■月星暦一五三四年九月〜十月 英雄は散華しない
血の滴るアセルスの首を持ったレオンを、じっと見つめる空色の瞳があった。
十代前半の少女。その面差しの類似点からアウルムの血縁者だとレオンは判断した。
「妹?」
「そうだ。アリアンナという」
血まみれの父の首から目を逸らさずに、少女は気丈に呟いた。
「そう……。お父様は亡くなったのね」
レオンはライネスの首を神官に預け、アリアンナに近づいた。
「アリアンナ殿、驚かせてすまない」
「……私達はどうなるの?」
「不要な犠牲は俺も望まない。君に危害は加えさせないさ、っと。こんな血塗れの姿で言っても説得力が無いか……」
「レオンディール殿、私の昔のものでよければ着替えを貸そう」
「ありがたい。ふふ、あんたも大概非道い格好だ」
並んだ二人を見たアリアンナが目を見開いた。
「お兄様がお二人いるみたい」
少し怯えながらも、堂々と振る舞う少女の姿にレオンは好感を覚えた。
「悪いようにはさせない。しばらく、部屋で大人しくしていてくれ」
再度アリアンナに声をかけたレオンは、大神殿から一緒に来た神官の一人とアウルムの部屋に向かった。
※
アウルムの部屋に付いていったレオンは、アウルムが三年程前まで着ていたという衣服を受け取った。
衝立の横で、神官がレオンの血を拭い、着替えを手伝ってくれる。
露わになった素肌の上の毒の痕跡を見た神官が、青褪めた。
「これは、この毒は! タビス様に、なんて恐れ多い……」
声を聞きつけたアウルムが衝立の間から顔を出した。
「レオンディール殿、あの男に言った話は本当だったのか」
「レオンでいい。ああ、医者の見立てだと長くてあと三日ってとこかな」
あっけらかんと言うレオンにアウルムが息を呑む。
「いつ、穿たれたのです?」
神官が怖い顔で問うてくる。
「昨日の朝」
「丸一日半……ギリギリ、か……」
「解毒法があるのか?」
食いつくアウルムに、神官は難しい顔を向けた。
「時間的に五分五分でしょうか。神殿に、未完成品の解毒薬があります。……陛下が行ったのなら完成品の解毒薬も残っているやも」
「なんでもいい、やれっ!」
アウルムが即指示を出す。
「アウルム様、お城の医官と場所をお借りします」
バタバタと遠ざかっていく足音を聞きながら、レオンが苦笑する。
「俺はもう、自分の命は諦めていたんだけどな」
効くかも分からない解毒に少ない残り時間を費やすくらいなら、確実に出来ることを為してから死のうと、ここまで走ってきた。
「莫迦なことを言うな。少しでも可能性があるなら、試してみろ」
ものすごい形相でアウルムに怒られて、レオンは呆気にとられた。
「わかったよ。筆記用具を貸してくれ。父に手紙を書く」
アウルムが、ジェダイトにアセルスの首の塩漬けと共に訪れ、レオンのしたためた書状をライネスに見せ、ライネスがアウルムと共に内戦締結の署名をし、ライネスがアンブルの占拠していた城に到着した時には、レオンは昏睡状態に陥っていた。
そして三日が経った。
※※※
目を覚ましたレオンを覗き込む、空色の瞳があった。
「よかった、起きたのね」
「あれぇ。女神の身許では、こんなに可愛いお迎えが待っていてくれるのか……」
「えっ?」
レオンは、右腕を伸ばして少女を引き寄せた。
「きゃっ!」
身体の上に倒れてきた少女の身体はしっかりと重量があり、柔らかいものが唇に触れた。
「おや、ナマモノ」
「……っ!」
顔を真っ赤にしたアリアンナが、身体を起こして後ずさった。
「起き抜け早々、何をやっている?」
「あれ、アウルム? じゃあ、ここは現実……」
「この馬鹿息子」
「父上?」
アウルムの隣にライネスの姿を認めて、レオンは目を瞠った。
「やあ、父上。無事掌握したんだな。良かったな」
「あれから三日経っている。その間、ずっとお前は生死の堺を彷徨っていた」
「そっか。俺は生還できたのか」
レオンは起き上がろうとして、違和感に気づいた。
左の指先が冷たかった。
「何か欲しいものは?」
「じゃ、アリアンナ」
「ええっ!」
「俺、頑張ったじゃん。ご褒美位貰ってもよくない?」
「レオン……」
呆れるアウルムの眼差しが痛い。
「レ、レオンさまには、もう差し上げたと思いますっ」
ちょっと睨みつけるような顔で、アリアンナは口を両手で塞ぎながら呟いた。
愛らしい顔に、なんだか温かいものが込み上げた。
同時に、父が、アンブルの者たちも誠実に扱ってくれている事実に、レオンはほっとする。
「冗談だよ。水をくれ」
「それだけ言えれば、大丈夫そうだな」
水差しから水を注ぎ手渡すライネスの声には、湿り気が交じっていた。
※※※
翌月——十月の満月の夜。
大聖堂二階にて、月の大祭のを面白そうな顔で観覧する少年の姿があった。
階下で『タビス』役として、剣を用いて舞うのは蜂蜜色の髪の青年である。
「自分が舞わない月の大祭は初めてだ」
なかなか上手いと、アウルムの舞をレオンは褒めた。
「大聖堂は大きくて、美しいな」
各々が持つ蝋燭の灯りが星星のように揺らめいていた。
「俺も、あそこで舞ってみたかったな……」
ぽつりと零し、杖を握りしめるレオンの腕に、隣に座る砂色の髪の少女の指先が触れた。
生還したレオンだったが、毒の影響は麻痺という形で残った。
左腕は殆ど動かせず、左足も引き摺っている。
「本当に、俺で良いのか?」
もう、剣も握れない。
タビスのくせに、大祭で舞うことも出来ない。
「宴に出ても、君と踊ってあげることも出来ないのに」
「あなたには、私の唇を奪った責任をとってもらうんだから! あなたじゃなきゃダメなのよ。レオンさまっ!」
アリアンナは、宴の華になれないこと位、なんでもないのだと艶やかに微笑する。
「この後の宴で、あなたは私と婚約したことを発表するんだから。タビスが言葉を覆しちゃダメでしょっ!」
「ふふ。タビスに向かって、それが言えちゃうアリアンナは、やっぱり良い」
レオンも微笑んで、無事な方の腕でアリアンナを抱き寄せた。
「まあ。タビスは口さえあればなんとかなるしな」
にやりと笑って、レオンは少女の唇をついばんだ。
IFのIFってなんぞやという感じですね(笑)
英雄が散華しない(大笑)
レオンが生存するルートはないか、考えてみました。
レオン(主人公)が生き延びても、ユリウスがこのルートをが早々に諦める状況とはと考えると
まず、レイナと出会えない(相思相愛にならない)可能性の世界ということになります。
正史でレイナが月星に憧憬を持った要因の一つに、十五歳の少年による内戦終結を聞いて、というのがありました。
その一年前に終結を成し遂げたレオンですが、仮にレイナが正史の様に特攻しても、もう、彼には共に人生を歩むことを決めた相手がいる。
また、例の剣を探しには一人ではいけない状況、というのもユリウス的にはアウトとなります。
一方、レイナが家出をしないので、次兄ケイネスは魔物に取り憑かれずに病死。
長兄イルベスが順調に生き延びて、いずれ竜護星の王に。
その時の王妃はペルラ。
レイナは幼馴染のハイネと人生を共にするような気がします。
ユリウスが介入しないので、セルヴァが予言をせず、月星と誼がないので、竜護星の人間が月星に行く機会もない、と……。
レオンルートではアウルムの妃にレオンの姉イディールがおさまりました。
彼女は地頭が良いのでそれなりに支えていくとは思いますが、
イディールはやはり本編十三章『名無しの王女』で紆余曲折を経てこそ、
大成した女性だったのだと思います。
そして、本編では回想しかされなかった王妃ネブラが、やはりアウルムの妃だったのだと
作者は思っています。
そんなネブラの半生を綴った『王妃ネブラ』を次に投稿予定です。
お付き合いいただければ嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました。




