最初の科導具工房(中編)
翌朝。
工房の扉が勢いよく開いた。
アルフレッドが顔を上げる。
そこに立っていたのは、昨日最初の照明科導具を購入した冒険者だった。
しかし、その表情は昨日とは違っていた。
困惑。そして少しの不満。
「すまないが。これ、返したい。」
アルフレッドの胸が沈む。
「故障しましたか?」
冒険者は頷いた。
「昨日は問題なかった。」
「だが、夜に洞窟で使ったら……。」
男は照明科導具を机へ置いた。
魔石の光は弱々しく明滅している。
アルフレッドはすぐに分解した。
内部術式を確認する。
破損ではない。
術式そのものは正常。
問題は魔石だった。
「魔素保持量が想定以下です。」
冒険者が首を傾げる。
「つまり?」
アルフレッドは言葉を選んだ。
「同じ商品でも、性能に差が出てしまっています。」
男は困った顔をする。
「でも。」
「買う側からすれば同じ商品だろう?」
その言葉は、アルフレッドに重く響いた。
研究者なら。
個体差を説明できる。
性能差の理由も理解できる。
しかし。
客には関係ない。
客が求めているのは「使える道具」なのだ。
その日から、アルフレッドは販売した全ての科導具を調査した。
結果。
十個中二個に性能低下が発生していた。
致命的な故障ではない。
しかし商品としては問題だった。
工房の作業台で、アルフレッドは頭を抱える。
「理論は間違っていない。」
「術式も成立している。」
「なのに。製品にならない。」
エゼキエルは静かに答えた。
「当然だ。」
「お前は今まで。」
「一つの完成品を作る研究をしていた。」
「だが事業は違う。」
「百個、千個作っても同じ物を作る必要がある。」
アルフレッドは黙って頷く。
研究と製造。似ているようで全く違う。
翌日。
アルフレッドは工房の職人全員を集めた。
「今日から工程を変えます。」
職人たちは顔を見る。
「また理論の話か?」
以前なら、そう言われても仕方なかった。
しかしアルフレッドは首を振った。
「違います。」
「現場の話です。」
彼は新しい書類を広げた。
そこには細かな検査項目が書かれていた。
魔石の魔素保持量。
術式刻印の深さ。
魔力経路の抵抗値。
起動試験時間。
耐久試験回数。
「今までは完成後に確認していました。」
「しかし、それでは遅い。」
「途中で問題を見つけます。」
職人の一人が腕を組む。
「そんな細かい確認をしていたら時間がかかるぞ。」
「はい。」
アルフレッドは認める。
「最初は生産数が減ります。」
「しかし。」
「不良品を出し続ける方が、長期的には大きな損失になります。」
職人たちは黙った。
彼の言葉は研究者の理論ではなかった。
実際に返品を経験した人間の言葉だった。
品質管理を始めて一週間。
新しい問題が発生した。
不良品は減った。
しかし。製造速度も大幅に落ちた。
一日の生産数が半分以下になる。
帳簿を見ると赤字だった。
職人たちも不安を口にする。
「このままでは工房が潰れるぞ。」
アルフレッドは夜遅くまで帳簿を見ていた。
性能を上げれば高くなる。
安くすれば品質が落ちる。
品質を維持すれば生産数が減る。
三つの問題が絡み合っている。
研究室では存在しなかった問題だった。
その夜。
エゼキエルが温かい茶を置いた。
「悩んでいるな。」
アルフレッドは苦笑する。
「魔導理論を作る方が簡単でした。」
老人は笑った。
「そうだろうな。」
「なぜですか。」
「理論には答えがある。」
「だが社会には正解がない。」
アルフレッドは黙って聞く。
「安い方がいい人間もいる。」
「高くても長く使いたい人間もいる。」
「職人には生活がある。」
「客には事情がある。」
「経営とは、その全てを考えることだ。」
翌日。
アルフレッドは新しい方針を決めた。
最高性能品だけを作らない。
用途別に分ける。
貴族向け。
冒険者向け。
商業施設向け。
必要な性能と価格を調整する。
さらに。魔石の品質によって等級を分ける。
性能差を隠さない。むしろ明示する。
「これは欠点ではありません。」
職人たちへ説明する。
「違いを管理すれば、価値になります。」
研究者として培った分析能力。
冒険者として学んだ現場感覚。
その二つが、初めて結びついた瞬間だった。
◇数週間後。
二度目の販売会。
今度は前回とは違った。
商品には説明書が付いていた。
使用時間。
適した用途。
注意点。
保証期間。
そして。
工房の名前。
少しずつ客が増える。
貴族。
冒険者。
商人。
まだ大成功ではない。
魔経路を持たないものには使えない。
一般家庭に売れる価格でもない。
しかし。
一度失った信用を、少しずつ取り戻していた。
ある日。
以前返品に来た冒険者が再び工房へ訪れた。
アルフレッドは緊張する。
「今回はどうでしょうか。」
男は笑った。
「問題ない。」
「洞窟で三日使った。」
「明るさも安定していた。」
そして商品を見ながら言う。
「前は悪かったな。」
「道具が悪いと思った。」
「だが。改良してくれたんだな。」
アルフレッドは静かに頭を下げる。
「ありがとうございます。」
その日。
工房の帳簿には初めて黒字の数字が記された。
ほんの小さな利益だった。
しかし。それは科導が社会へ根付き始めた証だった。




