□月星暦一五三四年九月⑤ 馬鹿野郎(アウルム)
「遅かったな」
アウルムがレオンの部屋に行くと、彼は寝台に横になっていた。
「すまない。思いの外、お父上と話が弾んでしまった」
「それは僥倖」
アウルムが近づくと、レオンは力なく右腕を伸ばした。
「悪いが立たせてくれ。ちょっと横になったら、起きられなくなってしまった」
レオンの左半身は、もう力が入らないようだった。
肩を貸し、長椅子に座らせると、アウルムも隣でレオンの頭を支えた。
窓の外には、冴え冴えとした満月が輝いている。
不意に廊下からノックが響いた。
「レオン様、ミラについてのご報告があります」
「そこで話してくれ」
扉を開かず、レオンは報告を促した。
「は。ミラは十五年程前、未婚のまま出産した娘がおりまして。友人夫婦に預けられていたのですが、指令書と共に娘の髪が送られてきたそうです」
娘の身の安全と引き換えに脅され、犯行に及んだということだった。
「髪だけで、娘のものだと判るのか?」
思わず漏れたアウルムの言葉にも、報告者は律儀に答えた。
「ミラが作った髪飾りが同封されていた為、本人のものと確信したとのことです」
「娘の方はどうなったんだ?」
「娘——アンナと言いますが、友人夫婦が育てられなくなり、バロスの街の神殿に入れられました。現在もそこで健在です」
「なら、髪は偽物?」
「いえ。本人のものでした。——地方の神殿では、資金源のひとつとして良質の髪は売られることがあるそうです。長過ぎる髪は作業に差し障りがあるとかで」
「そうか⋯⋯」
「伴い、姪のサラは元の配置に戻されています」
「それは良かった。姉上も安心しただろう」
「は。失礼します」
去っていく報告者の足音を聞きながら、レオンは大きく息を吐いた。
「——そのミラという女に、毒を穿たれたんだな」
「そうだ。俺の乳母で、その後も侍女として仕えてくれていたんだ」
乳母なら、その頃母乳を出せた——子供を出産後だったということだ。
レオンが生まれた頃と時期的にも繋がる。
「そうか。娘が無事で良かったな」
「自分を殺そうとした女の娘の無事を、よく喜べるな?」
アウルムは不思議そうに尋ねる。
「不要な犠牲は、無い方が良いだろう」
そう言って、やはりレオンは笑った。
徹頭徹尾、他人の為にしかものを考えられないレオンディールの在り方は、常軌を逸しているとアウルムは感じた。
「レオン、私は君を憐れに思う」
「そうか? ふふ……。なら、俺はどこか可怪しいのだろう」
レオンは自嘲的に笑う。
「可怪しいついでにアウルム。俺は、あんたに、頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「父と姉のことだ。多分、あんたは父と話が合うと思う。俺よりもよっぽど⋯⋯」
謁見後、アウルムはライネスと話をした。
実際、実の父より余程、話が通じる人物だった。
これからの月星。彼が見据えるもの、多くの部分で共感出来たと言って良い。
「姉は、イディールは優しくて懐も広いけど、甘ったれだ。支えてやって欲しい」
「そういうのは、伴侶になる男に言ってやれ」
「だから、そう、言っている」
アウルムは目を瞠った。
「おい。私はアンブルの者だぞ?」
「だからだよ。分かれていた王家が一つになれば、丸く収まる。この終結がより意味のあるものになる。ついでに、アンブル派の反発も押さえられる」
「そんな提案、周りが反対するだろう?」
机の上に遺言書を認めておいたとレオンは言った。
『タビス』の名で推薦しておいたから、効力はある筈だと笑う。
自分の死後まで見据え、最期の望みまでもが、月星の安寧と他人の幸福の為だと思うと、アウルムは胸が締め付けられた。
知らず、頬を涙が伝った。
「アウルム。俺の為に泣いてくれるのか?⋯⋯嘘でも嬉しいよ」
「馬鹿者。これは友を悼む涙だ」
アウルムの言葉に、レオンは顔に驚きの表情を浮かべた。
「そうか。友。俺にも、友が出来たんだな。ふふ……友に看取られてなら、悪く、ない⋯⋯」
「レオン?」
寄り掛かる身体が重くなった。
力なく崩れる身体を、アウルムは受け止める。
「……お疲れさま」
アウルムはレオンを、静かに寝台に横たえた。
隣室——護衛の部屋への扉を開く。
そこには嗚咽を噛み殺して涙する、ライネスとイディールの姿があった。
息子の、弟の為に涙を流す父と姉。
その光景を見て、アウルムの胸が熱くなる。
アウルムは、アセルスの死に何も感じなかった。
先に死んだのが自分でも、あの男は涙の一つも流さなかったろう確信がある。
「馬鹿野郎。レオン。君には、タビスでは無く君として、ちゃんと愛してくれた人が居たのに」
そんなことにも気づけなかった少年を、やはり憐れだとアウルムは涙した。
※
わずか十四歳でその短い生涯を閉じた、タビスこと、レオンディール・ジェイド・ボレアデス。
彼の名は、長き内戦を終結させた月星統一の英雄として、歴史に深く刻まれることとなった。
首都の名はウィリデに戻され、父王ライネスは統一月星の初代国王として、平定と発展に尽力する。
レオンディールが最期に望んだ通り、『タビスの死と引き換えに得た平和』の象徴として、姉イディールと旧アンブル派の王子アウルムとの婚姻が結ばれた。
アウルムは、ライネス王の片腕として、その手腕を発揮していく。
裏切りの誹りを受けようとも、辛抱強く月星に刻まれた傷に向き合いながら、アウルムは亡き友に託された想いを、ゆっくりと紡いでいった。
—了—
お読みくださり、ありがとうございます。
ここで納得した方は、読了してください。
次話、『英雄は散華しない』いう、根本を覆す一話を投稿させていただきます。
IFのIFとはなんぞや という
第三話から分岐するレオン生存ルートです。




