□月星暦一五三四年九月④ しょうがない(アウルム)
レオンがアセルスを討ち果たしたのとほぼ同時刻、アインが指揮した神官達によって、アンバルの王城は制圧された。
謁見の間に場所を移し、アンブル派の降伏を正式に記す文書が作成された。
アウルム・ロア・ボレアデス・アンブル王子、宰相アルム。
五大公——軍部統括ヴェスト・リンク・ゴーシュ、王妃の弟カーム・ヴァン・アキマン、オスト・レヒト・デクシア。
そしてライネス王の名代レオンディール・ジェイド・ボレアデス王子。
これらの署名、押印を持って、七十四年にわたる内戦の集結とされた。
レオンは神官達に、城の者達への危害を加えないことを厳重に言い含めて、ジェダイトに戻ることを決めた。
アウルムはレオンと共にジェダイトへ赴き、ライネス王に降伏を直々に告げることとなった。
ジェダイトへの帰路に、レオンは馬車を使った。
レオンが左腕を使えないことは、アウルムも察していた。
馬に乗るのが難しいのだろう。
馬車には、血を抜かれ、甕に塩漬けにされたアセルスの頭部が、木箱に入れられて積まれている。
アウルムは、剣を差し出し、レオンと同じ馬車に乗った。
御者席には大神殿の神官テネルとアウルムの従者のタウロという赤毛の大男が同乗している。
「あんたが協力的で良かった。迅速に終わって、正直助かった」
窓の外に広がる乾いた大地を見詰めながら、レオンが口を開いた。
「そうだな。もっと早く、君が立ってくれても良かった位なんだが」
そうであれば、もっと救えた命があったとアウルムは呟く。
「いや、あの男を諌められなかった私が言えた義理では無いな」
「……『タビス』を使ったやり方は好きじゃないんだ。だが、俺にはもう、時間が無かった」
レオンは小さく息を吐き、馬車の座席に身体を預けた。
「レオンディール殿。父⋯⋯アセルスに言っていた話は、本当なのか?」
「レオンで良い。——本当だ。俺は保って三日というところだろう」
レオンは襟を緩めて見せた。
毒が回った肩はどす黒く変色し、首元へと滲み広がっていた。
「正直、左腕は痺れて、殆ど動かせない」
——もう時間がない。
その意味をアウルムは理解した。
この少年の命はもうすぐ尽きる。
アセルスが送った刺客の毒牙にかかり、残された時間で内戦集結を為す為に『タビス』という忌避していた権威を最大限利用する手段を選んだこと察した。
「……君は怖くはないのか」
「怖いよ」
そう言いながらも、レオンは微笑んだ。
アウルムは苛立ち混じりの声を上げる。
「——そんな状況で、なぜ、笑えるんだ?」
「俺は『タビス』だからな。タビスが暗い顔をしてたら、皆、不安になるじゃないか」
どこか他人を語るようなレオンの口調に、アウルムは呆然とする。
「レオン⋯⋯」
「……仕方がないさ」
——仕方がない。
その言葉に、いったいどれほどの想いを諦めて来たのか。
アウルムは顔を顰めた。
レオンの底の見えない明るさに、胸の奥がちくりと痛む。
「じゃあ、君の気持ちは⋯⋯」
「しょうがないんだ。タビスとして生まれてしまった故に、俺は、どこまでが俺なのか、もう判らないんだ」
その声は淡々としていた。
アウルムは理解した。
この少年は、物心ついた時から自分を『個人』として認められていない。
その身体も言動も、全て女神を代弁するものなのだと諦めている。
「俺には、女神の言葉なんか聞こえないんだけどな……」
呟いて、レオンは乾いた笑いを漏らした。
ほんの数日前までは敵同士として、戦場で戦ってきた相手に何を漏らしているのか。
アウルムは、青灰色の瞳に青みがかった砂色の髪の自分とよく似た少年の顔を、ただじっと見つめる。
「あんたには、もっと早く会いたかったな⋯⋯」
告げて、レオンは目を閉じた。
「アウルム、城についたら起こしてくれ」
「おい⋯⋯」
アウルムは何一つ拘束されていない。
にもかかわらず、レオンは敵だった相手の前で眠りに落ちた。
なぜ、そこまで自分を信じられるのか、アウルムは判らず狼狽えた。
ジェダイトの城では、先に飛ばした報せを受けていた王が、自ら帰還した息子を出迎えた。
「レオン、よく帰ってきた」
「ただいま、父上。約束は果たした。ちゃんと、土産をもってきたぞ」
不敵な笑みのまま、レオンはアセルスの首の入った木箱とアウルムを示した。
「お初にお目にかかります、ライネス陛下」
礼を取るアウルムの、息子と瓜二つの顔を見て、ライネスが驚いた顔をした。
アウルムをライネスに引き合わせたレオンは、アウルムに後で自室に来るよう告げると、覚束ない足取りでその場を辞していった。
本編(正史)より一年早い決着となりました。




