技術の責任(後編)
年月は静かに流れていった。
アルフレッドが初めて科導灯を完成させてから、五十年。
王国の景色は、かつてとは大きく変わっていた。
夜の街には、無数の科導灯が輝いている。
農村では、季節や天候に左右されにくい農業が行われている。
職人たちは科導工具によって、より精密な加工を可能にしていた。
医療現場では、科導による温度制御装置や診断補助具が使われている。
かつて魔力を持たない者は。
「魔導を使えない者」
と呼ばれていた。
しかし今。
その言葉を使う者はいない。
なぜなら。
魔導を使えるかどうかではなく。
知識を持ち、技術を扱い、問題を解決できるかどうかが重要になったからだ。
しかし。
アルフレッド自身は、未だ研究室にいた。
髪は白くなり。
顔には多くの皺が刻まれている。
それでも。
机の上には新しい設計図が広げられていた。
「まだ研究しているのか。」
声の主はエゼキエルだった。
だが。
こちらもまた歳月を重ねている。
転生者として長い人生を歩んできた老人も、かつてのような鋭い眼光だけではなく、穏やかな表情を浮かべるようになっていた。
「当然です。」
アルフレッドは笑う。
「まだ分からないことがあります。」
「五十年経ってもか。」
「五十年経ったからこそです。」
アルフレッドは窓の外を見る。
「昔は。分からないことがあるのが怖かった。」
「でも今は。未知があることが楽しみです。」
エゼキエルは微笑んだ。
初めて出会った頃。
少年だったアルフレッドは。
魔力がないことを理由に、自分の価値を疑っていた。
だが。今では違う。
魔力がなかったからこそ。
魔力以外の可能性を探した。
魔導士になれなかったからこそ。
魔導そのものを見直した。
欠点と思われていたものが。
新しい道を開いた。
ある日。
王立学院から招待状が届いた。
内容は。
科導創始記念式典。
今年で、科導体系が正式に学問として認められてから三十年になる。
アルフレッドとエゼキエルは式典へ出席した。
会場には、多くの研究者が集まっていた。
若い研究者。職人。学生。
その中には。二人のことを直接知らない世代も多い。
壇上。
一人の学生が発表を行う。
「現在の科導理論では。」
「魔素流体制御による新型動力機関が研究されています。」
アルフレッドは目を細めた。
自分たちが始めた理論が。
知らない形へ発展している。
それは嬉しいことだった。
自分の考えがそのまま残ることではない。
後の世代が改良し。
乗り越えていくこと。
それこそが学問の発展だった。
式典の最後。
司会者が言う。
「最後に。科導の創始者であるお二人からお言葉をいただきます。」
会場から拍手が起こる。
アルフレッドは壇上へ向かう。
昔なら。ここで自分の功績を語ったかもしれない。
しかし。今は違う。
彼は最初に隣の老人を見た。
「私がここにいるのは。」
「この方と出会ったからです。」
エゼキエルは黙って聞いている。
「先生は。私に科学という考え方を教えてくれました。」
数年前、エゼキエルは自らが異世界、地球からの転移者であることを公開していた。
そして科学は二人だけの知識ではなくなっていた。
「しかし。先生の知識だけでは、科導は生まれませんでした。」
会場が静まる。
「この世界には。この世界独自の法則があります。」
「それを理解し、理論として組み上げ。」
「実際に使える形にしたのは、多くの研究者と職人たちです。」
アルフレッドは続ける。
「技術は。」
「一人の天才が作るものではありません。」
「誰かの発想。」
「誰かの研究。」
「誰かの改良。」
「誰かの努力。」
「その積み重ねによって発展します。」
会場の学生たちは真剣に聞いていた。
「だから。」
「知識を独占してはいけません。」
「しかし。」
「無責任に扱ってもいけません。」
「知識には。」
「必ず責任が伴います。」
式典後。
アルフレッドは庭園で空を見上げていた。
隣にはエゼキエル。
「満足か。」
老人が尋ねる。
アルフレッドは少し考えた。
「まだです。」
エゼキエルは笑う。
「そう言うと思った。」
「ですが。」
アルフレッドは続ける。
「昔とは違います。」
「昔は。自分が認められたいと思っていました。」
「今は。次の世代が、もっと良いものを作ってくれることが嬉しいです。」
エゼキエルは空を見る。
遠い昔。
地球で科学者だった頃。
彼は思っていた。
科学は人類を豊かにするものだと。
しかし。異世界へ来て。
魔導という未知の体系に触れて。
ようやく理解した。
科学とは知識の名前ではない。
世界を観察し。
考え。試し。失敗し。
改善する姿勢そのものなのだ。
数年後。
エゼキエルは静かに生涯を終えた。
最後まで研究者だった。
最後まで学ぶ者だった。
彼の墓碑にはこう刻まれた。
> エゼキエル・グランフォード
>
> 科導理論の発想者
>
> 未知への探究を愛した学者
そして。
アルフレッドはその墓の前で静かに頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「先生。」
その後。
アルフレッドもまた、長い研究人生を終える。
彼の功績は数多く残された。
科導の実用化。
安全規格の制定。
技術教育制度。
研究倫理体系。
しかし。
彼が最も大切にした言葉は。
一つだけだった。
> 「知識は、受け継ぐだけでは完成しない。
>
> 理解し、改良し、次の世代へ渡して初めて価値になる。」
さらに数百年後。
歴史書には二人の名が並んで記されている。
エゼキエル・グランフォード。
科導の思想を示した者。
アルフレッド・フォン・アルヴェイン。
科導を社会へ届けた者。
二人は「科導の共同創始者」と呼ばれるようになった。
学校ではこう教えられる。
――一人の英雄が文明を変えたのではない。
――異なる知識を持つ二人が出会い、互いを尊重したからこそ、新しい時代が始まったのだと。
そして。魔力を持たなかった少年は。
いつしか歴史上最も偉大な技術者の一人として語り継がれることになる。
彼が残したものは。
魔法ではなかった。
科学でもなかった。
人が未知へ挑み続けるための。
「考える力」そのものだった。




