力を求める者たち(中編)
北方連合国。
王都から数千キロ離れた雪原地帯。
そこは一年の半分以上が雪に覆われる厳しい土地だった。
しかし。
地下には巨大な研究施設が存在していた。
表向きは軍事技術研究所。
だが。実際には。
人工魔石を利用した新型魔導兵器。
人工魔経絡。
そして人体への魔素適応実験。
禁じられた研究が進められていた。
レオンは外交使節団の一員として、その施設を訪れていた。
同行者は数名の研究者。
目的は調査と対話。
武力による制圧ではない。
彼は初代アルフレッドの言葉を思い出していた。
> 「異なる考えを持つ者を敵と決めつけた瞬間、理解する機会を失う。」
研究施設の入口。
ヴィクトル・ラグナートが出迎えた。
白髪交じりの男。鋭い目をした研究者だった。
「ようこそ。アルヴェイン家の後継者。」
レオンは頭を下げる。
「お会いできて光栄です。」
ヴィクトルは笑う。
「皮肉なものですね。」
「三百年前。」
「あなたの祖先は魔力を持たない者のために技術を作った。」
「そして今。」
「私は、人間そのものを変えようとしている。」
研究室。
そこには様々な装置が並んでいた。
人工魔石。
魔素制御装置。
人体適応試験機。
レオンは慎重に観察する。
技術水準は高い。単なる軍事研究ではない。
純粋な研究者としての能力は認めざるを得なかった。
ヴィクトルが説明する。
「現在の科導体系には限界があります。」
「魔力を持たない者は、結局のところ道具に頼っている。」
「魔経絡を持つ者と持たない者。」
「その差は完全には消えていない。」
レオンは黙って聞く。
「ならば。」
ヴィクトルは人工魔経絡の模型を示す。
「人間自身が変わればいい。」
レオンは尋ねる。
「それによって全ての人間が魔導を使えるようになると?」
「可能性はあります。」
ヴィクトルは答える。
「生まれによる差をなくせる。」
「魔力の強弱も。」
「才能の差も。」
「努力では越えられなかった壁を壊せる。」
レオンは考える。
その思想自体は理解できた。
かつてアルフレッドも同じ願いを持っていた。
魔力を持つ者だけが優遇される社会を変えたい。
そのために科導を作った。
では。ヴィクトルの考えは間違いなのか。
単純には言えない。
しかし。問題は方法だった。
「人体への改造。」
レオンは言う。
「安全性は?」
ヴィクトルの表情が少し変わる。
「研究段階です。」
「つまり。」
レオンは続ける。
「成功例はある。」
「しかし。失敗例もある。」
沈黙。
ヴィクトルは視線を逸らさない。
「文明の発展には犠牲が必要です。」
レオンは静かに答えた。
「その考え方は三百年前にも存在しました。」
「そして。多くの悲劇を生みました。」
ヴィクトルは眉をひそめる。
「あなたは研究を否定するのですか。」
「違います。」
レオンは首を振る。
「研究は必要です。」
「未知へ挑戦することも。」
「しかし。研究対象が人間であるなら。」
「守るべき線があります。」
ヴィクトルは笑った。
「線。」
「あなたはいつもそう言う。」
「安全。倫理。責任。」
「しかし。その線を守っていたら。」
「誰も新しい世界へ到達できない。」
レオンは答える。
「違います。線があるからこそ。」
「人間は遠くまで進めるのです。」
ヴィクトルが見る。
「どういう意味ですか。」
「橋を作る時。」
「強度計算を無視して長い橋を作れば。」
「それは挑戦ではありません。」
「ただの無謀です。」
「研究も同じです。安全を考えることは。」
「進歩を止めることではありません。」
「進歩を持続させるための条件です。」
ヴィクトルはしばらく黙っていた。
そして。一つの部屋へ案内する。
そこには一人の少年がいた。
少年はベッドに横たわっている。
腕には魔素制御用の装置。
レオンの顔色が変わる。
「被験者ですか。」
「違います。」
ヴィクトルは答える。
「志願者です。」
少年が目を開ける。
「僕は。魔力がありませんでした。」
少年は言う。
「村では役立たずと言われました。」
レオンは息を止める。
それは。かつての祖先と同じだった。
「だから。」
少年は続ける。
「力が欲しかった。」
レオンは何も言えなかった。
この少年の願いを簡単に否定することはできない。
魔力がないことで苦しんだ人間を。
彼自身が知っているからだ。
その夜。
レオンは研究施設の宿泊室で考えていた。
ヴィクトルは危険な研究をしている。
しかし。彼の根底にある願いは。
人間の可能性を広げたいというものだった。
それは。アルフレッドが持っていた願いと近い。
違うのは手段だった。
翌朝。
レオンはヴィクトルへ提案する。
「共同研究をしませんか。」
ヴィクトルは驚く。
「私と?」
「はい。」
「人工魔経絡を否定するためではありません。」
「安全に研究するためです。」
ヴィクトルはしばらく沈黙した。
そして。
「面白い。」
そう言った。
「あなたは敵として来たと思っていました。」
「違います。」
レオンは答える。
「私は研究者として来ました。」
しかし。
二人はまだ知らなかった。
この研究を利用しようとしている者が。
北方連合の中にも存在していたことを。
研究者の理想。国家の思惑。
そして。
力を求める人々の欲望。
三つの思惑が交差しようとしていた。




