第082話 不審な死
2019.12.05:かなりの加筆修正を行いました。
「があぁぁぁぁぁーーっ! フィル様ぁーーっ!」
シクシク……シクシク……
獣人国ニラモリアの首都ニラモウラにあるこの国の中央神殿内、獣人族担当管理助手のシノがいる場所に転移してみると……
目の前にはフィルの遺体の前で号泣するザハルと、嗚咽する彼の妻と娘がいた。
フィルというのはワッドランド皇帝シザルの娘、第14皇女である。
彼女は神殿神子を務めていた俺の嫁候補だった。(→第073話参照。)
ザハルは元サル族の将軍で、ニラモリアとの国境にある関、フォスジャルボへの侵攻の指揮を執っていた者だが……色々あって今ではこの神殿で神殿騎士を務めている。彼はフィルを我が子のように大切に思っている。(→第073話参照。)
どうやらここはフィルの寝室のようだ。
フィルはベッドの上で仰向けで眠っているかのように見える。
「う゛べざばーーっ! う゛ぃぶざばがぁーーっ!」
なんか良く聞き取れないがザハルは『上様。フィル様が』と言っているようだ。
彼は続けて、非常に聞き取りにくい言葉で『フィル様を生き返らせて下さい』と懇願した。
俺はフィルが自殺したと聞いている。だから……
「お前さんたちの気持ちは分かるがなぁ……ハッキリ言おう。
自らの死を選んだフィルが"蘇生"を望むと思うか? 彼女が喜ぶと思うのか?」
「「「!!!」」」
「お前さんたち自身のために彼女の復活を願ってねぇか?
自死を選んだ彼女の気持ちは尊重しなくてもいいのか?
お前さんたちの願い……それは身勝手というものじゃねぇのか?」
ザハルたちは絶句する……
フィルの遺体をざっと調べて見る……なんか違和感がある。なにか変だ……
だが、それがなんなのかは分からない。
彼女は胸元が大きく開いた上等なドレスを身に纏い、胸の前で手を組んだ状態で横たわっている。 彼女の顔は無表情だが目尻には涙が滲み出ている。
そうか。枕だ! 違和感の正体は枕だ! 枕にちゃんと頭が乗ってないぞ!?
枕も斜めになってずれているし……どうもおかしいな。
ん? 彼女の首には何かで引っ掻いたような細い傷があるな?
あれ?……生活反応がないよ…な? 死後についた傷!? 妙だなぁ……
本当に自殺なのか? 怪しくなってきたぞ……
フィルの魂の履歴に記録された最後の映像では自分で毒物らしきモノを口にしてベッドに横たわる姿が映っていた。
自殺しようとしているためなのか表情は無表情で目はうつろ……その目には涙をいっぱい溜めている? まるで精神支配でもされているかのようでさえある。
やはり自殺なのか?……だがなんか気になる表情だな。
「フィルの死の瞬間を見たものはいるのか?」
「いえ。残念ながら……」
「じゃあ、シノ。フィルはどんな状態で発見されたんだ?」
「はい。今ご覧になっている状態でした。ベッドで手を組んで眠るように……」
「それでなぜ自殺だと判断したんだ? 魂の履歴は詳しく見たのか?」
「いえ、見ていません。 状況から判断しました。
遺体発見時ここは密室状態でしたし、争った形跡もありませんでしたので……
それにこれが……」
シノが一枚の紙を差し出した。どうやらフィルが書いた遺書らしい。
それには……
戦争を仕掛けたワッドランド皇帝シザルの娘である自分にはもう上様の后になる資格はなく……上様の后になる夢が絶たれてしまった以上、もうとても生きていくことはできない……というような内容が記されていたのだ。
どうやら遺体が発見された状況とこの遺書らしきものが残されていたことから、フィルは自殺したものと判断したようだ……
だが、そうなると生活反応がない傷がどうも気になる。
この状態で絶命したのなら一体どうしたら死後にあんな傷がつくんだ?
密室状態の遺体に……死後についた傷がある?
自然についたようには思えない。死後に何者かによってつけられた可能性の方が高いよなぁ……発見されたときの救命措置によるものだろうか? あるいは……
「そういえば救命措置はしたのか?」
「いえ。神眼で確認しましたところ、死後数時間経過していましたので救命措置は無駄だと判断して行いませんでした」
「なるほどなぁ……」
そうなると死後についた首の傷や枕の乱れは一体……
「本当に自殺なんだろうか……」
ポロッと心の声が漏れてしまった……
その俺の言葉にザハルの妻でかつてフィルの乳母だったダゴダが口を開く……
「フィル様は絶対に自殺なんてなさらないはずです! 元乳母の私が断言します!
確かに我々サル族がフォスジャルボへ侵攻したことには酷くショックを受けられてはいらっしゃいましたし……
一時は『これでもう上様の后にはなれません』と悲観なさっていましたが、我が夫が上様から伺った『シザルの娘だろうが関係なく后にする』というお話を聞いて元気になられたのです。ですから自殺なんて考えられません」
なるほど……フィルは他の兄弟たちからかなり酷いイジメを受けてきたがそれに耐え忍んできた芯の強い女性だ。自殺するような子にはどうしても思えない。
「ダゴダの言う通り自殺じゃねぇって可能性も考えられるな……で、死因は?」
「外傷もありませんので服毒死かと思われます。特にニオイはしませんでしたから毒物の特定は難しいかも知れません」
「シノ! お前さん不用意だ! もし有毒ガスが発生していたらどうするんだ!
ニオイを嗅ぐだけで2次的被害に遭っちまう可能性だってあるんだぞ!」
「も、申し訳ございません。しかし、我々には毒物に対する耐性がありますので、たとえ吸引しても大丈夫かと……すみません」
精神支配耐性を持っているシェリーでも特殊な隷従の首輪で奴隷にされたことがある。用心するに越したことは無い。(→第037話参照。)
「ああ。でも過信は禁物だ。今後こんな場面に遭遇することはないかも知れねぇが絶対に不用意なことはするな。いいな? お前さんの身を案じて言っているんだ」
「は、はい……申し訳ございません。以後気をつけます」
サスペンス等で探偵役となる主人公が死体のニオイを嗅いで……
『アーモンド臭がするぞ。青酸ガスによる中毒死だ』とかなんとか言って死因を特定したりするが……ハッキリ言おう。アホである。自身が青酸ガスによる中毒になってしまう危険性があるからだ。下手をすると死ぬ。不用意にニオイを嗅ぐべきではないのだ。
あ、そういえば第一発見者が誰なのかを聞いてなかったな。
「それでシノ。第一発見者は?」
「彼女の侍女のイメルダとボニーです……あれ? イメルダ?
上様がいらっしゃる前まではフィルの側で泣いていたんですが……?
誰かイメルダを見かけませんでしたか?」
「あのう、イメルダでしたら、フィル様が亡くなったショックで真っ青な顔をして気分が悪そうでしたので自室で休ませています」
「お前さんは?」
「あ。申し遅れて大変申し訳ございません。
私奴はフィル様の侍女をしておりますボニーでございます。
私とイメルダが普段は姫様のお世話をしております」
「ボニー、フィルを発見したとき遺体には触れたのか?」
「えーと。私は触れておりませんが、イメルダが……全く返事をなさらない姫様を不審に思ったのか "イメルダが" 姫様を軽く揺り動かしていましたが……」
妙に"イメルダ"を強調するなぁ……
「枕がずれるくらいに揺すったのか?」
ん? なんか今ボニーの顔が一瞬強張ったような気が……
「さ、さあどうでしたか……イメルダに聞いてみないとちょっと分からないです。
少し揺り動かしていただけのように私には見えたのですが……ほ、本当ですね。枕がずれていますね」
その場にイメルダという女性と一緒にいたにしては言い方が妙だ。なんか怪しくないか、この子は? 何か隠しているような気がするなぁ……
「普段フィルが自殺をほのめかすようなことはなかったのか?」
「いいえ。姫様はこれまでそんな素振りは一切お見せになりませんでした。
まさか"自殺されるほど"思い詰めていらっしゃったなんて……うぅぅ……」
ん?『自殺されるほど』をなんとなく強調していたようだが……気のせいかな?
この子はフィルが自殺したものと決めつけているのか、それともそう思わせたいのか……のどちらかのようだな?
「神殿内でイジメとか……酷い仕打ちを受けていたようなことは?」
「神官のガンク様が、今回サル族がフォスジャルボの関に攻め入ったことを槍玉にあげられて……
『皇帝シザルの娘であるフィル殿は上様の后候補を辞退すべきである!』
というような嫌みをネチネチと言われたりしていましたが、その他は特に……」
「俺が『フィルが望めば后になってもらうつもりだ』と言っていたのをザハルから聞いた後も、フィルは后候補について悩んでいたんだろうか?」
「はい、そうではないかと思います……うぅぅぅぅ……」
「があぁぁぁぁぁっ! 私が攻め込んだ所為だーーっ! フィル様ぁーーっ!」
「落ち着け! ザハル! お前さんは皇帝の命令に従っただけだろ!
お前さんには非はねぇよっ! 自分を責めるなっ!」
ザハルは泣き崩れ……床に突っ伏して号泣する。
「ボニー。フィルの遺体を見ていつもとは変わっているところはねぇか?
なんでもいいから気付いたことがあったら言ってくれ」
「はい。えーとぉ……」
ボニーはフィルの遺体をじっと見ると……
「特に変わったことは……」
「あ! ネックレス! ネックレスです!
フィル様がいつも身につけられていたネックレスが見当たりません!」
ボニーの言葉に被せるようにザハルとダゴダの娘、ジャミンが声を上げる。
「あ、ああ……そ、そういえば身につけられていませんね……」
そう言いながらボニーは困ったような顔をする。
「でも……ひ、姫様はお休みになる際は外されますので……」
「え? でもあの格好はナイトウェアじゃないでしょ? あの胸元が大きく開いたドレスをお召しになっているんですから、いつもならネックレスをおつけになると思いますよ。ねぇ、お母さん?」
「そうねぇ……確かにジャミンが言う通り、いつものフィル様ならきっと身につけられるわね。あのドレスとはセットで身につけられていましたから……」
ん? ボニーがなんとなく困ったような顔をしてないか?
ネックレスが無くなっていることを知られたくなかった……の・か?
その時である!
きゃぁぁぁぁぁぁぁーーっ! 誰かぁーーっ!
突然女性の悲鳴が聞こえてきた!
声の大きさと方向から判断すると……どうやら屋外からのようだ。
すぐに悲鳴を発した人物のもとへ向かおうかとも思ったのだが、なんとなく気になり、シールド発生装置をフィルの遺体の側に置き、遺体を守るようにシールドを展開してから向かうことにした。
現場保存をしておいた方が良いように思えたからだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「……くっ!……な、何するんだっ! このメス猿めっ!」
「黙りなさい、ガンクっ! 姫様の……姫様の仇だ! 死ね-ーっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ! わ、私が何をしたって言うんだっ! だ、誰か-ーっ!」
悲鳴がした場所へやって来るとそこは神殿の中庭だった。
悲鳴を聞きつけたのか既に大勢の人がいる。輪になって何かを取り囲んでいる?
その中ではなにやら争っているようである。
シノとボニーは俺についてきたようだがザハルとその妻と娘はフィルのところに残ったようだ。 俺としてもその方がありがたい。
ザハルたちがフィルの側にいてくれれば、隙を突いた何者かに現場を荒らされるようなことも起こりえないだろうからだ。
まだまだ殺人の可能性も捨てきれていないからなぁ……。
人々を掻き分けて輪の中に入ってみると輪の中心にはひとりの男がいて……
右手で左上腕を押さえながら女性と対峙している。
男が右手で押さえている箇所からは血が流れてボタボタと滴り落ちている。
男と対峙している女性は血のついたショートソードを男に向けて構え……
既に一度目の攻撃を終え、二度目の攻撃を行う機会を窺っているようだ。
この女性がイメルダかぁ?
どうやら彼女はガンクという神官をフィルの仇と見做して復讐しようとしているようだな。
ふと横を見ると腰を抜かしたかのように地面に座り込み口を押さえて震えながら見ている女性がいる。どうやら悲鳴はこの女性が発したようだ。
ショートソードを持った女性が男に斬りかかった!
男は右手で左上腕を押さえながら女性の攻撃を半身になってかわす!
「イメルダっ!」
遅れてやって来たフィルの侍女、ボニーが人々を掻き分けながら声を上げた!
その声に男とイメルダが反応し、ボニーの方をチラッと見る!
その隙を狙って……
「イメルダ! やめろ!」
再び斬りかかろうとしているイメルダとガンクの間に高速移動で割って入る!
「誰だか知らんが助かった! 礼を言うぞ、小僧!」
「はっ!? う、上様!」
俺に庇われて余裕ができたのか、ガンクが俺の顔を俺の肩越しにのぞき込む……
「けっ! こんな小僧が上様なわけないだろうがっ!
小僧! そこの女を捕まえろ! 手に余るようだったら殺しても構わぬ!」
俺の顔を見ても俺の正体に気が付かないだとぉ? こいつは本当に神官なのか?
イメルダは俺を見るなり一瞬で正体に気付いたというのになぁ……
ああ……やっぱりだ。コイツの魂の色は"オレンジ色"だ。ロクなヤツじゃねぇ。
「ガンクっ! 控えろっ! この無礼者めがっ!
あろうことか……上様に向かってなんという不敬な! 成敗してくれる!」
騒ぎを聞きつけてやって来た神殿騎士隊長のテアン・ホルストだ!
「はっはっはっ! 隊長。こんな小僧が上様なわけがないでしょう?
それよりも早くこの女を捕まえて下さいよ。フィルの仇だと言って私を殺そうとしたんですよ。さあ早く!」
ガツッ! ……ぐはっ……ズザザザザーーッ……
神殿騎士隊長のテアンはもの凄いスピードで俺たちの近くまで移動してきたかと思うとガンクの顔面を正面から思いっきりぶん殴ったのだ!
殴られたガンクは鼻血をまき散らしながら派手に後方へと吹っ飛び……
地面を……音を立てながら滑って行った。
テアンが成敗すると言ったからてっきり斬り殺すかと思ったが……
まあガンクがぶん殴られて吹っ飛んで行くのを見られて多少スッキリしたから、これでもいいかな。
「上様、大変申し訳ございません!
あのような不心得者がおりますこと……神殿関係者を代表して心よりお詫び申し上げます!」
「テアン。何もお前さんたちが謝る必要はねぇよ。あいつだけが特別だってことは分かっているからな。
しかしあいつは獣人族には珍しいクソ野郎だよなぁ? ああいった輩を獣人族で見たのは初めてだぜ。
今まで俺が遇った獣人族の者たちはみんな心が綺麗だったからな。驚いた。
どこにでもああいったバカ者はいるんだなぁ……」
「はぁ……私はこの国から出たことがないので……なんと申し上げたら……」
「上様! 失礼しますっ!」
そう言うとイメルダは右手に持っていたショートソードを逆手に持ち替えると、左手を添えて自身の胸に突き立てようとした!
シュンッ!……グイッ!グシャッ!……ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!
し、しまったぁ……
イメルダのもとへと高速移動して彼女の右腕を掴んで自害するのを止めたところまでは良かったんだが……
思わず力が入ってしまって彼女の手首を握り潰してしまったのだ! とほほ。
「修復!」
「はぁはぁはぁはぁ……」
「す、すまねぇ、イメルダ。咄嗟のことで力加減を間違えちまった。
いいか、イメルダ。死ぬことは許さねぇ。フィルについて色々と聞きてぇこともあるから死ぬことは許さねぇぞ」
「はぁはぁ……も、申し訳ございません。でも、たとえゲスな神官であっても私は殺そうとしたのです。その罪は死を以て償わねばなりません」
「ダメだ。この件は俺が預かる。お前さんに罰を与えるかどうかは俺が決める!
いいな?」
「わ、分かりました。御心に従います」
俺はこの場にいるみんなを見回しながら……
「皆の者! いいか、よく聞けぇいっ! 決してサル族の民を悪く思うなっ!
今回ヤツらが侵攻してきたのは皇帝の命令によるものだ! 悪いのは皇帝とその取り巻き連中だ! すべてのサル族の民が悪いのではない! それを理解しろ!
サル族の独裁国家『ワッドランド』と指導者たちを悪く言うのはまあ許そう……
だが、ワッドランドの人々が全員悪者だと考えるのはナシだ! いいな?」
ざわざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわざわ……
「指導者だけじゃなく他のヤツらも同じ考えに決まっている。サル族の民はすべて敵だ! みんなそう思わないかっ!?」
ざわざわざわ……ざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわざわ……
「そ、そうだよなぁ? 敵にしか思えないよな?」
神官と思しき男が言った言葉に人々が同調し出す……
「ほおぅ? ならばお前たちすべてを……この国の民すべてをこのガンクと同類と見做して見捨ててもいいって言うんだな?」
「それとこれとは話がべ……」
「別じゃねぇ! お前の理屈から言えば俺がそう考えても文句は言えねぇはずだ。違うか?」
「そ、それは……」
「どこの国にもいいヤツもいれば悪ぃヤツもいる。だろう?」
「は…い。」
「ワッドランドって国は皇帝シザルがワルだ。よく調べたわけじゃねぇからヤツはひょっとするとワルじゃねぇかも知れねぇが……とにかく相手は皇帝だ。
たとえ自分たちがやっていることが悪ぃことだと自覚してても皇帝が言うことに民が逆らえると思うか? できるわけがねぇだろう? 逆らえばぶっ殺されるのがオチだぜ。違うか?」
「は……い……」
「サル族の人々は命惜しさにイヤイヤ従っているだけかも知んねぇだろう?
単純にサル族はすべて悪いヤツらで敵だと考えるのは、チートばかし思慮が足りねぇとは思わねぇか?」
「…………」
「いいか、みんな! 国同士が仲が悪ぃからというだけで相手の国の人々すべてを嫌うな! 悪ぃヤツもいるかも知れねぇが、いいヤツもきっとたくさんいる!
好き嫌いは実際に会って話してみてから決めても遅くねぇ!
単純に雰囲気に流されて敵と見做すことはやめろっ! いいな?」
"はいっ!"
「でも! フィルは皇帝シザルの娘です! 私は許せません! 彼女が上様の后になることには絶対に反対です!」
一人の娘が前に出てきて言い放った。
「ほおぅ? で、お前さんは?」
「父が大変失礼しました。 私はガンクの娘のジールと申します。
此度の父の非礼を心からお詫び申し上げます」
「なるほど。じゃぁ、お前さんの理屈によれば俺はお前さんを含むガンクの家族、いや一族郎党に至るまですべてに罰を与えるが……それでもいいんだな?」
「な、なぜそうなるんですかっ!? おかしいですっ!」
「シザルが悪けりゃ、娘のフィルも同罪で許せねぇってことだろう?
だったら、ガンクが悪けりゃ、娘のジールも許せねぇって言われても文句は言えねぇんじゃねぇのか? 違うか?」
「そ、それは……」
ざわざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわざわ……ざわざわざわ……
「た、確かにそうだな……」「ああ。そういう事になるな」
「子は親を選べねぇからなぁ……
親が罪人だからってな。な~んにも悪ぃことしてねぇ子にも罰を与えるってのはちょっと違う。間違っていると俺は思うんだがなぁ? どう思う、お前さんは?」
「はい……た、確かに……」
ジールは俯いて考え込んでしまった。
フィルの死はまだ公にはしない方がいいだろう……
俺はここに集まっているみんなに視線を送りながら大声で告げる!
「みんな、いいか! 俺はフィルが望めば俺の嫁になってもらう!
この決定は絶対だ! 誰にも文句は言わせねぇ! 分かったなっ!」
「お、横暴だ!……我ら信徒の総意を無視されるおつもりか!?」
神殿の"お偉いさん"と思しき年配の男がなぜかニヤニヤしながら言葉を発した。
な~んか"嫌みっぽい人"っていうオーラを漂わせている。
「はぁあっ!? 信徒の総意だぁあ~!? 嘘をつくなっ!
てめぇひとりだけの考えだろうが? 俺をなめてんのか? クソ野郎!?」
男を除くほぼ全員が『うんうん。総意じゃないです……』という意思を示すかのように大きく何度も頷いている。
「なにぃい? 横暴だとぉ? はっ! バカバカしいっ! それが神ってもんだ!
気に食わねぇんだったら無理にここにいなくてもいいんだぞ?
どこへなりと、てめぇが好きなところへ行きやがれっ! クソ野郎がっ!
なんなら俺が地の果てに飛ばしてやろうか?」
はぁ~……我ながら酷い言葉遣いだなぁ。これじゃぁ邪神だよな……。
「そ、そんな無茶苦茶なっ! 非常識極まりないっ!」
非常識極まりないだとぉ? なんか無性に腹が立ってきたぞっ!
威圧しながら……
「クソ野郎がっ! この世界じゃ俺がルールだ!
てめぇ……誰に向かって偉そうな口を利いていやがるんだ?
てめぇに常識を語る資格などねぇっ! 調子ぶっこいてっとぶっ殺すぞ!?」
「ひぃぃぃぃいぃっ! お、お許しを……ど、どうかお許しを……」
男は腰を抜かして失禁した。
さらに凄みを利かせつつ、低い声で敢えて淡々と言う……
「ああ。今回だけは見逃してやる。 ぶっ殺すのは勘弁してやるが……
てねぇはどうも目障りだ。 てめぇの顔なんざ二度と見たくねぇ。
だからてめぇには神殿から出て行ってもらうことにするぜ。
早早に荷物をまとめて神殿を出て行け。 いいな?」
「ひぃぃぃぃぃっ! わ、分かりました! 分かりました……」
男は地を這いながらこの場から逃げていった。
ちょっとやりすぎたのかもなぁ……
男の魂の色が"オレンジ色"だったこともあって、な~んか許せなかったのだ。
怒りに任せて『酷いことをしちまったかな?』とちょっと反省したんだが……
男が中庭から去った直後に人々から大歓声が湧き上がった!?
わーわーわーわーーっ!
「上様ぁーーっ! ありがとうございます!」
人々の反応に合点がいかずなぜこんな反応になったのかを考えていると……
神殿騎士隊長のテアンが近づいてきて言った。
「上様。ありがとうございます。あの男は色々と問題がございまして……」
神殿騎士隊長のテアンの話では……
たった今俺が追放した男は女性神官に所謂セクハラをするのでみんな困っていたというのだ。
ヤツはこの神殿のナンバー3の地位にあるため、誰も文句は言えず被害に遭った女性たちはみんな泣き寝入りしていたとのことだった。
それに男女を問わず誰彼構わず、何にでも文句を言い、やることなすことに言いがかりを付ける非常に厄介な人物だということだ。
因みにナンバー2はフィルに酷いことを言ったガンクである。
統括神官は女性で魂の色は"スカイブルー"である。ナンバー2、3の男どもは、統括神官の人の良さにつけ込んでのしあがってきたようだ。
「それで上様。ガンクの処分はいかがいたしましょうか?」
「追放……って言いたいところだが、コイツはセクハラとかはしてねぇんだろ?」
「はい。権力を笠に着て威張り散らしていただけです」
「そうか。なら見習い神官からやり直させるか? テアン、お前さんどう思う?」
「はい。よろしいかと。権力を失うのが彼には一番効果がある罰となりましょう」
いつの間にか統括神官の女性が俺の側に来ていた。
「おう。統括神官。ガンクは見習い神官からやり直させろ。いいな?」
「御意のままに致します」
「失礼致します」
そこへ女性神官が小走りでやって来たかと思うと統括神官に耳打ちする。
「え? ワッドランドの大使がフィルに挨拶をしに来たのですか?」
統括神官のシーモアが不安そうな表情で俺の顔を見る。
「戦争を押っ始めやがったっていうのにワッドランドの大使のヤツはまだこの国にいやがるのか? どうしてだ?」
「はい。それが……
本国からも大使召還命令は出ていないし、貴国と開戦したわけでもないのになぜ私が帰国しなくてはならないんだ?フォスジャルボで先に仕掛けてきたのは貴国、ニラモリアの方だし、帰国する理由がない……と言い張っておりまして……
開戦の責任を認めるどころか、逆にワッドランド側に出た死者等の被害に対する損害を賠償するように要求しているのです」
なんてずうずうしいヤツだ……
「ザハルは? フォスジャルボの戦いの証人としてザハルがいるじゃねぇか?
どちらに非があったかザハルに証言させたのか?」
「はい。しかし……
貴国に亡命した者の言うことなど信用できるわけがない。
すぐにザハルを神殿騎士という重職につけていることから判断しても、その職と地位とを与える代わりに、貴国が証言を強要している可能性の方が高い。
だからザハルの証言は無効だ……と主張するので埒が明かないのです」
なるほど……さすがに一国の大使を務めるだけあってバカじゃないらしい。
だが、このタイミングでフィルの顔を見に来たというのがどうも引っかかる……
「そうか……なかなか手強そうな相手だな?
まあ今日のところはうまく誤魔化して大使を帰らせようぜ。
俺とシノも認識阻害神術を発動してお前さんの側仕えに扮して側にいてやるから取り敢えずヤツに会ってみようぜ?」
「は…はい……御意のままに……」
◇◇◇◇◇◇◆
俺とシノは統括神官の側仕えということにして彼女に同行し……
3人でワッドランドの大使が待つ応接室へと向かう。
フィルの死の真相を究明したいというのになぁ……。
次から次へと色々なことが起こるものだ。
「おおっ! シーモア様……あれ? フィル様はご一緒では?
私はフィル様にお目にかかってお元気か確かめるために伺ったのですが?」
「それはなぜですか? どうして今?」
「いやぁ~。フォスジャルボの兵士たちがワッドランドの偵察部隊にちょっかいを出したのが切っ掛けで『小競り合い』が起こったじゃないですか?
どうもニラモリアの人々は我々ワッドランド人を嫌っているようですからねぇ?
もしかしたらフィル様がいじめられているんじゃないかと心配になりましてね。
それでご様子を窺いに参った次第ですわ。はっはっはっ。
えーと、それでフィル様は……ご無事ですよね?」
「それはどういう意味ですか?」
おいおい統括神官さんよぉ~。顔が真っ青だぜ。
フィルが無事じゃないと言っているようなもんだぜ、それじゃぁ。
ワッドランドの大使、ザックレイはニヤリと笑うと……
「いや、そのままの意味ですよ。 ははは。 他意はありませんよ、他意は。
それでは、フィル様にわざわざここまでお越しいただくのも恐縮ですし……
よろしければフィル様のお部屋に参りたいのですが、よろしいでしょうか?」
『どうしましょう?』とシーモアは俺にすがるような視線を送ってくる……
それで俺が対応することにした。
「今フィル様は上様のご使者とお話中です。お人払いをなさるほどですから……
恐らく今日フィル様はザックレイ様と会われる時間を作れないかと存じます。
今日はお引き取りいただいた方がよろしいかと愚考致します」
「そ、そうです。今この者が申した通りフィル様は現在お取り込み中です。
ですから大使殿。どうか今日はお引き取り下さい」
「そうですかぁ……上様のご使者とのお話を邪魔するわけには参りませんねぇ。
分かりました。ではまた明日伺いますのでよ・ろ・し・く……はっはっはっ」
そう言うとワッドランドの大使ザックレイは部屋から出て行った。
ザックレイは部屋を出る際に、一瞬立ち止まるとチラッとこちらを見ながらまたニヤリと笑いやがった。
それが気になって受信専用の念話回線を即座に繋げたが……
『……わけがないだろうが。ははは! 明日が楽しみだ』
残念ながらこれだけしか聞き取れなかった。
しまったなぁ。もう少し早く念話回線を繋いでおくべきだったぜ。抜かった。
多分……あの男はフィルの死を知っているよな?
神殿内にスパイがいるのか? それとも……
◇◇◇◇◇◆◇
「……それでイメルダ。フィルを発見したときの様子を詳しく教えてくれ」
「はい。私とボニーが姫様の部屋を訪ねると鍵がかかっておりまして……
声をお掛けしてもお返事がなかったのです。それで……」
イメルダの話と彼女の魂の履歴に記録された映像によると……
イメルダはフィルの部屋の前で待機し、ボニーがフィルの部屋のマスターキーを警備室に取りに行く……
暫くしてボニーが戻り、フィルの部屋のドアの鍵をマスターキーで開けて二人で部屋の中へ入ると、ベッドの上で仰向けの状態で胸の前で腕を組みフィルが眠っていた……と最初は二人とも思ったらしい。
話しかけても全くフィルは目を覚まさないので不審に思ったイメルダが確認してフィルが死んでいることが分かったのだ。
その後ボニーの指示でイメルダはシノや統括神官たちを呼びに走ったという。
イメルダが人を呼びに行っている間、部屋にはフィルの遺体とボニーだけだったことになる。
「イメルダ。お前さんたちがフィルの部屋に入ったときに……
フィルはネックレスをしていたか?」
「はい。されていました。間違いありません。
フィル様が息をされているか確認しようと顔を近づけたときに、朝日に光り輝くネックレスが一瞬眩しかったのを覚えております。
それに……普段の姫様はネックレスをお外しになってお休みになるのに変だなと思いましたし……ドレスを着ていらっしゃるからかなぁと思ったことも覚えております……ですから間違いなく身につけておられました」
呼吸を確認しようと顔を近づけたのかっ!? 危ねぇなぁ……
青酸ガスとかが発生していなくて本当に良かったな。
「それで……お前さんが人を連れて戻ったときにはどうだった?
フィルはネックレスは身につけていたのか?」
実はその時、フィルの首からネックレスが消えていることは分かっている。
彼女の魂の履歴に記録された映像を見ながら証言を聞いているからだ。
「えーーと……も、申し訳ございません。よく覚えておりません……
えっ!? ネックレスがないっ!? どなたかが外されたんですか?」
イメルダの反応にも言葉にも不自然さは感じられない……となると……
イメルダはネックレスを捜すかのようにあたりをキョロキョロと見回す。
どうやらネックレスが無いことにイメルダはたった今気付いたようだ。
「あ、それからフィルを起こそうと彼女の身体を大きく揺すったか?」
「いいえ。軽く揺すっただけですが? 何か?」
この証言も間違いない。その通りだ。
映像からも彼女が、枕がずれるほどの揺り動かし方はしていないことが分かる。
「ああ。見てみな。枕がずれているだろう? それに……
ほら、フィルの首に引っ掻いたような傷があるだろう? 見えるか?」
「あ! 本当ですね! 誰かがネックレスを外そうと引っ掻いちゃったのかなぁ?
あれ!? 仰るように枕がずれていますね!? 確か、枕はこんなにずれてはいなかったような気が……変ですね?
それに……ネックレスは一体どこに行ったのでしょう? 気になります」
なるほど……あの傷はそういうことなのかも知れないな。
ネックレスを持ち去った者が慌てて外そうとしてつけた傷なのかも知れない。
枕の方もその時にずれた可能性が高い。かなり慌てていた証拠か?
「それが……ネックレスはどこに行ったのかまだ分からねぇんだよ」
「えっ!? シザル陛下が姫様に下賜されたネックレスで姫様はとても気に入って大切にされてたのに……」
その言葉にフィルの乳母だったダゴダが補足する……
「もっとも陛下が下賜されたといっても成人になるとすべての姫様方に平等に同じ品が下されるのですが……愛情など全くこもっていない品だというのに……
フィル様にとってはそういった物でも宝物だったんでしょうね……うぅぅ……」
ダゴダはさめざめと泣く。
「姫様の死を知っているのは極限られた人たちだけですし……とてもネックレスを盗み出せるような状況ではありませんでしたし……どこへ行ったんでしょう?」
イメルダの魂の履歴を見ながら証言を聞いていたのでもちろん彼女が盗んでないことは分かっている。持ち去ったのはあの人物しか考えられない……
「そうか。分かった。ありがとうな」
「いえ。お役に立ちましたでしょうか?」
「ああ。助かったぜ、ありがとう」
「あのう……それでは先ほどの刃傷沙汰についての罰を……」
「罰しねぇよ。だから自害も禁止だ。いいな?
お前さんは主の仇を討とうとしたんだろう?
あのクソ野郎がいつもフィルをイジメていたから許せなかったんだろ?」
「はい……でも……」
「だったら、俺の代わりをしてくれたようなもんだからなぁ……
お前さんがやらなきゃ俺がヤツをぶっ殺していたぜ。
まあ今回は執行猶予って事でぺいぺいからのやり直しっていう手緩い罰を与えただけに終わっちまったんで……ちょっと面白くねぇんだがな。
だからお前さんを罰すると俺自身も罰しねぇといけなくなっちまうから頼むぜ。
ここは俺の顔を立ててお前さんには罪はねぇって事にしておいてくんな」
「は…い……分かりました」
「といってもさっき俺は力加減を間違えてお前さんの手首を潰しちまったから……
罰を与えちまったようなもんなんだがなぁ……すまなかったな」
「い、いえ。私の命をお救い下さる際の出来事ですから……お気になさらず……」
「そう言ってもらえると助かるぜ。 お前さんはいい子だな。
さあ、ということで罰は無しってことで、な!?
……あれ? ところでボニーはどこだ?」
ここ、フィルの遺体があるフィルの寝室にいる者たちのすべてがキョロキョロと部屋を見回しているが……どうやらボニーの姿はない。
すると!
きゃぁぁぁぁぁぁぁーーっ!
絹を裂くような女性の悲鳴がっ!?
みんなにはフィルの部屋でそのまま待機するように言って悲鳴の主を探す……
神殿建物の外で建物の北側、普段は人気も少ないだろう場所に人だかりができている? あそこか?
俺の接近に気付いた人々が道を空けると……人々が作っている輪の中心に女性がひとり倒れており、その側には神殿騎士隊長のテアンがかがみ込んで女性の様子を調べていた。
女性は……ボニーだっ! ボニーが殺されている!?




