第070話 ランクS冒険者の実態
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!嫌だぁっ!死ぬのは嫌だぁっ!ぎゃああああっ!」
「大丈夫だ!落ち着け!もう大丈夫だ!死にはしないっ!落ち着くんだ!」
女性は死ぬ直前の記憶が蘇ったのだろう……絶叫しながら手足をバタつかせて暴れている。パニック状態だ。
『ダーリン、大丈夫ですか?女性の悲鳴というか絶叫が聞こえたんですがっ!?』
女性の絶叫を聞いてシェリーが心配になったのか念話をしてきたのだ。
『ああ。大丈夫だ、シェリー。問題ねぇ。
ロイヤル・ミノタウロスに殺された女性の遺体を見つけたんでな、蘇生させたんだが……死ぬ直前の恐怖や痛み、感情が蘇ったようで絶叫しだしたんだ』
『ああ、なるほど。蘇生直後で混乱しているというわけですね?分かりました。
他のみんなも心配していて、私が代表して聞くことになりましたものですから、お取り込み中のところを申し訳ありませんでした』
『いや。心配してくれてありがとうな。みんなにもそう伝えておいてくれ』
『承知しました。
それで、私たちはまだそちらへ行かない方がよろしいでしょうか?』
『そうだな……この女性がどうしてここで死んだのかを確認して、この部屋に何も問題がないと分かったらお前さんたちを呼び寄せようと思っている。
だから、もうちょっとだけ待っていてくれねぇかな』
『はい。分かりました。みんなにもそう伝えます』
蘇生させた女性がなかなか落ち着きを取り戻さない……
女性は腰を抜かしているようだ。地面で手足をバタつかせ、まるで見えない敵がすぐ側にいるかのように恐怖し後退りしようとしている。
しかたがないので、彼女の側に近寄ると身をかがめて跪き、彼女をギュッと抱きしめる。そして、彼女の耳元で囁くように話しかける……
「しーーーっ。落ち着いて。もう大丈夫だから。もう誰もお前さんを殺そうとしていないから安心おし。大丈夫だよ。そう、大丈夫、大丈夫……」
「ううう……うわぁーーーん!」
彼女は絶叫をやめ、周りの状況を確認したかと思うと安心したのか大声を上げて泣き出したのである。彼女は抱き起こされたような状態のまま俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくっている。
「もう大丈夫だよ。落ち着いて。な?」
「うう……」
俺にしがみついて暫く泣いていたが徐々に落ち着きを取り戻す……
「俺はシンだ。冒険者をしている。お前さんは?」
「あたしはジェニファ。同じく冒険者……でも、あたしは死んだんじゃぁ……」
殺された自覚はあるようだな。では、蘇生させた事実を告げねばなるまい。
「ああ。そこのロングソードの下に埋葬されていたのを蘇生させた」
「え?あなたは死者を蘇生させることができるの?」
半信半疑といった感じだ。これは正体を明かした方が話が早いな……
眉間の印を輝かせながら言う……
「これを見ろ。今は世を忍ぶ仮の姿として冒険者に扮しているが、俺はこの世界の神だ」
「えっ!?あ……そ、その御印は!?う、上様!……ははあぁぁぁぁぁっ!」
彼女はしがみついていた俺の胸からものすごい勢いで離れて飛び退き跪く。
「ああ……よい!よい!俺は忍びの旅の最中だ。普通にしてくれ。な?普通に!」
「は、はいっ!わ、分かりまひた……わ、分かりました!」
ははは。かわいいな、今噛んだな?ははは。
「それでどうだい?どこか具合が悪ぃところはねぇか?大丈夫か?」
「は、はっ!だ、大丈夫ですっ!た、助けていただきありがとうございます!」
そんなに緊張しなくても……この子は根が純情なんだろうなぁ。
「ああ、いいってことよ。そうか。具合が悪くねぇならよかったぜ。
ところで……ここで一体何があった?聞かせてくんねぇかな?」
「はい!実は……」
彼女、ジェニファの話によると……
彼女は『神の代行者』という名前の、ランクSの冒険者ばかり7人で構成されたパーティーのメンバーであるらしい。
彼女自身はランクSの魔導剣士だった。魔導剣士というのは魔法と剣との両方に秀でた才能を持つ。
「大層なパーティー名だなぁ」
「す、すす、すみません。上様の許可も得ず、勝手にこのような名前を……」
「まあ、人々のためになることをしているんなら、俺は文句は言わねぇが……」
威圧しながら言う……
「もしもお前さんたちが人々を苦しめるようなことをしているんだったら……
全員ぶっ殺すぜ? いいな? その点は大丈夫だよなぁ?」
「ひぃっ!だ、大丈夫です!……だと思います……」
威圧を解く。
ジェニファたちは俺たちと同じ、神都の冒険者ギルドの要請でこのダンジョンを探索しに来たらしい。
ここに来るまでに魔物とほとんど遭遇することはなかったことが油断を招いて、彼女が命を落とすような事態に陥ってしまったということだった。
「俺たちがここに来るまでに各層の魔物はほどんど殲滅してきたからなぁ」
「そうだったんですか?道理で全然魔物が出て来ないはずですね」
この第7階層のボス部屋で、彼女たちはロイヤル・ミノタウロスたちと、実に、十数時間にわたり死闘を繰り広げていたらしい。
彼女自身は善戦していたのだが、回復役の女性魔導士の魔力が尽きてふらふらになっているのを見て助けようとしたことが仇となる。
その女性魔導士のもとへと駆け寄ろうとして、地面にあった何かに躓いて転んでしまったため、ロイヤル・ミノタウロスたちの餌食となってしまったのだ。
「他のみんなはどうなったのでしょうか?」
彼女がそういった時、ロイヤル・ミノタウロスたちが復活してきた!
「きゃぁぁっ!」
ジェニファは恐怖に顔を引き攣らせて俺にすがりついてきた……
「大丈夫だよ。俺がついているからな。ウインドカッター×10!」
シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュンッ!
ブッブブブブブブブブブシュンッ!
ボッボボボボボボボボボンッ!
風切り音がしたかと思うとすぐにロイヤル・ミノタウロスたちの首が切断される音がした……。
最後は首を切断されて果てたロイヤル・ミノタウロスがそれぞれ『ボンッ!』と音を立てながら黒い煙のような状態になってから霧散して消えたのだった!
「す、す…ごい……。こ、これが上様の御力なのですね……」
「俺の代行者の一員が、こんなことくれぇで驚いてちゃぁダメだぜ。ははは」
「あ・は・は・は・は……。穴があったら入りたいですぅ……」
しかし、ロイヤル・ミノタウロスが復活するまでのインターバルがちょっと長くなっているようだな?バジリドゥがこの部屋の中にいないからなんだろうか?
「えーっと?なんだっけ?……ああ、そうだったな。お前さんたちの仲間のことは分からねぇなぁ。ここにあった遺体はお前さんのものだけだったから、多分生きて下の階層へと向かったんじゃねぇのかなぁ?」
調べられないことはないが、面倒くさいのでこう答えておくことにした。
「そうですか……」
彼女の表情からは心の内が読み取れない。複雑な表情をしている。
「まぁ、お前さんと同じように綺麗な魂を持っているのなら……お前さんの仲間がたとえ死んだとしても俺が蘇生させてやるからそう心配するな」
「そうですか。なるほど、綺麗な魂です…か……」
彼女の表情は特に変わらない?
彼女の埋葬の仕方が雑だったしな。やはり、パーティーメンバー同士は仲が良いわけじゃないようだな……。
「ああ……。ところで、お前さん魔導剣士という割には、あまり上等とは言えねぇ剣を使っているよな?あのお前さんの墓標にされていた剣がそうなんだろう?」
「いえ。あれは仲間の剣士ダダルの剣ですね……あたしの剣は彼が代わりに持って行ったようですね。 父の形見の剣だったんですが……」
ジェニファの表情が曇る。そしてなんとなく悔しそうだ。
「ん?お前さんは生き返ったんだから、後から返してもらえばいいじゃねぇか?
仲間なら嫌だとは言うまい。そんなに落ち込まなくてもいいじゃねぇのか?」
「彼の性格からすると……無理かも知れません。代わりにあたしの身体を要求してくるかも知れません。あるいは、高額な金品かも……」
女性の身体を要求?はぁっ!?そんなヤツは仲間とは言えないよなぁ……。
俺の大っ嫌いなタイプのクソゲス野郎じゃねぇか!?
「そんなヤツは仲間じゃねぇなっ! 単なるクソ野郎じゃねぇかよ!
よし、分かった!親父さんの形見の剣は俺が必ず取り返してやる!安心しろ!
だからさぁ、そんな暗い顔をすんなよ。いいな!?」
「はい。ありがとうございます」
ジェニファの表情が徐々に明るくなる。
この先に同行させるにしてもあの剣じゃだめだ。使い物にならないだろう。
取り敢えず……ということで、ミスリル製のロングソードを生成する。
そのロングソードには簡易シールド発生装置が付いている。
「ほれ!取り敢えずこれをやるから使え!」
生成した剣を彼女に与えて、シールドの発生方法について説明しておいた。
彼女は感激している……
「あ、あああ、ありがとうございますっ!か、家宝にしますっ!」
彼女は声を震わせながら礼を言った。
「他の装備類は?……全部持って行かれちまったようだな?」
「はい。死者には必要ありませんからねぇ……。
あたしが身に付けていたもの以外は全部持って行かれたようです」
なるほどな。
となると、ひょっとしたら彼女と一緒に装備もズタズタボロボロに切り刻まれていなければ、身ぐるみ剥がされていたかも知れないな。世知辛いな。
「生き返った姿を見せりゃぁ、返してくれるんじゃねぇのか?」
「まず無理でしょう。あたしたちの間には友情も愛情もありませんから……。
クエストをこなすのに都合がいいだけの、打算的なつながりでしかないのです。
あたしには死者から物を奪う人の気持ちは全く理解できませんが、この世界では死者の装備を奪うことは普通に行われていることですし、彼等の性格からすると、はいそうですかと素直に返してはくれないでしょう」
やはりこの子は善良な人だ。こういった会話の端々からも蘇生させて良かったと思わせる。人の良さのようなものを感じる。
「お前さんが助けようとした回復役の女性魔導士もそんな感じなのか?」
「はい。彼女が逆の立場ならあたしを絶対に助けようとはしなかったでしょうし、あたしの装備を真っ先に奪い取るタイプの人間です。奪い取った物を返してくれるような玉じゃありません。断言できます」
冒険者パーティーっていうのは、厚い友情と深い絆で結ばれた、互いに命を預け合うことができる、互いに信頼し合った関係の者たちによって構成されているものだとばかり思っていたが……こんなもんなのか。
「そんなヤツらとよくパーティーを組もうと思ったなぁ?」
「ランクSの冒険者の絶対数が少ないので選り好みはしていられないのです。
下位ランクの者たちと組むのもなかなか骨が折れますし……仕方ないのです」
「なんか、そんな薄情なヤツらとパーティーを組ませておくのはちょっともったいねぇ気がするなぁ……どうだい?お前さん、神殿騎士になるつもりはねぇか?
その気があるんだったら、試験を受けられるようにできるんだが?」
「え?あたしなんかが、よろしいのですか?」
「あ、もちろん、試験に通らねぇとダメなんだがな。
だが、お前さんはランクS冒険者だし、魂も綺麗だから、まぁ問題なく合格するだろうがな。どうだい?」
「なりたいです!
でも、失礼ですが……お目にかかったばかりで、あたしのことは何もご存じないというのに、このような過分なるお話を賜ってもよろしいのでしょうか?
本当にあたしなんかが神殿騎士試験を受けてもよろしいのですか?」
こういうことを聞くことができるだけで十分に受験資格はある。
よき人物であることが分かるってもんだ。
「ああ。もちろん。
それに……あったばかりって言うけど、これでも一応神だからなぁ。お前さんがどんな人間なのかは見りゃ分かるんだぜ。ははは」
「し、失礼しました!も、申し訳ございません!」
「お前さんのような有能な人物をスカウトできるとは!重畳!重畳!
期待しているぜ!」
「はいっ!がんばりますっ!」
こうして新たな神殿騎士候補を確保することができたのであった。
彼女は俺に同行してこの先に進みたがったのだが……
ロイヤル・ミノタウロスごときに手こずるようなレベルでは、この先を進むには弱すぎる。俺たちの足手まといにしかならないだろう。
ということで、彼女を説得して神都のバルバラのもとへと送り届けたのである。
神都へと転送すると言ったときに、彼女の表情が少し曇っていた。
気になって聞いてみると、彼女は剣のことを気にしていた。そう、父親の形見の剣が取り返せないんじゃないかと、俺がそのことを忘れてしまったのではないかと不安に思っていたようだ。
だから、ちゃんとそのことを俺は覚えていることを告げ、そして、約束した通り俺が責任を持って必ず奪っていった男から父親の形見の剣を取り返してくることを改めて約束することで彼女を安心させることにした……
彼女の顔が晴れやかな笑顔になったことは言うまでもない。
あ、そうそう、彼女がいないのにどんな剣を取り戻したらいいのか分からないのではないかと思うかも知れないが……
そうだ。ご賢察の通りである。彼女を神都へと転送する前に彼女の魂の履歴から剣の情報を取得しておいたのでその点も問題ない! その点に抜かりはないのだ!
魂の履歴を調べられるというのは本当に便利だ。
◇◇◇◇◇◇◇
蘇生させたジェニファを神都へと送り届けた後、ハニーたちをボス部屋の中へと転送した。前回同様、ボス部屋の入り口付近にシールドを展開して、その中に野営用のテントも設置してある。
ロイヤル・ミノタウロス復活のインターバルはやはり長くなっていた。おおよそ20分といったところだろうか……。
このボス部屋のボスだったバジリドゥがこの場にいてもそれは変わらないので、彼女が不在だったからインターバルが伸びていたというわけでもなさそうだ。
以前のように5分間隔で復活してくれると、ハニーたちの練習にはちょうどいいインターバルなんだが、20分はちょっと長い。
とにかくこの先に進む前に、新しく仲間になったリガーチャ、スサク、リクラ、トフルをある程度は戦えるようになるまで鍛え上げねばならない。インターバルが20分もあるのはよろしくない。
ということで、ハニーたちにはロイヤル・ミノタウロスを殲滅したら、ヤツらが復活してくるまでの間、神殿騎士風ゴーレムを相手に戦ってもらうことにする。
ゴーレムのタイプを神殿騎士風のものにした理由は、ハニーたちに魔物相手だけではなく、人を相手にする戦い方も学んでもらうためだ。
人じゃないけど、神殿騎士風ゴーレムはそれっぽく攻撃してくるように調整してある。
神殿騎士風ゴーレムは見た目も人風だしな、人相手の戦い方を学ぶ相手としてはこれで十分だろう……。
戦闘指導はシェリー、ノアハ、ザシャア、翠玉に任せることにする。
なお、指導者4人には、ハニーたちを数名のグループに分けて、互いに連係して攻撃を行う練習を重点的にさせるように頼んである。
俺はこの後ちょっとだけ獣人族国家ニラモリアにいる管理助手シノのところへと行こうと思っているので、ゴーレムの指揮権も指導者の4人に与えてある。
このボス部屋に、新たな敵が現れるというような不測の事態に備えるためにも、ゴーレムは念のために1万体生成し、指導者4人のウエストポーチの中にそれぞれ2500体ずつ入れておく。
オークドゥは自身の剣技に磨きをかけたいということだった。
だから、彼の戦闘訓練用に特別仕様の神殿騎士風ゴーレムを生成して与えた。
ハニーたちとは少し離れた場所で別メニューをこなしてもらう。
新人ハニーたちには今夜の夕食までにはなんとかそれなりに形になってくれるといいのだがなぁ……。
色々あってダンジョン攻略も予想以上に時間がかかってしまっている。そろそろ神都にいるキャルたち子供たちやハニーたちのことが恋しくなってきた。
獣人族の嫁を決めに行かねばならないし……分身が欲しいくらいだな。
◇◇◇◇◇◇◆
ハニーたちの練習相手となるゴーレムを作っていてふと思いついたことがある。
俺がちょっとだけ獣人族国家ニラモリアへ行くことにしたのは、その思いつきが原因だ。
ゴーレムを1万体ほど生成して獣人国家ニラモリアに提供し、シオン教徒どもの攻撃から守るための兵士にすることを思いついたのだ。
獣人族国家ニラモリアへ攻め込もうとしているシオン教徒たちに対抗するためにミニヨン1万体をシオリに預けてあるのだが……
獣人族担当管理助手のシノには現在、獣人たちの他には使える手駒はない。
生身の獣人たちを矢面に立たせるのはどうも忍びない。彼等が無惨にも殺される姿など見たくはない。
それで……シノにも獣人たち以外で自由にできる戦力を与えておこうと考えたのである。そう、それがゴーレム1万体だ。
ハニーたちの練習相手に神殿騎士風のゴーレムを作っている中、そのついでに、獣人族国家防衛用の戦力として1万体の神殿騎士風ゴーレムも生成しておいた。
これから俺が直接シノのもとへ出向いてゴーレムを提供するつもりなのだ。
◇◇◇◇◇◆◇
実は、獣人族国家ニラモリアの他にも獣人族国家がある。
その名は『ワッドランド』。ニラモリアの東に位置する国だ。
ニラモリアは色々な種族の獣人たちが共存しているが……
一方、ワッドランドの方は、サル族の皇帝シザルによって支配されているサル族一種族による独裁国家である。そう、民族主義の国家なのだ。
安易に予想されることではあるが、彼等は他種族の者たちを自分たちよりも劣る種族と考えている。
サル族の見た目は、ほぼ人族と変わらない。
人族よりもちょっとだけ大きめの耳をしており、シッポが生えていることくらいしか違いはない。彼等がシッポを隠すと人族とは見分けがつかないだろう。
身体能力の方は人族よりも数十倍優れているが、だからといって、知性が人族に劣っているということはない。
ただ、魔力量はほぼゼロである者がほとんどで、魔法使いはほとんどいないし、いたとしても初級魔法が使える程度である。その点は人族に劣ると言えるだろう。
ニラモリアとワッドランドとの国境は、岩山が多く兵を進めるには困難である。
両国を結ぶ道はひとつだけ存在しているのだが、そこは峡谷になっている。
ニラモリアは国境に石造りの関門を築いてワッドランドからの軍の侵入を防いでいるのだが、そこはまるで中国史上多くの戦いが行われた『函谷関』のような所であった。
◇◇◇◇◇◆◆
「お父ちゃん、だめじゃん。はい、着替えだよ」
「おお、テナー!助かるぜ!いやぁ~、慌てて家を出てきちまったんで、着替えのことをコロッと忘れていたぜ、ガハハハハハハッ!」
「ホントそそっかしいんだからぁ。『今度からは気をつけてね』ってお母ちゃんも言ってたよ」
「あはは。悪ぃ悪ぃ」
この場所はニラモリアとワッドランドとの国境に設けられた、ニラモリア側の関である。その関はフォスジャルボと呼ばれている。
ここの警備隊員であるアルトのもとへ、家を出るときに忘れてしまった着替えを娘のテナーが届けに来たようだ。
アルトもテナーもオオカミ族の獣人だ。関から2kmほど西に行った場所にあるアスキナという村にアルトとその妻、ソプラ、そして、娘のテナーと3人で住んでいる。暮らしはそれほど楽ではなかったが人が羨むような幸せな家庭であった。
「敵襲!敵襲だーーっ!」
突然、ワッドランドの方を監視していた者が絶叫した!
ワッドランド軍がこの関へと押し寄せてきているのだ!その数はおおよそ3千!
「お、お父ちゃん、怖いよう」
敵襲を知らせる声は、兵舎の自室にいたアルトとその娘テナーの耳にも届いた。
「ははは。大丈夫さ!この関が落とされることは絶対にないよ。でも、お前はもう家に帰りなさい。……ああ、それと一応村長にこのことを知らせて万が一に備えるように言ってくれ」
「うん。分かった。じゃあ、帰るね。お父ちゃん、気をつけてね」
「ああ。もちろん。もうすぐお前の弟か妹も生まれるんだ。死ぬわけにはいかねぇからな。ははは」
この関は難攻不落である。ただし、地上からの攻撃には……である。
ワッドランド軍には魔導士がほとんどおらず、いたとしても威力の低い攻撃魔法しか使えない者たちだけだった。
それゆえ、ワッドランド軍による攻撃は高が知れている。空から攻撃でもしない限り、ワッドランド軍にはこの関を落とすことは不可能である……と思われていたのだ。そう、この日までは。
ワッドランド軍には、飛行可能な魔物を招喚することができるような魔法使いは一人もいない。それどころか、招喚魔法を使える者すらいない……はずであった。
テナーを家に帰すためにアルトはテナーを連れて自室を出て、一緒に兵舎の入り口まで来たが……外が妙に騒がしい。
兵舎の入り口の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に二人は驚愕した!
なんと!関の上空には、黒いローブを纏った魔導士が乗ったレッサードラゴンが数匹飛んでいて、口からファイヤーボールを兵士たちに向かって放っていたのだ!
あたりは火の海である。この関、フォスジャルボが落ちるのも時間の問題だ!
予期せぬ敵の攻撃に関を守る兵士たちはパニック状態に陥っている。
「テナー。お前は今すぐ村へ帰れ!
このことをみんなに伝えてすぐに避難するように言うんだ!いいな?」
「お父ちゃんは?お父ちゃんも逃げようよぉ~」
「俺はここで敵を食い止めなきゃならん。だから、お前だけ逃げるんだいいな!」
「でも……」
「さあっ!行け!お母ちゃんを頼んだぞ!……ほらっ!行くんだ!」
「分かった!お父ちゃん、死なないで!絶対に、死なないでね!」
「ああ。さあ行け!急ぐんだ!」
テナーは暫く逡巡するが意を決したがごとくアルトに対して大きく頷くと、目に涙をいっぱい溜めながら村へと向かって走り去っていった。
テナーは街道を村へと急ぐ。が、気ばかりが焦る。
一所懸命走っているのに、まるで自分が亀にでもなったかのように感じる。
ちっとも先に進めないような感じがしていてもどかしい………
途中でフォスジャルボの方を振り返ると、立ち上る炎が夕暮れ時の空を真っ赤に染めていた……するとその方向から何やら黒いものが飛んでくる?
「レッサードラゴン!……きゃぁーっ!」
テナーの叫び声が聞こえたのか、レッサードラゴンはテナーを見つける。
そして、急降下し、彼女の行く手を阻むかのように街道に着陸した!
テナーは恐怖した!身体が思うように動かない!
身体が石化されてしまったかのごとく、恐怖により動けなくなった!
「ああ……神様!助けてっ!殺されちゃうよぉ~。助けてっ!神様!!」
レッサードラゴンに跨がっている魔導士が下卑た笑いを浮かべている。
「ぎゃははっ!無駄だ小娘!女神シオン様はお前たち獣人が大っ嫌いだ!助けてはもらえんぞ!」
どうやらレッサードラゴンの背に跨がっているのは、女神シオンを崇拝する者のようである。
「ちがうもん!シオンなんて神様はいないもん!神様!助けて!お願いです!」
「クソ生意気な小娘め!シオン様を否定するとは不届き至極!この場でぶっ殺してやる!……レッサードラゴン!小娘にファイヤーボールをぶち込んでやれ!」
テナーは死を覚悟し、目を瞑った……。
「ああ……神様、もうダメです。どうか天国に行けますように……」
レッサードラゴンの口からファイヤーボールが放たれたっ!
もはや少女の命は風前の灯火!……の、はずだったんだが……
「へっ!?な、なにっ!?ファイヤーボールを弾いただと!?そんなバカなっ!」
「よう、お嬢ちゃん。もう大丈夫だぜ! 助けに来たぜ! 安心しなっ!」
テナーがゆっくりと目を開けるとそこにはひとりの男が立っていた。




