新たな時代の科導(前編)
アルフレッド・フォン・アルヴェインがこの世を去ってから、三百年。
世界は大きく変化していた。
かつて。
魔力を持つ者だけが扱えた魔導は。
今では生活の一部となっている。
街を走る輸送車。
空を飛ぶ輸送船。
病院で使われる治療補助装置。
農地を管理する自動制御機。
それらの基盤には、すべて科導の技術が使われていた。
人々は魔力の有無を気にしない。
生まれつき魔経絡を持つ者。
持たない者。
どちらも同じように技術を学び、職業を選ぶ。
かつてアルフレッドが夢見た社会は、現実になっていた。
しかし。文明が発展しても。
新しい問題は必ず生まれる。
王立科導学院。
世界最高峰の研究機関。
そこでは毎日、新しい研究が行われていた。
巨大な研究塔の最上階。
一人の青年が資料を抱えて歩いている。
名前は。レオン・アルヴェイン。
アルフレッドの遠い子孫だった。
しかし。
彼は自分を「英雄の子孫」だとは考えていなかった。
むしろその名前に苦しんでいた。
「またアルヴェイン家か。」
「初代の名前に恥じない研究を期待しているよ。」
周囲から向けられる期待。
それは誇りであると同時に重荷だった。
レオンは研究室へ入る。
机の上には大量の資料。
研究テーマは。
人工魔石。
現在の科導社会では、大きな問題があった。
天然魔石への依存。
魔石は鉱山から採掘される。
しかし。高品質な魔石は年々減少していた。
需要は増え続けている。
このままでは、いつか限界が来る。
研究者たちは長年挑戦していた。
人工的に魔素を蓄積できる素材を作る。
しかし成功していない。
研究会。
若い研究者たちが議論している。
「魔素保持率は上がった。」
「しかし安定性が低い。」
「一定量を超えると構造崩壊する。」
レオンは資料を見る。
問題は材料だけではない。
術式。魔素流。構造制御。
複数の要素が絡んでいる。
かつてアルフレッドが直面した問題と同じだった。
理論だけでは足りない。
実用化するための視点が必要だった。
ある日。
レオンは学院の古文書室へ向かった。
目的は。初代アルヴェインの研究記録。
歴史資料として保管されているものだった。
古びた本を開く。
そこには三百年前の文字が並んでいる。
> 「理論は現実を説明するためにある。」
>
> 「現実を理論へ合わせようとしてはならない。」
レオンは手を止めた。
その言葉は。
今の自分に向けられているようだった。
人工魔石研究では。
研究者たちは既存の魔石を完全再現しようとしていた。
天然魔石と同じ性能。同じ構造。同じ反応。
それが目標だった。
しかし。レオンは疑問を持つ。
「本当に同じものを作る必要があるのか?」
研究員が振り返る。
「何を言っている?」
「魔石を作る研究だろう。」
レオンは答える。
「違います。必要なのは魔石そのものではありません。」
「必要なのは。魔素を安全に利用できる仕組みです。」
その考え方は。
かつてエゼキエルが示したものと同じだった。
地球の科学をそのまま再現するのではなく。
この世界の法則に合わせて、新しい体系を作る。
それが科導だった。
しかし。
研究室では反発も起きた。
「先人の理論を否定するのか。」
年配の研究者が言う。
「アルフレッド様が築いた方法を変える必要はない。」
レオンは首を振る。
「否定しているのではありません。」
「受け継ぐということは。」
「同じことを繰り返すことではないと思います。」
その言葉を聞いた研究者は黙った。
アルフレッド自身も。
もし生きていたなら。
同じことを言っただろう。
技術は完成した瞬間に終わるものではない。
次の世代が改良していくものだ。
◇数か月後。
レオンは新しい人工魔石理論を発表した。
それは天然魔石を完全に再現するものではなかった。
魔素を蓄える量は少ない。
しかし安定性が高い。
大量生産が可能。
そして用途ごとに性能を調整できる。
研究者たちは驚いた。
「これは魔石ではない。」
誰かが呟く。レオンは答える。
「はい。」
「これは。」
「科導のために作る、新しい素材です。」
しかし。
発表直後大きな問題が発生する。
王国最大の魔石採掘企業が声明を出した。
> 「人工魔石技術は、伝統ある魔石産業を破壊する。」
長い歴史を持つ産業。
そこには多くの人々の生活がある。
技術革新は必ず誰かに利益を与える一方で誰かに変化を迫る。
かつてアルフレッドが向き合った問題が。
三百年後。
再び新しい形で現れようとしていた。




