科導端末(中編)
王立魔導師協会の会議室。
重厚な扉の向こうには、王国でも有数の魔導研究者たちが並んでいた。
その視線は厳しい。敵意というより、警戒だった。
アルフレッドはそれを理解していた。
彼らが恐れているのは、自分自身ではない。
新しい技術が社会へ与える影響だった。
長い歴史の中で、魔導は一部の人間だけが扱える特別な力だった。
魔力を持つ者。魔経絡を持つ者。訓練を受けた者。
そうした限られた人間が、魔導を管理してきた。
しかし。新型科導具が普及すれば、その前提が変わる。
誰でも魔導に近い現象を利用できる。
それは社会の仕組みそのものを変える可能性があった。
老魔導士が資料を机へ置く。
「あなたの技術は画期的です。」
「しかし。」
「危険性について説明していただきたい。」
アルフレッドは頷いた。
「当然です。」
彼は持参した資料を広げる。
そこには魔石の安全基準。
術式制限。故障時の停止機構。使用者保護構造。
大量の記録がまとめられていた。
「科導具は魔力を解放する道具ではありません。」
「制御された現象を利用するための道具です。」
老魔導士が眉を動かす。
「違いは何ですか。」
アルフレッドは答える。
「魔導士が自分の魔力で炎を生み出す場合。」
「術者の判断によって出力が変化します。」
「しかし科導具は違います。」
「術式によって出力範囲を制限します。」
「つまり。」
「利用者の能力ではなく、設計によって安全性を確保します。」
別の研究者が質問する。
「しかし。利用者が改造した場合は?」
アルフレッドは少し考えた。
「可能性はあります。」
会議室がざわめく。
彼は続ける。
「ですが。」
「それは包丁で人を傷つけることができるから、包丁を禁止するべきだという話と同じです。」
「重要なのは。」
「危険を理解し、適切な管理方法を作ることです。」
研究者たちは黙った。
理想論ではない。
現実を踏まえた回答だった。
その時。別の老人が口を開いた。
「君は魔導士ではない。」
アルフレッドを見る。
「魔力がないことで苦しんだそうだな。」
室内が静かになる。
かつて。
アルフレッドは「出来損ない魔導士」と呼ばれていた。
貴族でありながら魔力を持たない。
それはこの社会では大きな欠点だった。
老人は続ける。
「だから。」
「魔導を否定しているのか?」
アルフレッドは首を振った。
「違います。」
迷いなく答える。
「私は魔導を否定したことはありません。」
「むしろ。」
「魔導が素晴らしい技術だからこそ、もっと多くの人が利用できる形にしたいのです。」
エゼキエルは後方で静かに聞いていた。
かつて。
彼自身も同じような疑問を抱いていた。
魔力が強い者だけが優れている。
そう考える社会。
知識や工夫より、生まれ持った才能が評価される世界。
その価値観を変えたいと思っていた。
しかし。
自分一人ではできなかった。
現代科学の知識を持っていても。
この世界の魔導法則を理解しなければ、技術にはならない。
科学の発想を持ち込むだけでは文明は変わらない。
それを実際に証明したのが。
目の前にいる弟子だった。
会議の最後。
協会長が言った。
「一つ条件があります。」
アルフレッドは頷く。
「何でしょうか。」
「公開試験を行っていただきたい。」
「魔力を持たない一般人が。」
「安全に科導を使用できることを証明する。」
アルフレッドは即答した。
「分かりました。」
数週間後。
王都中央広場。
多くの人々が集まった。
貴族。研究者。商人。職人。
そして一般市民。
舞台の上には、新型科導具が置かれている。
協会側の検査官が確認する。
「術式正常。」
「魔石状態正常。」
「安全基準内。」
そして。
実験者として選ばれたのは。
魔経路を持たない一人の少年だった。
少年は緊張していた。
「本当に僕でも?」
アルフレッドは笑う。
「はい。難しい操作はありません。」
「光れと考えながら触れるだけです。」
少年はゆっくり手を伸ばす。
新型科導具へ触れる。
光が灯った。
一瞬。静寂。
そして。歓声が上がった。
アルフレッドは言う。
「これを使えば誰でも科導を発動できます。」
「その名は。」
『科導端末』
その光景を見ていた老魔導士は、何も言わなかった。
ただ。小さな光を見つめていた。
魔導の歴史は。
強い魔力を持つ者によって発展してきた。
しかし。これからは違うかもしれない。
魔経路を持たない者も。魔力が少ない者も。
技術を通じて魔導へ関われる。
その可能性を示したのだから。
公開試験の後。
協会は正式な声明を発表した。
> 「科導は魔導を代替するものではなく、新たな利用体系である。」
> 「科導具、科導端末は安全基準を満たす製品についてのみ、普及を認める。」
その日。
科導は研究室の中だけの存在ではなくなった。
社会へ出る資格を得た。
しかし。
アルフレッドには次の課題が見えていた。
作れる。
使える。
安全である。
それだけでは足りない。
必要なのは。
誰もが買える価格。
誰もが修理できる仕組み。
誰もが学べる教育。
本当の普及には。
まだ長い道のりが残っていた。




