからすっかり忘れていたぜ。
(→第042話中盤の終わり頃。)
「お、お待ち下さい。それは今のお話の確認が取れてからです」
「なにっ!? まだ私たちが信用できないと言うのか!? やはり成……」
「ち、違いますっ! ううう……うわぁーーん! 勘弁して下さーーい!
ギルドの決まりなんですぅーーっ! うわぁーーん!」
ついにミディルは大きな声を上げながら泣き出してしまった……
ざわざわざわ……ざわざわざわ……
「お、俺たちのアイドルが……ミディルが泣かされちまったぞ……」
「き、鬼畜なのかあの女どもは?」
「デコピン勇者の連れだからなぁ……お~怖ぇ~」
聞き耳を立てていた冒険者たちがざわざわし出し、好き勝手なことを言う……
その騒ぎを聞きつけたギルドマスターが執務室から飛び出してきた。
「ミディル? 大丈夫か? おいおいお前さんたち、穏やかじゃないな。
一体全体何があったというんだ?」
「いや、なに。ちょっとした行き違いだ。大した問題じゃねぇよ」
「ま。とにかく詳しい話を聞かせてくれないか?
人の目もあるしな。ここではなんだから手間をとらせて悪いが俺の部屋まで来てくれないかな? 俺の部屋でじっくりと話を聞かせてもらいたい。どうだ?」
「ああ分かった。いいぜ。案内しな」
◇◇◇◇◇◆◇
「……なるほど。だが気を悪くするなよ、やはり俄には信じられない。
とにかく。本当にダンジョン内の魔物がすべて一掃されたのか確認が取れるまで少し時間をくれないか?」
ギルドマスターの執務室にある応接セットで話をしている。
マスターの隣にはミディルも同席している。どうやら議事録作成のためにメモをとっているようだ。
「これでも俺は色々と忙しい身なんでなぁ。チンタラやってる暇はねぇんだよ。
面倒くせえ! マスター、ミディル、手を出しな!
シェリー、ノアハ、俺の身体に触れろ! 今からダンジョンに転移するぞ!」
シェリーとノアハが嬉しそうに俺に抱きつく……
い、いやシェリーさん、ノアハさん……俺の身体に触れるだけでいいんだけど?
「えーーっ!? あんた!? 転移魔法が使えるのかっ!?」
「いや。俺が使えるのは転移『神術』だ。
とにかくいいから早く二人とも俺の手に掴まれ! さあ行くぞ」
ギルドマスターとミディルはお互いに顔を見合わせてひとつ頷くと恐る恐る俺の手を握った。
「転移!」
◇◇◇◇◇◆◆
ダンジョンに転移するとミディルが呟く……
「さ、さすがは偉大なる神術使い『かみさっちょんぺるり』様ですぅ……
転移神術までマスターされているとは……そ、尊敬しますぅ」
ミディルが両手を胸の前で組み、目をキラキラさせながら頬を染めている。
一方のギルドマスターの目は飛び出さんばかり……
呆けたように大きな口を開けて驚いている。
転移ってそんなに珍しいものだったのか? やはり使ったのはマズかったかな?
ダンジョンに転移した俺たちは第1階層から第8階層まで順に見て回りながら、俺とシェリー、ノアハがどのような魔物がいたのかを説明してやった。
現在のダンジョン内は、原状回復処理が行われて間もないため、まだがらんどうである。
「……ということであそこだ。あそこに見えるのがダンジョンマスターの部屋だ。
ダンジョンマスターを精神支配していたブラックドラゴンを倒したんで、正気に戻ったダンジョンマスターは現在新しいダンジョンを作ろうとしているらしい」
ちょっとだけ話を作った。本当のことを言ってもなんのメリットもない。
シオン教徒が絡んでいたこと等は隠しておいた方がいいと判断したからだ。
「なるほど。よく分かりました。シンさんたちがこのダンジョンのすべての魔物を殲滅したことを確認しました。ここに連れてきて下さってありがとうございます」
「ああ。俺たちもお前さんたちも忙しい身だ。こんな簡単な確認作業にチンタラと時間を掛けてはいられねぇからなぁ」
「ははは。そ、そうですね」
「それでギルドマスター。私たちパーティーメンバーは、ランクC昇進試験の受験資格を得ることができたと考えてもいいのかな?」
「はい。もちろんです。パーティーメンバーの方全員に受験資格を差し上げます」
シェリーは元?今も?冒険者だからやはりランクは気になるのかも知れないな。
「ダンジョン攻略途中で仲間が増えたんですが、その者たちにも受験資格があると思えばよろしいでしょうか?」
お。さすがはノアハだ。それは確かめておかないとな……
「その方たちがどこのギルドでもいいのですが冒険者登録をされているのでしたら冒険者カードに記される攻略記録から受験資格の有無を判断できますから受験資格取得が可能なんですが……
冒険者登録を事前にされてない場合は、残念ながらお認めするわけには……」
「まあ、当然だよな。証拠がねぇってことだからな。それはしょうがねぇな。
よく分かったぜ。 な? シェリー。ノアハ。後、なにか質問はねぇか?」
「はい。今のところは」「私もです」
ダンジョンではこんなやり取りをし……再びギルドマスターの執務室へと転移で戻ってきたのだが……
ギルドマスターとミディルには、俺が転移神術を使えることは他言しないことを約束させる。
そして……彼等には何らかの行動を起こしたときに呼ばれるイベントにイベントハンドラを割り当てて、その中で行動を監視し、俺に関する情報を話せないようにしておくことにした。 これは念のためだ。
◇◇◇◇◆◇◇
「それじゃぁ、報酬の方はランクC昇進試験を受けるときにもらうことにするからよろしく頼むぜ。
あ、その時に昇進試験を受ける他の仲間を連れて来ればいいんだよな?
それとも事前にその者たちの受験資格を確認しに来なくちゃいけねぇのか?」
「いえ。受験の際で結構です。ランクCへの昇進試験の日程についてはまた追ってお知らせします」
「分かった。よろしく頼む。じゃぁ俺たちは帰るけど、いいかな?」
「はい。ありがとうございました。お疲れ様でした」「シン様。お疲れ様でした」
ギルドの入り口の前に立ってギルドマスターとミディルが深々と頭を下げながら俺たちを見送っている中……俺たち3人は二人に軽く手を振るとギルドを後にして帰路についた。
最後にはミディルが『シン様』と呼ぶようになったな……なんか調子が狂うな。
◇◇◇◇◆◇◆
俺とシェリーとノアハは街中を散策しながら神殿に向かっていた。
俺に出会う前はエルフの国から出たことがなかったノアハは人族の暮らしぶりが珍しいのだろうか、街中で出会う色々な光景を見ては感動しているようだ。
どちらかというとクールな印象が強いノアハにしては珍しくはしゃいでいる。
ん? 以前一緒に街に来たときにはこのような姿は見せなかったよなぁ……
今日のノアハには気持ちに余裕があるのかも知れない。心持ち彼女の表情も柔らかいように感じる。
大勢ではなく3人だけで行動していることも、もしかすると関係しているのかも知れないな。
一方シェリーの方は冒険者としてこの神国で暫く暮らしていたので人族の文化や風習に明るいこともあり、当然だが特に感動している様子はない。
彼女はノアハが不思議に思って質問することに対しても面倒がらずに丁寧に受け答えしている。本当にこの子もいい子だ。
3人でおしゃべりをしながら街中をぶらぶら歩いていると、前方から見るからに面倒ごとを引き起こしそうな3人の男が大声で話しながらこちらへと歩いてくる。
その3人の男たちは全員が茶髪のモヒカンヘアでお揃いの装備を身につけている様子から、どうやら同じ冒険者パーティーに所属している仲間のようだ。あるいは兄弟かも知れない。
3人とも身長は2mを超えている。まるでプロレスラーのように筋骨隆隆だ。
さっき俺がギルドで倒したブァファックと、3人ともタイプが似ている。
なんかイヤな予感がする……
ふと前を見ると俺たち3人と前からやってくる3人の男たちとのちょうど中間に女性が歩いていた。
その女性は、道の右端を遠慮がちに左足を引きずりながら歩いている。服はボロボロな上に酷く汚れており、身体も泥だらけのようだ。みすぼらしく見える。
ん? 遠目では手足が泥だらけだと思ったんだが……どうやら違うぞ。
火傷か? あれは火傷の跡なのか? かわいそうに、かなり酷い火傷を負ったんだなぁ……それもどうやらかなり前のようだ。
目の前で足を引きずりながら歩く女性の魂の色は"スカイブルー"だ。そしてまだ若い。16歳である。彼女は人族の女性で、名前はゲイルというらしい。
彼女と前方からやってくる男3人があと少しですれ違おうかという時……
俺はなぜか胸騒ぎがした。前方の男たちが、彼女にちょっかいを出すような気がしてならないのだ。
取り敢えず彼女を守ろうと思い"見えざる神の手"を出したちょうどその時!
「邪魔だ! この薄汚れたゴミがっ! 道の端っこを歩きやがれ!」
3人の男たちの中で向かって一番右端を歩いていたヤツが、暴言を吐いて女性を殴り飛ばしたのだ!
殴り飛ばされた女性は道路脇の塀にぶつかりそうになるっ!
間に合った! 間一髪である!
"見えざる神の手"が彼女が塀に激突する前に受け止めることに成功したのだ!
ブチッ!……頭の中でなにかがぶち切れたような音が聞こえた気がする!
押さえて押さえて……力を十分に加減して……
「邪魔だ! このクソゴミ野郎どもがっ! 酷ぇことをしやがってっ!
てめぇらの方こそ道の端っこを歩けってんだ! ぶっ殺すぞ!」
言葉の方は怒りに満ちて、もの凄い勢いだったんだが……
ぺち! ぺち! ぺち!
行動の方は極極かる~く! デコピンを順にそっとお見舞いしたのだ!
だが……
ズズズガガガンッ! ゴロゴロゴロ…… ドゴッ!ドガンッ!ズガッ!
男どもはデコピンをお見舞いした順に3人ともまずは派手にバック宙をしたかと思うと次に頭から道路面に激突し……
ゴロゴロと道路を左側の道路脇にある石造りの高い塀に向かって転がっていく。
そして最後はその塀に次々にぶつかり気を失ったのである!
「うう……」「……んう……うう」「ぐはっ……」
いや!? 男たちは気を失ったかと思ったのだが……違ったようだ。
意識はあるようだが激突した塀の前の路上で、身体の痛みで起き上がれないのかうめき声を上げながら横たわっている。
お! 珍しいっ! 今回の手加減は大成功だ!
一方、殴り飛ばされた女性、ゲイルの方は"見えざる神の手"に包み込まれるかのように抱かれて空中に浮かんだような状態だ。
男に殴られたことで口の中を切ったようで、口元から血を流している……
「お嬢さん。大丈夫かい? 怪我はしてねぇか?
あ。どうやら殴られた時に口の中を切っちまったようだな?
かわいそうになぁ……今、治してやるからな。
そのついでにその火傷も一緒に治してやろうな。……修復!」
女性の身体全体が淡い緑色をした半透明な光のベールに包み込まれ……
その光りはすぐに消えたが、その光が消えたのと同時に女性の怪我も火傷の跡も綺麗に消えたのである。すべてが治ったのだ!
「ううう……ううう……」
その女性、ゲイルは自身の腕や足を何度も何度も見直して火傷の跡が消えたのを確認するとさめざめと泣く……
「さあもうこれでお前さんは普通に歩けるはずだ。どうだ?ちょっと歩いて見ろ」
ゲイルは恐る恐るおもむろに立ち上がると……
引きずっていた方の足、大火傷を負ったためか自由にならなかった左足に体重を乗せると左膝を曲げ伸ばししたり、左足首を回してみたりして思い通りに動かせるかどうかを確認する……
ちゃんと思い通りに動くことが確認できたのであろう……彼女はゆっくりと両の足で歩き出したのだ! その動きには最早違和感はない。 ごく普通に歩くことができている! 治療は大成功だ!
「ああ……神様! ありがとうっ!」
彼女はそう言うと俺に飛びつき、ひしと抱きついてきた!
彼女の頬をつたって流れ落ちた涙が俺の肩を濡らす……喜びがいっぱい詰まった爽やかな涙だ。
「ゲイル。お前さんどうしてこの俺が神だと分かったんだい?」
ゲイルは俺に抱きついたまま耳元で囁くように答える……
「はい。こんな奇跡を起こせるのは神様だけですから、すぐにわかりました」
「な、なるほど。確かにそうかもな。お前さんは魂が綺麗な上に賢いなぁ。
お前さんのような子に出会えて俺は嬉しいぜ」
「ああ……神様……ううう……」
そう言うと彼女は俺の身体に回している両腕に力を込め……ギュッと抱きつく。
シェリーとノアハは、傷や火傷が癒えたことを喜ぶ彼女の姿を、涙を流しながら暖かい眼差しで見守っている。
ハニーたちは『うん。うん。よかった。よかった』といった感じで何度も頷いているのだ。
「や、やいっ! このクソガキっ! いきなりてめぇ、なにしやがるんだ!
ぶっ殺されてぇのか!?」
「ほおぅ? なにしやがるだってぇ!?
てめぇがこの子にしたことと同じことをしたまでだぞ?
まさか人にはやるが、自分がやられるのは嫌だってんじゃねぇよな?」
「い、嫌に決まってんだろうが! バカ野郎!」
「ほう? 嫌か? だったらその嫌なことを人にしちゃぁいけねぇだろうが?
てめぇがやられて嫌なこたぁ人も同じように嫌だって思わねぇのか?
ましてやこの子は女性だしハンディキャップを負っているから特にダメだろう?
そんなことも分からねぇ、てめぇの方がよっぽどバカ野郎じゃねぇのか?」
「うるせえっ! そんなゴミと俺を一緒……に……!? す、すげぇ美人……だ」
ゲイルが顔を埋めていた俺の胸から顔を離して男をチラリと見たのだ。
「わ、悪かったなぁ~お嬢さん。お詫びに一杯奢らせ……」
「こぉのぉ~クソ野郎がっ! くたばれっ! 四肢粉砕!」
ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ! 痛ぇ! 痛ぇ! 痛ぇ! 痛ぇ! 痛ぇ!
ゲイルがすごい美人だと分かると手の平を返しやがった! 困ったヤツだ!
下心が丸見えだ!
「修復!」
「はぁはぁはぁはぁ……こ、このクソガキが……痛ぇじゃねぇか………」
「マッグズ! やめろっ! 相手が悪ぃ!」
「止めるなっ! ぶっ殺してあの上玉3人を俺のモノにしてやるっ!」
「ば、バカ野郎! 止めるんだ! 相手が悪ぃって言ってんだろうがっ!」
「そうだぜ。あの鮮やかなデコピンを食らって分かっただろう?
や、ヤツがきっとあの噂に聞く有名な『デコピン勇者』だ!
死にたくなかったら謝ってずらかるんだ!」
そう言ってマッグズとやらを窘めた男が言葉続ける……
「へへへっ。勇者様、おいらがコイツを叱って言い聞かせやすから。どうか今回は今回だけは勘弁してくんねぇだろうか? この通りだ」
マッグズとかいうゲイルを殴り飛ばした男の頭を無理矢理押さえつけて頭を下げさせながら、他の二人も深々と頭を下げて謝罪する。
「よかろう。サンドワームの餌にしてやろうと思っていたが……しゃあねぇ!
今回だけは見逃してやろう。
だが! この子にしたようなことは今後二度とするんじゃねぇぞ?
いいか? 分かったなっ!」
「は、はいっ! 絶対にもう二度とあんなことはさせません!」
ガキッ!
男はマッグズの頭を拳固で殴った。
「痛ぇ! 痛ぇじゃねぇかっ!」
「う、うるせえっ! お前もちゃんと謝るんだよ! さあっ!」
「……したっ……」
「バカ野郎! 声が小せえ! ちゃんと謝るんだ!」
「す・み・ま・せ・ん・で・し・たぁ~」
なんか嫌みが込められた、仕方ねぇから言ってやるぜというような言い方だ。
「てめぇ~……俺をナメてるのか?
やはりサンドワームの餌にした方が良さそうだな?」
「ひぃぃぃぃぃっ! ごめんなさーーーーいっ!」
マッグズ以外の二人が大声で謝りながらマッグズを抱え、もの凄い速さで逃げていった。
ここにまたひとつ『デコピン勇者』の伝説が誕生した……
今日だけで2つも誕生したのだ!
もう勘弁してよぉ~。こんな二つ名は嫌だぁ~~っ!
◇◇◇◇◆◆◇
ゲイルを連れて近くの延焼防止用の広場へとやって来た。
手早く着替え用テントを設営し、周りにシールドを展開した後、ゲイルも含めて全員でテントの中へと入る……彼女を浄化して新しい服を着せるためだ。
本当なら風呂にも入れてやりたいところだが、ここでは大衆の目に晒されているような気がして落ち着かないだろうから神殿に帰ってからということにする。
ゲイルの話を聞いてから彼女も一旦神殿に連れて行こうと考えている。
彼女はボロボロの服を着ていた……その身形がどうも気になる。
彼女を神殿で保護した方が良いと俺の直感が告げるのだ!
「じゃぁ、やるぞ! 完全浄化っ! からのぉ~衣服等装着!」
ゲイルの身体は一瞬で綺麗になり、清潔な新しい衣服が着せられた。
まるで奇跡のような出来事を体験したゲイルは、目をぱちくりさせながらとても驚いている!
◇◇◇◇◆◆◆
街で出会った女性、ゲイルの着替え用に出したテントの中で彼女と共に俺たちはお茶を飲みながらゲイルの身の上についての話を聞いている。
俺だけはゲイルの魂の履歴に記録された映像も同時に見ている。
ゲイルは8歳の時に大火傷を負った。自宅の火災によるものだ。
その火災で彼女は両親と兄を失っている。
崩れ落ちる天井から身を挺してゲイルを守った母親のお陰で彼女は助かったが、左半身に大火傷を負ってしまったのだ。一時は生死の狭間を彷徨ったらしい。
「今日上様に会うまでは、私は……私ひとりだけがなぜ生き残ったのか。
あのまま死んだ方が良かった……とずっと思い続けてきました」
彼女の家族の中で生き残ったのは彼女ただひとり……
大きな火傷のために負ったハンディキャップはその後の彼女を苦しめた。
彼女は何度も何度も死のうと考えたがどうしても自ら命を絶つことができず……
日々神に『どうか私を今すぐ殺して下さい』と願い続けていたと語る。
そのことを語った彼女は『私は自殺もできない情けない意気地無しです』と言いながらさめざめと泣いた。
胸が締め付けられる……
俺も知っている……自ら命を絶つことの難しさを。
ユリコが亡くなった時に俺も後を追おうとしたのだがどうしても死ねなかった。
自殺というのはそう簡単にできるものではない……
彼女が引き取られた先で受けた酷い扱いも死を望む一因のようである。
彼女を温かく迎えてくれていたのなら、彼女が死を望み続けることもなかったであろう。
彼女は母方の叔母の家に引き取られたが、彼女がハンディキャップを負っていることから厄介者扱いされてきた。酷いイジメにも遭ってきたのだ。
叔母の家には空いた部屋があるのに隙間風が吹き込む物置小屋に住まわされる。
ハンディキャップのために家事も他の人のようにはうまくできないことから……
『働きが悪い者は食べる資格はない。お情けで食べさせてやっているんだから、感謝しろ』と嫌みをいつも言われながら満足な食事すら与えられていない。
彼女はちょっと小柄だがガリガリに痩せ細っていないのは、彼女のことを不憫に思っている隣家の女性がこっそりと食事を差し入れしてくれているからのようだ。
その様子が映像として彼女の魂の履歴内に残っている。
ゲイルは毎夜必ず……
笑顔が絶えず温かい家庭……やさしい両親と兄と過ごした楽しかった日々が思い出されてしくしくと泣いている。
彼女自身の口からはこのことは語られなかったのだが、彼女の魂の履歴には映像としてその様子が記録されているのだ。
そして、彼女は毎夜神に自らの死を願いながら泣き疲れて眠りにつく……
ゲイルの話を聞いているシェリーとノアハの目は真っ赤だ。その目から涙をポロポロと零している。俺自身も目を、そして頬を伝う涙を拭いながら聞いている。
◇◇◇◆◇◇◇
ゲイルの身の上話が終わった……
俺達の周りには言い知れぬ重い空気が漂っている。
このゲイルという女性を俺はどうしても加護してやりたくなった。
シオリにはまた過干渉だと言われてしまうかも知れないが……この気持ちは抑えきれない。
「なあゲイル。お前さん、俺たちと一緒に住む気はねぇか?」
「え?」
シェリーもノアハも温かい慈愛に満ちた表情を浮かべ微笑みながら……
『うん。うん。それがいい』とでも言いたげに大きくゆっくりと頷いている。
「実はお前さんのような魂の綺麗な者が今神殿には必要なんだよ。ダメか?
もちろんこちらで住む部屋を用意するし、それなりの報酬も用意する。
お前さんは身ひとつで来てくれりゃぁいいんだが……どうだろう?」
ただ一緒に住まないかと誘うよりもゲイルが必要だということにすれば、彼女も申し出を受けやすいかと思い、神殿では心の綺麗な者が必要だということにした。
「はいっ! 嬉しいっ! で、でもぉ~……叔母になんて言おう……」
「あ、そのことは俺に任せろ。俺が今から行ってお前さんの叔母さんと話を付けてやる。だから心配するな。
俺たちと一緒に住みてぇかどうか、お前さんの気持ちだけが重要だ。後のことは瑣末な問題だ。 なんとでもしてやる」
「はい! よろしくお願いします! 上様と一緒にいたいです!
……で、絶対上様のお嫁さんになるの……ごにょごにょ……」
ん? 最後の方が良く聞こえなかったなぁ? な~んか聞き捨てならないことを言っていたような気が……まあ、ハッキリ言わないってことは、どうでもいいことなのかも知れないな。
「よし! 話は決まったぜ! じゃあ早速お前さんの叔母さんと話をしに行こう」
「はい。お願いします」
◇◇◇◆◇◇◆
俺たちはゲイルに案内されて彼女の叔母一家が住む家の前まで来た。
結構大きな家じゃないか。裕福そうに見えるんだが……
ん? あのボロ小屋かぁ? 彼女が寝起きしている場所は。 酷ぇな。
人の気配を察知したのか玄関のドアが中から勢いよく開けられ……
「ゲイル、やっと戻ったのかい!? 遅いじゃないかっ! ゴミを捨てに行かせただけだって言うのに一体どこをほっつき歩いていたんだい! この役立たずがっ!
罰としてお昼は抜きだから……ね? え?……ゲイ…ル? なの・か・い?」
さあ気合いを入れよう!
クソババアとの対決のゴングが鳴る!




