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第070話 ランクS冒険者の実態

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!嫌だぁっ!死ぬのは嫌だぁっ!ぎゃああああっ!」

「大丈夫だ!落ち着け!もう大丈夫だ!死にはしないっ!落ち着くんだ!」


 女性は死ぬ直前の記憶が蘇(よみがえ)ったのだろう……絶叫(ぜっきょう)しながら手足をバタつかせて暴(あば)れている。パニック状態だ。



『ダーリン、大丈夫ですか?女性の悲鳴(ひめい)というか絶叫(ぜっきょう)が聞こえたんですがっ!?』


 女性の絶叫を聞いてシェリーが心配になったのか念話をしてきたのだ。


『ああ。大丈夫だ、シェリー。問題ねぇ。

 ロイヤル・ミノタウロスに殺された女性の遺体を見つけたんでな、蘇生(そせい)させたんだが……死ぬ直前の恐怖や痛み、感情が蘇(よみがえ)ったようで絶叫しだしたんだ』


『ああ、なるほど。蘇生直後で混乱しているというわけですね?分かりました。

 他のみんなも心配していて、私が代表して聞くことになりましたものですから、お取(と)り込(こ)み中(ちゅう)のところを申し訳ありませんでした』


『いや。心配してくれてありがとうな。みんなにもそう伝えておいてくれ』

『承知しました。

 それで、私たちはまだそちらへ行かない方がよろしいでしょうか?』


『そうだな……この女性がどうしてここで死んだのかを確認して、この部屋に何も問題がないと分かったらお前さんたちを呼び寄せようと思っている。

 だから、もうちょっとだけ待っていてくれねぇかな』

『はい。分かりました。みんなにもそう伝えます』



 蘇生させた女性がなかなか落ち着きを取り戻さない……

 女性は腰(こし)を抜(ぬ)かしているようだ。地面で手足をバタつかせ、まるで見えない敵がすぐ側(そば)にいるかのように恐怖し後退(あとずさ)りしようとしている。


 しかたがないので、彼女の側(そば)に近寄ると身をかがめて跪(ひざまず)き、彼女をギュッと抱(だ)きしめる。そして、彼女の耳元(みみもと)で囁(ささや)くように話しかける……


「しーーーっ。落ち着いて。もう大丈夫だから。もう誰もお前さんを殺そうとしていないから安心おし。大丈夫だよ。そう、大丈夫、大丈夫……」

「ううう……うわぁーーーん!」


 彼女は絶叫をやめ、周りの状況を確認したかと思うと安心したのか大声を上げて泣き出したのである。彼女は抱き起こされたような状態のまま俺の胸に顔を埋(うず)めて泣きじゃくっている。


「もう大丈夫だよ。落ち着いて。な?」

「うう……」


 俺にしがみついて暫(しばら)く泣いていたが徐々(じょじょ)に落ち着きを取り戻す……


「俺はシンだ。冒険者をしている。お前さんは?」

「あたしはジェニファ。同じく冒険者……でも、あたしは死んだんじゃぁ……」


 殺された自覚はあるようだな。では、蘇生(そせい)させた事実を告(つ)げねばなるまい。


「ああ。そこのロングソードの下に埋葬(まいそう)されていたのを蘇生(そせい)させた」

「え?あなたは死者を蘇生させることができるの?」


 半信(はんしん)半疑(はんぎ)といった感じだ。これは正体を明(あ)かした方が話が早いな……

 眉間(みけん)の印を輝かせながら言う……


「これを見ろ。今は世を忍(しの)ぶ仮(かり)の姿(すがた)として冒険者に扮(ふん)しているが、俺はこの世界の神だ」

「えっ!?あ……そ、その御印(みしるし)は!?う、上様!……ははあぁぁぁぁぁっ!」


 彼女はしがみついていた俺の胸からものすごい勢いで離れて飛(と)び退(の)き跪(ひざまず)く。


「ああ……よい!よい!俺は忍(しの)びの旅の最中(さいちゅう)だ。普通にしてくれ。な?普通に!」

「は、はいっ!わ、分かりまひた……わ、分かりました!」


 ははは。かわいいな、今噛(か)んだな?ははは。


「それでどうだい?どこか具合が悪ぃところはねぇか?大丈夫か?」

「は、はっ!だ、大丈夫ですっ!た、助けていただきありがとうございます!」


 そんなに緊張しなくても……この子は根が純情なんだろうなぁ。


「ああ、いいってことよ。そうか。具合が悪くねぇならよかったぜ。

 ところで……ここで一体何があった?聞かせてくんねぇかな?」

「はい!実は……」


 彼女、ジェニファの話によると……

 彼女は『神の代行者』という名前の、ランクSの冒険者ばかり7人で構成されたパーティーのメンバーであるらしい。

 彼女自身はランクSの魔導剣士だった。魔導剣士というのは魔法と剣との両方に秀(ひい)でた才能を持つ。


「大層(たいそう)なパーティー名だなぁ」

「す、すす、すみません。上様の許可も得ず、勝手にこのような名前を……」

「まあ、人々のためになることをしているんなら、俺は文句は言わねぇが……」


 威圧(いあつ)しながら言う……


「もしもお前さんたちが人々を苦しめるようなことをしているんだったら……

 全員ぶっ殺すぜ? いいな? その点は大丈夫だよなぁ?」

「ひぃっ!だ、大丈夫です!……だと思います……」


 威圧を解く。



 ジェニファたちは俺たちと同じ、神都の冒険者ギルドの要請(ようせい)でこのダンジョンを探索しに来たらしい。

 ここに来るまでに魔物とほとんど遭遇(そうぐう)することはなかったことが油断(ゆだん)を招(まね)いて、彼女が命を落とすような事態(じたい)に陥(おちい)ってしまったということだった。


「俺たちがここに来るまでに各層の魔物はほどんど殲滅(せんめつ)してきたからなぁ」

「そうだったんですか?道理(どうり)で全然魔物が出て来ないはずですね」


 この第7階層のボス部屋で、彼女たちはロイヤル・ミノタウロスたちと、実に、十数時間にわたり死闘を繰(く)り広(ひろ)げていたらしい。


 彼女自身は善戦していたのだが、回復役の女性魔導士の魔力が尽きてふらふらになっているのを見て助けようとしたことが仇(あだ)となる。

 その女性魔導士のもとへと駆(か)け寄(よ)ろうとして、地面にあった何かに躓(つまず)いて転んでしまったため、ロイヤル・ミノタウロスたちの餌食(えじき)となってしまったのだ。


「他のみんなはどうなったのでしょうか?」


 彼女がそういった時、ロイヤル・ミノタウロスたちが復活してきた!


「きゃぁぁっ!」


 ジェニファは恐怖に顔を引(ひ)き攣(つ)らせて俺にすがりついてきた……


「大丈夫だよ。俺がついているからな。ウインドカッター×10!」


 シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュンッ!

 ブッブブブブブブブブブシュンッ!

 ボッボボボボボボボボボンッ!


 風切(かぜきり)り音(おん)がしたかと思うとすぐにロイヤル・ミノタウロスたちの首が切断される音がした……。

 最後は首を切断されて果(は)てたロイヤル・ミノタウロスがそれぞれ『ボンッ!』と音を立てながら黒い煙のような状態になってから霧散(むさん)して消えたのだった!


「す、す…ごい……。こ、これが上様(うえさま)の御力(みちから)なのですね……」

「俺の代行者の一員が、こんなことくれぇで驚いてちゃぁダメだぜ。ははは」

「あ・は・は・は・は……。穴があったら入りたいですぅ……」



 しかし、ロイヤル・ミノタウロスが復活するまでのインターバルがちょっと長くなっているようだな?バジリドゥがこの部屋の中にいないからなんだろうか?



「えーっと?なんだっけ?……ああ、そうだったな。お前さんたちの仲間のことは分からねぇなぁ。ここにあった遺体はお前さんのものだけだったから、多分生きて下の階層へと向かったんじゃねぇのかなぁ?」


 調べられないことはないが、面倒(めんどう)くさいのでこう答えておくことにした。


「そうですか……」


 彼女の表情からは心の内が読み取れない。複雑な表情をしている。


「まぁ、お前さんと同じように綺麗(きれい)な魂を持っているのなら……お前さんの仲間がたとえ死んだとしても俺が蘇生させてやるからそう心配するな」

「そうですか。なるほど、綺麗な魂です…か……」


 彼女の表情は特に変わらない?

 彼女の埋葬(まいそう)の仕方(しかた)が雑(ざつ)だったしな。やはり、パーティーメンバー同士は仲が良いわけじゃないようだな……。


「ああ……。ところで、お前さん魔導剣士という割には、あまり上等とは言えねぇ剣を使っているよな?あのお前さんの墓標(ぼひょう)にされていた剣がそうなんだろう?」


「いえ。あれは仲間の剣士ダダルの剣ですね……あたしの剣は彼が代わりに持って行ったようですね。 父の形見(かたみ)の剣だったんですが……」


 ジェニファの表情が曇(くも)る。そしてなんとなく悔(くや)しそうだ。


「ん?お前さんは生き返ったんだから、後から返してもらえばいいじゃねぇか?

 仲間なら嫌だとは言うまい。そんなに落ち込まなくてもいいじゃねぇのか?」

「彼の性格からすると……無理かも知れません。代わりにあたしの身体を要求してくるかも知れません。あるいは、高額な金品かも……」


 女性の身体を要求?はぁっ!?そんなヤツは仲間とは言えないよなぁ……。

 俺の大っ嫌(だいっきら)いなタイプのクソゲス野郎じゃねぇか!?


「そんなヤツは仲間じゃねぇなっ! 単なるクソ野郎じゃねぇかよ!

 よし、分かった!親父さんの形見の剣は俺が必ず取り返してやる!安心しろ!

 だからさぁ、そんな暗い顔をすんなよ。いいな!?」

「はい。ありがとうございます」


 ジェニファの表情が徐々(じょじょ)に明るくなる。


 この先に同行させるにしてもあの剣じゃだめだ。使い物にならないだろう。

 取(と)り敢(あ)えず……ということで、ミスリル製のロングソードを生成する。

 そのロングソードには簡易(かんい)シールド発生装置が付いている。


「ほれ!取り敢えずこれをやるから使え!」


 生成した剣を彼女に与えて、シールドの発生方法について説明しておいた。

 彼女は感激している……


「あ、あああ、ありがとうございますっ!か、家宝(かほう)にしますっ!」


 彼女は声を震(ふる)わせながら礼を言った。


「他の装備類は?……全部持って行かれちまったようだな?」

「はい。死者には必要ありませんからねぇ……。

 あたしが身に付けていたもの以外は全部持って行かれたようです」


 なるほどな。

 となると、ひょっとしたら彼女と一緒に装備もズタズタボロボロに切り刻まれていなければ、身(み)ぐるみ剥(は)がされていたかも知れないな。世知辛(せちがら)いな。


「生き返った姿を見せりゃぁ、返してくれるんじゃねぇのか?」

「まず無理でしょう。あたしたちの間には友情も愛情もありませんから……。

 クエストをこなすのに都合(つごう)がいいだけの、打算的(ださんてき)なつながりでしかないのです。

 あたしには死者から物を奪(うば)う人の気持ちは全く理解できませんが、この世界では死者の装備を奪うことは普通に行われていることですし、彼等の性格からすると、はいそうですかと素直(すなお)に返してはくれないでしょう」


 やはりこの子は善良な人だ。こういった会話の端々(はしばし)からも蘇生させて良かったと思わせる。人の良さのようなものを感じる。


「お前さんが助けようとした回復役の女性魔導士もそんな感じなのか?」

「はい。彼女が逆の立場ならあたしを絶対に助けようとはしなかったでしょうし、あたしの装備を真っ先に奪(うば)い取るタイプの人間です。奪い取った物を返してくれるような玉(タマ)じゃありません。断言できます」


 冒険者パーティーっていうのは、厚い友情と深い絆(きずな)で結ばれた、互いに命を預(あず)け合うことができる、互いに信頼し合った関係の者たちによって構成されているものだとばかり思っていたが……こんなもんなのか。


「そんなヤツらとよくパーティーを組(く)もうと思ったなぁ?」

「ランクSの冒険者の絶対数が少ないので選(え)り好(ごの)みはしていられないのです。

 下位ランクの者たちと組むのもなかなか骨が折れますし……仕方ないのです」


「なんか、そんな薄情(はくじょう)なヤツらとパーティーを組ませておくのはちょっともったいねぇ気がするなぁ……どうだい?お前さん、神殿騎士になるつもりはねぇか?

 その気があるんだったら、試験を受けられるようにできるんだが?」

「え?あたしなんかが、よろしいのですか?」


「あ、もちろん、試験に通らねぇとダメなんだがな。

 だが、お前さんはランクS冒険者だし、魂も綺麗(きれい)だから、まぁ問題なく合格するだろうがな。どうだい?」

「なりたいです!

 でも、失礼ですが……お目にかかったばかりで、あたしのことは何もご存じないというのに、このような過分(かぶん)なるお話を賜(たまわ)ってもよろしいのでしょうか?

 本当にあたしなんかが神殿騎士試験を受けてもよろしいのですか?」


 こういうことを聞くことができるだけで十分に受験資格はある。

 よき人物であることが分かるってもんだ。


「ああ。もちろん。

 それに……あったばかりって言うけど、これでも一応神だからなぁ。お前さんがどんな人間なのかは見りゃ分かるんだぜ。ははは」

「し、失礼しました!も、申し訳ございません!」

「お前さんのような有能な人物をスカウトできるとは!重畳(ちょうじょう)!重畳(ちょうじょう)!

 期待しているぜ!」

「はいっ!がんばりますっ!」


 こうして新たな神殿騎士候補を確保(かくほ)することができたのであった。


 彼女は俺に同行(どうこう)してこの先に進みたがったのだが……

 ロイヤル・ミノタウロスごときに手こずるようなレベルでは、この先を進むには弱すぎる。俺たちの足手まといにしかならないだろう。


 ということで、彼女を説得して神都のバルバラのもとへと送り届けたのである。


 神都へと転送すると言ったときに、彼女の表情が少し曇(くも)っていた。


 気になって聞いてみると、彼女は剣のことを気にしていた。そう、父親の形見(かたみ)の剣が取り返せないんじゃないかと、俺がそのことを忘れてしまったのではないかと不安に思っていたようだ。


 だから、ちゃんとそのことを俺は覚えていることを告げ、そして、約束した通り俺が責任を持って必ず奪(うば)っていった男から父親の形見の剣を取り返してくることを改めて約束することで彼女を安心させることにした……


 彼女の顔が晴れやかな笑顔になったことは言うまでもない。


 あ、そうそう、彼女がいないのにどんな剣を取り戻したらいいのか分からないのではないかと思うかも知れないが……

 そうだ。ご賢察(けんさつ)の通りである。彼女を神都へと転送する前に彼女の魂の履歴(りれき)から剣の情報を取得しておいたのでその点も問題ない! その点に抜(ぬ)かりはないのだ!


 魂の履歴を調べられるというのは本当に便利だ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 蘇生(そせい)させたジェニファを神都へと送り届けた後、ハニーたちをボス部屋の中へと転送した。前回同様、ボス部屋の入り口付近にシールドを展開して、その中に野営用のテントも設置してある。


 ロイヤル・ミノタウロス復活のインターバルはやはり長くなっていた。おおよそ20分といったところだろうか……。

 このボス部屋のボスだったバジリドゥがこの場にいてもそれは変わらないので、彼女が不在だったからインターバルが伸びていたというわけでもなさそうだ。


 以前のように5分間隔(かんかく)で復活してくれると、ハニーたちの練習にはちょうどいいインターバルなんだが、20分はちょっと長い。


 とにかくこの先に進む前に、新しく仲間になったリガーチャ、スサク、リクラ、トフルをある程度は戦えるようになるまで鍛(きた)え上(あ)げねばならない。インターバルが20分もあるのはよろしくない。


 ということで、ハニーたちにはロイヤル・ミノタウロスを殲滅(せんめつ)したら、ヤツらが復活してくるまでの間、神殿騎士風ゴーレムを相手に戦ってもらうことにする。


 ゴーレムのタイプを神殿騎士風のものにした理由は、ハニーたちに魔物相手だけではなく、人を相手にする戦い方も学んでもらうためだ。

 人じゃないけど、神殿騎士風ゴーレムはそれっぽく攻撃してくるように調整してある。


 神殿騎士風ゴーレムは見た目も人風だしな、人相手(ひとあいて)の戦い方を学ぶ相手としてはこれで十分だろう……。


 戦闘指導はシェリー、ノアハ、ザシャア、翠玉(すいぎょく)に任せることにする。


 なお、指導者4人には、ハニーたちを数名のグループに分けて、互(たが)いに連係(れんけい)して攻撃を行う練習を重点的(じゅうてんてき)にさせるように頼んである。


 俺はこの後ちょっとだけ獣人族(じゅうじんぞく)国家ニラモリアにいる管理助手シノのところへと行こうと思っているので、ゴーレムの指揮権も指導者の4人に与えてある。

 このボス部屋に、新たな敵が現れるというような不測(ふそく)の事態(じたい)に備(そな)えるためにも、ゴーレムは念のために1万体生成し、指導者4人のウエストポーチの中にそれぞれ2500体ずつ入れておく。



 オークドゥは自身の剣技(けんぎ)に磨(みが)きをかけたいということだった。


 だから、彼の戦闘訓練用に特別(とくべつ)仕様(しよう)の神殿騎士風ゴーレムを生成して与えた。

 ハニーたちとは少し離れた場所で別メニューをこなしてもらう。


 新人ハニーたちには今夜の夕食までにはなんとかそれなりに形になってくれるといいのだがなぁ……。


 色々あってダンジョン攻略も予想以上に時間がかかってしまっている。そろそろ神都にいるキャルたち子供たちやハニーたちのことが恋しくなってきた。


 獣人族の嫁を決めに行かねばならないし……分身(ぶんしん)が欲しいくらいだな。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 ハニーたちの練習相手となるゴーレムを作っていてふと思いついたことがある。

 俺がちょっとだけ獣人族国家ニラモリアへ行くことにしたのは、その思いつきが原因だ。


 ゴーレムを1万体ほど生成して獣人国家ニラモリアに提供し、シオン教徒どもの攻撃から守るための兵士にすることを思いついたのだ。


 獣人族国家ニラモリアへ攻め込もうとしているシオン教徒たちに対抗するためにミニヨン1万体をシオリに預(あず)けてあるのだが……

 獣人族担当管理助手のシノには現在、獣人たちの他には使える手駒(てごま)はない。

 生身(なまみ)の獣人たちを矢面(やおもて)に立たせるのはどうも忍(しの)びない。彼等が無惨(むざん)にも殺される姿など見たくはない。


 それで……シノにも獣人たち以外で自由にできる戦力を与えておこうと考えたのである。そう、それがゴーレム1万体だ。


 ハニーたちの練習相手に神殿騎士風のゴーレムを作っている中、そのついでに、獣人族国家防衛用の戦力として1万体の神殿騎士風ゴーレムも生成しておいた。


 これから俺が直接シノのもとへ出向(でむ)いてゴーレムを提供するつもりなのだ。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 実は、獣人族国家ニラモリアの他にも獣人族国家がある。

 その名は『ワッドランド』。ニラモリアの東に位置する国だ。


 ニラモリアは色々な種族の獣人たちが共存しているが……

 一方、ワッドランドの方は、サル族の皇帝シザルによって支配されているサル族一種族による独裁国家(どくさいこっか)である。そう、民族主義の国家なのだ。


 安易(あんい)に予想されることではあるが、彼等は他種族の者たちを自分たちよりも劣(おと)る種族と考えている。


 サル族の見た目は、ほぼ人族と変わらない。


 人族よりもちょっとだけ大きめの耳をしており、シッポが生えていることくらいしか違いはない。彼等がシッポを隠すと人族とは見分けがつかないだろう。


 身体能力の方は人族よりも数十倍優(すぐ)れているが、だからといって、知性が人族に劣(おと)っているということはない。


 ただ、魔力量はほぼゼロである者がほとんどで、魔法使いはほとんどいないし、いたとしても初級魔法が使える程度である。その点は人族に劣(おと)ると言えるだろう。



 ニラモリアとワッドランドとの国境(こっきょう)は、岩山(いわやま)が多く兵を進めるには困難(こんなん)である。

 両国(りょうこく)を結(むす)ぶ道はひとつだけ存在しているのだが、そこは峡谷(きょうこく)になっている。


 ニラモリアは国境に石造(いしづく)りの関門(かんもん)を築(きず)いてワッドランドからの軍の侵入(しんにゅう)を防(ふせ)いでいるのだが、そこはまるで中国史上多くの戦いが行われた『函谷関(かんこくかん)』のような所であった。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「お父ちゃん、だめじゃん。はい、着替(きが)えだよ」

「おお、テナー!助かるぜ!いやぁ~、慌(あわ)てて家を出てきちまったんで、着替えのことをコロッと忘れていたぜ、ガハハハハハハッ!」

「ホントそそっかしいんだからぁ。『今度からは気をつけてね』ってお母ちゃんも言ってたよ」

「あはは。悪ぃ悪ぃ」



 この場所はニラモリアとワッドランドとの国境に設けられた、ニラモリア側の関(せき)である。その関(せき)はフォスジャルボと呼ばれている。


 ここの警備隊員であるアルトのもとへ、家を出るときに忘れてしまった着替えを娘のテナーが届けに来たようだ。

 アルトもテナーもオオカミ族の獣人だ。関(せき)から2kmほど西に行った場所にあるアスキナという村にアルトとその妻、ソプラ、そして、娘のテナーと3人で住んでいる。暮らしはそれほど楽ではなかったが人が羨(うらや)むような幸せな家庭であった。



「敵襲(てきしゅう)!敵襲(てきしゅう)だーーっ!」


 突然、ワッドランドの方を監視(かんし)していた者が絶叫(ぜっきょう)した!

 ワッドランド軍がこの関へと押し寄せてきているのだ!その数はおおよそ3千!


「お、お父ちゃん、怖(こわ)いよう」


 敵襲を知らせる声は、兵舎(へいしゃ)の自室(じしつ)にいたアルトとその娘テナーの耳にも届いた。


「ははは。大丈夫さ!この関(せき)が落とされることは絶対にないよ。でも、お前はもう家に帰りなさい。……ああ、それと一応村長にこのことを知らせて万が一に備(そな)えるように言ってくれ」

「うん。分かった。じゃあ、帰るね。お父ちゃん、気をつけてね」

「ああ。もちろん。もうすぐお前の弟か妹も生まれるんだ。死ぬわけにはいかねぇからな。ははは」


 この関(せき)は難攻(なんこう)不落(ふらく)である。ただし、地上からの攻撃には……である。


 ワッドランド軍には魔導士がほとんどおらず、いたとしても威力の低い攻撃魔法しか使えない者たちだけだった。


 それゆえ、ワッドランド軍による攻撃は高(たか)が知(し)れている。空から攻撃でもしない限り、ワッドランド軍にはこの関を落とすことは不可能である……と思われていたのだ。そう、この日までは。


 ワッドランド軍には、飛行可能な魔物を招喚することができるような魔法使いは一人もいない。それどころか、招喚魔法を使える者すらいない……はずであった。



 テナーを家に帰すためにアルトはテナーを連れて自室(じしつ)を出て、一緒に兵舎(へいしゃ)の入り口まで来たが……外が妙(みょう)に騒(さわ)がしい。


 兵舎の入り口の扉(とびら)を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に二人は驚愕(きょうがく)した!

 なんと!関の上空には、黒いローブを纏(まと)った魔導士が乗ったレッサードラゴンが数匹飛んでいて、口からファイヤーボールを兵士たちに向かって放(はな)っていたのだ!


 あたりは火の海である。この関、フォスジャルボが落ちるのも時間の問題だ!

 予期せぬ敵の攻撃に関を守る兵士たちはパニック状態に陥(おちい)っている。


「テナー。お前は今すぐ村へ帰れ!

 このことをみんなに伝えてすぐに避難(ひなん)するように言うんだ!いいな?」

「お父ちゃんは?お父ちゃんも逃げようよぉ~」

「俺はここで敵を食い止めなきゃならん。だから、お前だけ逃げるんだいいな!」

「でも……」

「さあっ!行け!お母ちゃんを頼んだぞ!……ほらっ!行くんだ!」

「分かった!お父ちゃん、死なないで!絶対に、死なないでね!」

「ああ。さあ行け!急ぐんだ!」


 テナーは暫(しばら)く逡巡(しゅんじゅん)するが意(い)を決(けっ)したがごとくアルトに対して大きく頷(うなず)くと、目に涙をいっぱい溜(た)めながら村へと向かって走り去っていった。


 テナーは街道(かいどう)を村へと急ぐ。が、気ばかりが焦(あせ)る。

 一所懸命走っているのに、まるで自分が亀にでもなったかのように感じる。

 ちっとも先に進めないような感じがしていてもどかしい………


 途中でフォスジャルボの方を振り返ると、立ち上(のぼ)る炎が夕暮(ゆうぐ)れ時(どき)の空を真っ赤に染(そ)めていた……するとその方向から何やら黒いものが飛んでくる?


「レッサードラゴン!……きゃぁーっ!」


 テナーの叫び声が聞こえたのか、レッサードラゴンはテナーを見つける。

 そして、急降下し、彼女の行(ゆ)く手(て)を阻(はば)むかのように街道に着陸した!


 テナーは恐怖した!身体が思うように動かない!

 身体が石化(せきか)されてしまったかのごとく、恐怖により動けなくなった!


「ああ……神様!助けてっ!殺されちゃうよぉ~。助けてっ!神様!!」


 レッサードラゴンに跨(また)がっている魔導士が下卑(げび)た笑いを浮かべている。


「ぎゃははっ!無駄(むだ)だ小娘(こむすめ)!女神シオン様はお前たち獣人が大っ嫌いだ!助けてはもらえんぞ!」


 どうやらレッサードラゴンの背に跨(また)がっているのは、女神シオンを崇拝(すうはい)する者のようである。


「ちがうもん!シオンなんて神様はいないもん!神様!助けて!お願いです!」

「クソ生意気(なまいき)な小娘(こむすめ)め!シオン様を否定するとは不届(ふとど)き至極(しごく)!この場でぶっ殺してやる!……レッサードラゴン!小娘にファイヤーボールをぶち込んでやれ!」


 テナーは死を覚悟し、目を瞑(つぶ)った……。

「ああ……神様、もうダメです。どうか天国に行けますように……」


 レッサードラゴンの口からファイヤーボールが放たれたっ!

 もはや少女の命は風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)!……の、はずだったんだが……


「へっ!?な、なにっ!?ファイヤーボールを弾(はじ)いただと!?そんなバカなっ!」



「よう、お嬢(じょう)ちゃん。もう大丈夫だぜ! 助けに来たぜ! 安心しなっ!」


 テナーがゆっくりと目を開けるとそこにはひとりの男が立っていた。




いつもお読み下さり、ありがとうございます。

ブックマークして下さっている方々に深謝します!

m(_"_)m

※拙作では敢えて『招喚』という字を使っています。

挿絵(By みてみん)


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