■月星暦一五三四年九月③ 道連れ(レオン)
城への潜入は、官の登城前、人の出入りが少ない朝の時間帯と決まった。
それ迄は、大神殿の宿坊で休むことにする。
ミドルがつけてくれた神官達が警護を申し出てくれた。
彼らもジェダイトから休みなしで馬を走らせ、付き添ってきて疲れていようが、今は厚意に甘えるしかない。
宿坊は二人部屋だった。
一方の寝台は、護衛がてらアインが使う。
用意された寝衣に着替えるレオンの肌着は、ぐっしょりと汗で濡れていた。
穿たれた傷口は、毒の影響で青黒く変色している。
アインは痛ましさに顔を歪ませたが、何も言わない。
代わりに、濡らした布でレオンの汗を静かに拭った。
時間はない。
焦燥が募るが、今レオンに出来るのは休むことだけである。
熱を帯びた身体は正直だった。
横になるや、レオンはすぐに眠りに落ちた。
翌朝、用意された神官服にレオンは袖を通した。
城には、『神官見習いの少年』という体で、大神官が用意した神官に付いて行く。
いかにも騎士という風体のアインには、掌握後に突入する後続の指揮をとってもらう。
隠すところのない神官服で剣を持ち込むのは難しいが、剣士の分身とも言えるそれを手放す気はない。
レオンは布に包んで堂々と手に掴んだ。
王立セレス神殿の二階と王城は、連絡橋で繋がっていた。
城側の警護は、既に神殿関係者と入れ替わっていたらしい。
咎められることもなく、一行は易々と城へと侵入した。
王城の公的空間に神官が出入りすることは、ままあるのだろう。
特に見留められることもなかったが、目指すはアセルスの私室。
そちらは、王族の私的空間である。
さすがに不自然さは免れない。
声をかけられた。
「どこへ行く?」
「おはようございます、アウルム殿下」
神官は動揺すること無く、レオンを隠すように立つと、平然と挨拶をした。
アウルム・ロア・ボレアデス・アンブル。
アセルスの長子だが、父とは違い、状況を的確に把握し、判断出来る人物だとライネスが分析していた。
王が彼なら和解の道筋もあったと言った、父の言葉をレオンは思い出す。
レオンは、二人の神官の間を押し割るように前に出た。
神官達が動揺する気配を見せたが、気にせずアウルムの前に堂々と立った。
「アウルム殿下、お初にお目にかかる」
アウルムが息を呑んだのが判った。
「我々は、アセルス陛下に目通り願いたい」
レオンは真っ直ぐとアウルムを見詰めた。
「……良いだろう。案内する」
ついてこいと、アウルムは踵を返した。
「良いのか?」
「『タビス』の意思は女神の意思。逆らえんよ」
「気づいていたのか、アウルム王子」
アウルムがレオンの顔を見やった。
「そりゃあね。レオンディール殿下。君は私と顔が似ている」
青灰色の瞳に青みがかった砂色の髪のレオンディール。
蜂蜜色の瞳に碧い瞳のアウルム。
高祖父が同じ二人は、色は違えど、顔の造形は鏡写しの様に似ていた。
「俺が来た理由は、判っているんだろう?」
面白くなって、レオンはアウルムに問いかけてみた。
「勿論」
「なら、どうして?」
「アンブルの内情はガタガタだ。スッカスカと言って良い。時間の問題だったろう。実際何度も降伏案は議題に上がっていたが、あの男が握りつぶして被害を拡大させている」
重鎮と言われる五大公も、三人までに減っていた。
タビスを有するジェイド派の方が正当だと、民の流出は止まらない。
アンブルの士気は当然低下。
だが、周りが見えないアセルス王だけが、頑なに王位にしがみついていた。
「あの男も、やっと現実が見えるだろう」
とても、父親を語る口調では無い。
レオンは興味深く、敵方の王子を見詰めた。
「どの道、王を討とうと本気で考えていた。君がやってくれるなら手間が省ける」
「間に合って良かったな、アウルム殿。どんなクソ野郎でも親は手にかけるな。あんたが壊れる」
レオンの言葉に、アウルムは驚いた顔をした。
やがて、アウルムは大きな扉の前で足を止めた。
ノックもせずに、一同は中に踏み入る。
「アウルム、こんな朝っぱらから何だ? こいつらは誰だ?」
アセルスは突然入ってきた息子に憤慨した。神官達にも不快感を露わにした。
「どうも、アセルス王。俺は、あんたに殺されかけた『タビス』だ」
レオンは進み出て、芝居がかった仕草で不敵に微笑ってみせた。
「『タビス』だと? おい、アウルム。そいつはジェイドの⋯⋯」
「陛下。女神の意思に私は逆らえません」
淡々とした口調でアウルムは言い放つ。
「おのれっ!」
レオンに掴みかかろうとしたアセルスの足を、アウルムが払った。
前のめりに体勢を崩したアセルスの背に飛び乗り、レオンは左手でその首を押さえ、剣を首元に突きつけた。
「アセルス王。あんたのお陰で俺の命はあと数日なんだとさ。不本意だが、道連れになってもらう」
「貴様っ!」
抵抗するアセルス。
レオンの、毒を受けた左腕は力が入らず、押さえた手がぶれた。
アセルスがレオンを振り払おうとする。
すっと、黙って付いてきた神官が助力し、すかさず蹴りつけて黙らせた。
「あんた、やるね」
「タビス様のお役に立てたのなら光栄です」
神官はレオンの左腕が効かない事に気づいたのだろう。
さりげなくレオンの左側に腕を添えて、アセルスの頭を支える。
汚物を見るかの様なアウルムの瞳に、アセルスの顔が絶望に染まった。
「最後くらい、黙って役に立って下さい。陛下」
「じゃあな」
躊躇わず、レオンはアセルスの首をかき切り、斬り落とす。
しばし、誰も声を発しなかった。
アウルムは父の血飛沫に染まっても、微動だにしない。
騒ぎを聞きつけて集まってきた者達を、先手を打ってレオンが一喝した。
「動くな。アセルス王の首は『タビス』たる我——レオンディール・ジェイド・ボレアデスが頂いた」
「アウルム・ロア・ボレアデス・アンブルが認める。アンブルはジェイドに降伏する」
「承った。七十四年に渡る内戦はこれにて終了だ」
「大神官代行として、神官テネルが見届けました」
高々に宣言し、討伐劇は呆気なく成立した。




