科導端末(後編)
公開試験から半年。
王都の街並みは少しずつ変化していた。
以前なら、夜の街を照らしていたのは油灯や高価な魔導灯だった。
しかし今では。
小さな店先。
職人の作業場。
宿屋の廊下。
農村の家々。
そこに小さな科導灯が灯るようになっていた。
まだ全ての家庭に普及したわけではない。
しかし。
「魔力を持たない者でも使える光」
という存在は、人々の意識を変え始めていた。
工房では新たな問題が発生していた。
需要の急増だった。
「注文が追いつきません。」
職人長が帳簿を見ながら言う。
「先月の三倍です。」
アルフレッドは数字を見る。
嬉しい悲鳴。
……と言いたいところだった。
しかし。
問題は単純ではない。
生産量を増やせば品質が落ちる。
品質を維持すれば価格が上がる。
安定供給するには職人を増やさなければならない。
しかし。技術を理解した職人はまだ少ない。
「また新しい壁ですね。」
アルフレッドは苦笑する。
エゼキエルは頷いた。
「文明を変えるというのは。」
「一つの発明をすることではない。」
「その発明を支える仕組みを作ることだ。」
アルフレッドは工房の運営方法を見直した。
以前なら。
一人の熟練職人が全工程を担当していた。
魔石選別。
加工。
術式刻印。
組立。
検査。
すべてを一人で行う。
職人の技術力に頼る方式だった。
しかし。
大量生産には向かない。
そこでアルフレッドは工程を分割した。
魔石検査担当。
加工担当。
術式刻印担当。
組立担当。
検査担当。
それぞれが専門化することで、品質を安定させる。
最初。
職人たちは反対した。
「分業などでは職人の腕が失われる。」
そう言う者もいた。
しかし。実際に試してみると違った。
一つの作業に集中することで、技術はさらに向上した。
「以前より細かい違いに気付ける。」
「不良品が減った。」
職人たちも変化を認め始めた。
さらにアルフレッドは教育制度を作った。
科導技術者育成制度。
魔力の有無を問わず、知識と技術を学べる仕組み。
これまで魔導研究は。
才能ある者だけのものだった。
しかし科導は違う。
重要なのは。
観察する力。
考える力。
改善する力。
そして安全を守る責任感だった。
魔力は必要条件ではない。
ある日。
工房へ一人の若者が訪れた。
「弟子にしてください。」
アルフレッドは首を傾げる。
「なぜですか?」
若者は少し恥ずかしそうに答えた。
「魔力がありません。」
「昔から魔導士にはなれないと言われていました。」
「でも。」
机の上に置かれた科導灯を見る。
「これなら。」
「自分にも関われると思ったんです。」
アルフレッドはしばらく黙った。
かつての自分を見るようだった。
魔力がないことで否定される。
才能がないことで価値がないと思われる。
しかし。人間の価値は、それだけでは決まらない。
「分かりました。」
「一緒に学びましょう。」
数年後。
科導技術者の数は大きく増えた。
研究者。職人。商人。教育者。
多くの人々が関わるようになった。
科導はもはやアルフレッドとエゼキエルだけのものではない。
多くの人間が改良し、新しい用途を見つける学問になっていた。
しかし。
全ての人間が歓迎していたわけではない。
ある日。
王都の新聞に一つの記事が載った。
> 「科導は魔導の価値を下げる危険な技術である」
古い魔導師たちの一部が反発を始めたのだ。
彼らの主張にも理由はあった。
長い年月をかけて磨いてきた魔導技術。
それが簡単な道具で代替される。
自分たちの存在意義が失われる恐怖。
アルフレッドは、その感情を理解していた。
だから否定しなかった。
協会で開かれた討論会。
反対派の魔導士が問う。
「君は魔導士の努力を無意味にするつもりか。」
アルフレッドは首を振る。
「違います。」
「魔導士の研究があったからこそ。」
「科導も発展できました。」
「過去の技術を否定して、新しい技術は生まれません。」
会場が静まる。
「火を扱う技術が生まれた時。」
「人は薪を集める仕事を否定したでしょうか。」
「馬車が生まれた時。」
「歩くことを否定したでしょうか。」
「技術とは。」
「人の可能性を増やすものです。」
エゼキエルはその言葉を聞きながら、静かに笑っていた。
かつて。彼は現代科学を知っていた。
だが。知識だけでは何も変えられなかった。
科学の発想を、この世界の法則へ落とし込む者が必要だった。
そして。その役割を果たしたのは。
魔力を持たなかった少年だった。
その夜。
工房の屋上。
アルフレッドとエゼキエルは街を見下ろしていた。
無数の科導灯が輝いている。
昔なら。その光は一部の者だけのものだった。
今は違う。魔力を持つ者も。持たない者も。
同じ光の下で暮らしている。
アルフレッドは呟いた。
「先生。」
「何だ。」
「初めて会った時。」
「私は魔力がないことを恥じていました。」
エゼキエルは黙って聞く。
「でも。今は思います。」
「足りなかったからこそ。」
「別の道を探すことができた。」
老人は微笑んだ。
「それがお前の才能だったのかもしれんな。」
しかし。
アルフレッドはまだ知らなかった。
科導の普及は。新たな問題を生むことになる。
技術が広まれば。それを利用する人間も増える。
便利な道具は。正しく使われるとは限らない。
そして次にアルフレッドが向き合うことになるのは。
技術そのものではなく。
技術を扱う人間社会の問題だった。




