力を求める者たち(後編)
北方連合研究施設。
深夜。
通常なら、研究員たちが退勤し静まり返る時間だった。
しかし。地下最深部では、まだ灯りが消えていなかった。
巨大な魔素制御装置。
人工魔石反応炉。
そして。
中央に設置された大型培養槽。
その中には、一つの人工魔経絡試験体が保存されていた。
「計画を変更する。」
低い声が響く。
研究主任ヴィクトルではない。
軍服を着た男だった。
北方連合軍最高技術管理官。
カイル・ベルグ。
彼は研究資料を眺めていた。
「人工魔経絡の完成を待つ必要はない。」
研究員が戸惑う。
「しかし。」
「安全性が……」
カイルは冷たく笑う。
「戦場では安全性より速度が重要だ。」
ヴィクトルの研究目的は。
人間の可能性を広げることだった。
魔力を持たない者でも魔素を扱えるようにする。
それは。
ある意味では、三百年前のアルフレッドの思想とも近い。
しかし。軍事組織が求めていたものは違った。
彼らが欲しいのは。自由を広げる技術ではない。
圧倒的な力だった。
翌朝。
レオンは研究施設の異変に気付いた。
「昨日と配置が違います。」
ヴィクトルを見る。
彼の表情が険しくなる。
「軍部が介入したか。」
ヴィクトルは案内する。
研究施設の奥。
そこには本来存在しないはずの装置が置かれていた。
高出力魔素増幅器。
人工魔経絡へ強制的に魔素を流し込むための装置。
レオンはすぐ理解した。
「これは危険です。」
「まだ人体への適応段階です。」
ヴィクトルは頷く。
「私もそう思う。」
レオンは驚いた。
「あなたが止めるのですか。」
ヴィクトルは苦い表情を浮かべた。
「私は研究者だ。」
「成功させたいと思っている。」
「だが。」
「失敗を隠して成功したことにするのは。」
「研究ではない。」
その言葉を聞いて。
レオンは少しだけ安心した。
ヴィクトルは危険な思想を持っている。
しかし。研究者としての最低限の誠実さは失っていなかった。
その日の午後。
軍部による強制実験が開始されようとしていた。
対象は。以前レオンが出会った少年。
魔力を持たない少年だった。
少年は震えていた。
「僕は。役に立てるなら……」
レオンは少年の前に立つ。
「違います。」
少年を見る。
「あなたは。」
「役に立つために存在しているのではありません。」
少年は目を見開く。
それは。
三百年前。
アルフレッド自身が聞きたかった言葉だった。
魔力がない。
才能がない。
だから価値がない。
その考えを壊すために科導は生まれた。
カイルが現れる。
「綺麗事だな。」
レオンを見る。
「力を持つ者だけが未来を作る。」
「それが現実だ。」
レオンは首を振る。
「違います。」
「力を持つ者だけが未来を作るなら。」
「三百年前。」
「魔力を持たなかった私の祖先は。」
「何も残せなかったはずです。」
カイルは笑う。
「だが。」
「彼にはエゼキエルという協力者がいた。」
「才能ある者との出会いだ。」
「結局。」
「強者が必要だったのではないか。」
レオンは答える。
「違います。必要だったのは。」
「互いを認めることです。」
研究施設内に警報が鳴る。
軍部が装置を起動した。
魔素が急激に流れ込む。
「停止してください!」
ヴィクトルが叫ぶ。
しかし。制御権限は奪われていた。
人工魔経絡試験装置。
魔素流量。上昇。
安全限界。突破。
レオンは即座に判断した。
「装置を破壊します。」
研究員が驚く。
「しかし!」
「研究データが!」
レオンは答える。
「研究はまたできます。」
「ですが。」
「失われた命は戻りません。」
レオンは科導制御装置を取り出す。
彼自身が開発した初期型。
魔素干渉装置。
目的は。
魔導現象を解析し、制御すること。
かつて祖先が火炎魔導を防いだ技術。
それを応用したものだった。
人工魔経絡装置へ干渉する。
魔素循環。解析。
逆位相。制御。
爆発寸前だった魔素流が停止する。
静寂。
少年は無事だった。
研究施設も破壊されなかった。
カイルは呆然としていた。
「力で押さえ込んだのか。」
レオンは首を振る。
「違います。」
「理解しただけです。」
その言葉を聞いたヴィクトルは静かに笑った。
「なるほど。」
「あなたの祖先が残したものは。」
「科導という技術ではないのだな。」
レオンを見る。
「物事を見る方法か。」
事件後。
北方連合政府は軍事利用計画を停止した。
完全な禁止ではない。
研究そのものは続けられる。
ただし。厳格な倫理審査。安全基準。被験者保護。
それらが義務化された。
ヴィクトルは王立科導学院へ移籍した。
以前とは違い。彼は研究倫理の講師になった。
学生たちへ語る。
「研究者に必要なのは。」
「答えを出す力だけではない。」
「止まるべき時に止まる判断力だ。」
数年後。
レオンは初代アルフレッドの墓前に立っていた。
「また一つ。」
「問題を解決しました。」
風が吹く。返事はない。
しかし。
レオンには分かっていた。
アルフレッドなら。
きっと同じ選択をした。
文明は進歩する。
新しい技術が生まれる。
新しい可能性が開く。
そして新しい責任が生まれる。
それは。どれほど時代が変わっても。
変わらないものだった。




