力を求める者たち(前編)
人工魔石が新たな文明基盤となってから、十年。
世界はさらに変化していた。
かつて。魔導の力を決めるものは、生まれ持った魔力量だった。
強い魔力を持つ家系は尊敬され。
弱い魔力しか持たない者は軽視された。
しかし。
科導の発展によって、その価値観は崩れていった。
知識。技術。研究。工夫。
それらによって、人間は魔力の差を越えられるようになった。
だが。新しい力が生まれれば。
それを利用しようとする者も現れる。
北方連合国。その軍事研究施設。
地下深くに作られた巨大な実験室で、一人の男が人工魔石を見つめていた。
名前は。
ヴィクトル・ラグナート。
北方連合軍技術局の主任研究者。
彼は魔導研究者として高い能力を持っていた。
しかし。彼には強い不満があった。
「なぜ。」
ヴィクトルは呟く。
「人間は未だに生まれによって限界を決められているのだ。」
彼が研究しているもの。
それは。
人工魔経絡。
本来。
魔素を操るには魔経絡が必要だった。
魔経絡を持たない者は。
魔導を直接扱うことができない。
だからこそ。
アルフレッドは科導具を作った。
道具によって魔導現象を利用する。
しかし。ヴィクトルは別の道を選んだ。
「人間自身を変えればいい。」
研究員が報告する。
「人工魔経絡への魔素接続率。」
「前回より三パーセント向上しました。」
ヴィクトルは頷く。
「成功は近い。」
しかし。研究員の表情は暗い。
「ですが。」
「被験者への負担が大きすぎます。」
「拒絶反応。神経損傷。」
「長期的な影響は不明です。」
ヴィクトルは冷たく答える。
「犠牲なくして進歩はない。」
その言葉は。かつての科学史にも存在した考え方だった。
未知へ挑むこと。それ自体は悪ではない。
しかし。研究には守るべき境界がある。
知りたいという欲望。
便利にしたいという願い。
勝ちたいという目的。
その違いによって。
技術の意味は大きく変わる。
王立科導学院。
レオンの元へ緊急報告が届く。
「人工魔石の軍事転用が確認されました。」
レオンは資料を見る。
「どこで?」
「北方連合です。」
研究員が続ける。
「大型科導兵器。」
「高出力魔素砲。」
「そして。」
「人工魔経絡研究。」
レオンの表情が変わる。
「人工魔経絡……。」
その技術は。
理論上は可能だった。
しかし。問題が多すぎる。
魔経絡は単なる管ではない。
人体と魔素を結びつける特殊な器官。
魔素の流れ。
神経。
生命維持。
全てが関係している。
簡単に付け替えられるものではない。
レオンは古い資料を開いた。
三百年前。
アルフレッドが残した研究記録。
そこには。
魔経絡研究についての注意書きがあった。
> 「人間を技術の部品として扱ってはならない。」
> 「技術は人間のために存在する。」
レオンは拳を握る。
これは。
初代が恐れていた問題だった。
数日後。
王国評議会が開かれた。
議題は一つ。
人工魔石技術の管理。
軍事利用への対応。
評議員が問う。
「レオン殿。」
「人工魔石技術を公開したことを後悔していますか。」
会場が静まる。
レオンは少し考えた。
「いいえ。」
即答だった。
評議員たちがざわめく。
「危険な利用が起きています。」
「それでもです。」
レオンは答える。
「技術そのものを悪とすることはできません。」
「問題はそれをどう扱うかです。」
一人の評議員が言う。
「しかし。」
「危険ならば封印すればいい。」
レオンは首を振る。
「封印すれば問題が消えるとは限りません。」
「知識は一度生まれれば、完全に消すことはできません。」
「重要なのは。」
「隠すことではなく正しく管理することです。」
会議後。
レオンは一人で研究所へ戻った。
机の上には。
人工魔石の試作品。
そして。
三百年前の科導灯。
二つを並べて見る。
始まりと。
未来。
どちらも同じ技術の延長にある。
その夜。
レオンの元へ暗号通信が届いた。
送り主。不明。
内容は短かった。
> 「あなたは科導を守りたいのか。」
> 「それとも発展させたいのか。」
レオンは画面を見る。
続く文章。
> 「我々は人類の次の段階を作る。」
> 「魔力という古い制限を超える存在を。」
レオンは理解した。
これは単なる軍事問題ではない。
技術の方向性そのものを巡る争いだ。
ある者は言う。
人間を変えることで未来を作る。
ある者は言う。
道具によって可能性を広げる。
どちらも。
「人類を発展させたい」
という目的だけを見れば、間違ってはいない。
だからこそ難しい。
翌日。
レオンは決意する。北方連合へ向かう。
敵としてではなく。研究者として。
なぜなら。技術を止めるだけでは。
未来の問題は解決しない。
必要なのは。
何を目指すべきなのかを問い直すことだった。




