失われた理論(前編)
レオン・アルヴェインが人工魔経絡事件を解決してから、五年。
世界は再び安定を取り戻していた。
北方連合との対立も緩和され、研究交流が始まった。
かつて敵対していた研究者たちが、今では同じ机を囲んで議論している。
それは三百年前。エゼキエルとアルフレッドが築いた理念の延長だった。
異なる知識。異なる立場。異なる価値観。
それらを否定するのではなく、組み合わせることで新しいものを生み出す。
それが科導だった。
ある日。
王立科導学院の地下書庫。数百年分の研究資料を管理する場所。
そこへ一人の若い研究員が駆け込んできた。
「レオン教授!」
レオンは顔を上げる。
「どうしました。」
研究員は息を整える。
「古代研究庫で未登録資料が発見されました。」
王立科導学院には一般公開されていない資料庫が存在していた。
初期科導時代。
まだ体系が完成していなかった頃の研究記録。
失敗した実験。未完成の理論。
危険性から封印された研究。
そうした資料が保管されている。
レオンは地下書庫へ向かった。
案内された場所には古い金属箱が置かれていた。
表面には刻印。
> 「第一期科導研究記録」
レオンは息を止める。
第一期。
それは。アルフレッドとエゼキエルが活動していた時代。
箱を開く。
中には紙の束。
古い魔石記録媒体。
そして。一冊の研究日誌。
表紙には名前があった。
> エゼキエル・グランフォード
レオンは慎重にページをめくる。
そこには歴史書には残っていない研究が記されていた。
> 「現在の科導体系は、人間が理解できる範囲に限定している。」
> 「しかし、魔素そのものには未知の性質が存在する。」
> 「もし魔素と現象の関係を完全に理解できれば、新たな体系へ到達できる可能性がある。」
レオンは読み進める。
そこに書かれていた研究テーマ。
名称。
> 「第四魔導体系」
現在。魔導には大きく三つの体系が存在する。
第一。従来魔導。
魔力を持つ者が、自身の魔経絡によって魔素を操作する体系。
第二。科導。
術式と道具によって魔素現象を制御する体系。
第三。複合魔導。
魔導士と科導技術を組み合わせた発展体系。
そして。第四。
それは。未完成のまま消えた理論だった。
研究日誌には続きがある。
> 「魔素は単なるエネルギーではない。」
> 「世界に存在する情報構造とも考えられる。」
> 「もし情報として制御できるなら、魔導は根本から変化する。」
レオンは眉をひそめた。
これは。単なる新技術ではない。
魔導という現象そのものへの理解を変える可能性がある。
しかし。途中で記録は途切れていた。
最後のページ。
そこにはアルフレッドの筆跡があった。
> 「この研究は危険すぎる。」
> 「可能性は認める。」
> 「しかし、現時点の我々には扱う準備がない。」
> 「未来の研究者へ。」
> 「もしこの先へ進むならば、必ず覚えていてほしい。」
> 「理解できない力を、理解したと思い込むな。」
レオンは長い間、その文章を見つめていた。
アルフレッドは。
技術を恐れて封印したのではない。
責任を持てない段階で利用することを恐れたのだ。
◇研究室へ戻ったレオンは、資料を広げた。
助手が尋ねる。
「研究するのですか?」
レオンは黙って考える。
これは危険かもしれない。
しかし。未知だからといって避け続ければ。
文明は発展しない。
かつて。
アルフレッドも。
エゼキエルも。
未知へ挑んだ。
レオンは答える。
「研究します。」
助手が驚く。
「危険では?」
「はい。」
「だからこそです。」
しかし。レオンは条件を付けた。
第一。
軍事利用は禁止。
第二。
単独研究は禁止。
第三。
全ての成果を公開する。
第四。
危険性の検証を最優先する。
それは。
かつてアルフレッドが築いた研究倫理そのものだった。
研究開始から半年、レオンたちは一つの発見をする。
魔素には確かに情報的な性質が存在していた。
魔導術式とは。単なる命令文ではない。
魔素へ現象の構造を伝える「情報形式」だった。
◇研究員が興奮する。
「つまり。」
「魔導とは。魔素へ情報を書き込む技術なのですか。」
レオンは頷く。
「可能性があります。」
その瞬間。
研究室にあった古い科導灯が反応した。
誰も触れていない。
魔素反応。異常。しかし、危険ではない。
まるで。古い術式が新しい研究に反応したようだった。
レオンは近づく。
科導灯の内部。そこに刻まれていた初期術式。
三百年前。
アルフレッドが最初に作ったもの。
その中に。小さな追加記録が残されていた。
> 「もし未来の研究者が、この場所へ到達したなら。」
> 「次の問いを考えてほしい。」
> 「魔導とは。」
> 「人間が魔素を支配する技術なのか。
> 「それとも。」
> 「世界と対話する方法なのか。」
レオンは言葉を失った。
これは。単なる研究課題ではない。
三百年前。
アルフレッドとエゼキエルが最後まで答えを出せなかった問い。
その続きを。自分たちが受け取ったのだ。




