表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/60

最初の科導具工房(後編)

工房を始めて一年。

アルフレッドは、研究室にいた頃とは別の意味で忙しい日々を送っていた。


朝は職人たちとの打ち合わせ。

昼は新商品の設計。

午後は商人との交渉。

夜は帳簿の確認と研究。


以前なら、研究以外の仕事を「余計なこと」と考えていた。


しかし今は違う。

材料を仕入れる者。

加工する職人。

運ぶ商人。

販売する店。

購入する人々。

そのすべてが一つにつながって、初めて技術は社会へ届く。


研究室で完成した理論だけでは、文明は変わらない。


ある日。


工房へ大きな荷物が届いた。

中身は魔石だった。

仕入れ先を増やしたことで、以前より安定した供給が可能になった。


しかし。

アルフレッドは箱を開けた瞬間、違和感を覚えた。


「……これは。」


魔石の一部に、わずかな色の違いがある。


魔素保持量が異なる。

職人が言う。


「新しい鉱山から仕入れました。」

「価格は以前より三割安いです。」


アルフレッドは魔石を調べる。

性能自体は悪くない。


ただし。

今までの術式設定では相性が悪い。


以前なら。


「規格外」と判断していた。


しかし今は違った。

彼は考える。


「魔石に合わせて術式を変えればいい。」


その発想は、工房の方向性を大きく変えた。

これまでの科導具は。


「完成した術式に合う魔石を選ぶ」


という考えだった。

しかしアルフレッドは逆転させた。


「魔石の特性に合わせて術式を調整する。」


これは研究者としての発想だった。

同時に。

職人の現場感覚を理解したからこそ出た答えだった。


新しい製造方式が完成する。

魔石の等級ごとに術式を最適化する。

低品質の魔石でも、効率を落とせば十分使える。

高品質の魔石なら、高性能品として販売できる。


無駄が減った。

価格も下げられる。

職人たちは驚いた。


「以前より作りやすい。」

「失敗も減った。」


アルフレッドは頷く。


「理論は現場で変わります。」

「現場から得た情報で、理論も進化します。」


しかし。事業が安定したわけではなかった。

新たな問題も発生した。模倣品だった。

市場に、似たような照明科導具が出回り始めた。


価格は安い。


しかし品質は低かった。

数週間で壊れるものもある。

客から苦情が寄せられる。


「同じ名前の商品なのに、すぐ壊れた。」

「粗悪品を売っているのではないか。」


アルフレッドは頭を抱えた。


技術が広まること自体は望んでいた。


しかし。

信用が失われれば、本物の科導具まで疑われる。


エゼキエルは静かに言った。


「保証書というものが必要になる。」


アルフレッドは考える。


「保証書……。」


「単なる書類ではない。」


老人は続ける。


「誰が責任を持って作ったか。」

「どの基準で作られているか。」

「それを保証するものだ。」


アルフレッドはすぐに理解した。


品質管理。検査。保証。

それらを明確にする必要がある。


数日後。


工房の刻印が決まった。

製品には必ず刻まれる。


小さな印。そして保証書。

そこには二つの名前が記されていた。


理論考案エゼキエル・グランフォード**

設計・改良アルフレッド・フォン・アルヴェイン**


アルフレッドは最初、師の名前を先に書くことに抵抗した。


「先生の名前を利用していると思われませんか。」


エゼキエルは笑った。


「逆だ。お前が私の名前を隠せば。」

「私が築いたものまで否定することになる。」


老人は続ける。


「技術は一人の所有物ではない。」

「誰かが考え。誰かが改良し。誰かが広める。」

「その積み重ねが文明になる。」


その後。


工房は少しずつ成長した。

最初は照明だけだった。


しかし冒険者からの要望で、防水科導具が作られた。

農家からの相談で、簡易温度調整具が開発された。

職人からの意見で、工具補助具が生まれた。

一つの製品から始まった技術が、人々の生活に合わせて広がっていく。


アルフレッドは気付いた。


科導とは。魔導の代用品ではない。

科学の模倣でもない。

この世界の魔素という法則を理解し、人間の知恵によって利用する学問なのだ。


ある夕方。


工房の前で、アルフレッドは街を眺めていた。


以前なら。

ここに並ぶ明かりを見ても、魔素量や術式効率しか考えなかった。


今は違う。

その光の下で。

誰かが食事をしている。

誰かが本を読んでいる。

誰かが夜でも仕事を続けられている。


技術の価値とは。

数値だけでは測れない。


人々の生活を変えること。

それこそが、研究の意味なのだ。


しかし。

アルフレッドには、まだ一つ大きな課題が残されていた。


現在の科導具は。

魔経絡を持つ者が調整を行わなければ製造できない。


研究者。設計者。職人。

すべてに適性が必要だった。


これでは普及に限界がある。

アルフレッドは新しい研究ノートを開く。


表紙にはこう書いた。


>「魔経絡を持たない者でも使える科導について」


科導を本当の意味で社会へ広げるには。

最後の壁を越えなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ