最初の科導具工房(前編)
冒険者として活動を始めて半年。
アルフレッドは、以前とは別人のようになっていた。
貴族院の研究室にいた頃。
彼は理論を考えることに夢中だった。
魔素の流れ。術式構造。真素変換。魔導法則。
それらを理解することこそ、研究者の使命だと思っていた。
しかし冒険者として人々の暮らしを見たことで、考え方は変わった。
理論は手段でしかない。
重要なのは、その理論によって誰が何を得るのか。
そこだった。
ある日の午後。
アルフレッドとエゼキエルは、小さな工房の前に立っていた。
王都の職人街。貴族街から離れた場所にある、古い建物だった。
壁には傷。屋根には補修跡。決して立派な研究施設ではない。
しかしアルフレッドにとっては、王立研究所よりも価値のある場所だった。
「ここを借ります。」
老人は頷く。
「狭いぞ。」
「十分です。」
アルフレッドは扉を開ける。
中には古い作業台。工具棚。魔石加工用の炉。
最低限の設備しかない。
だが。ここから始まる。
最初の開発品。
それは小型照明科導具だった。
理由は単純だった。
冒険者として活動して分かった。
夜間作業。洞窟探索。
明かりへの需要は非常に大きい。
既存の魔導灯も存在する。
しかし問題があった。
魔力を持つ者しか使えない。
そして高価だった。
アルフレッドは設計図を広げる。
「魔石へ術式を書き込む。」
「起動部分だけを使用者が操作する。」
「これなら魔経路を持たない人でも使える。」
エゼキエルが図面を見る。
「理論上は可能だ。」
「ですが。」
アルフレッドは続ける。
「問題があります。」
「何だ。」
「魔石ごとの個体差です。」
魔石は天然資源だった。
同じ鉱山から採掘されたものでも、魔素保持量や反応性は違う。
研究室では一つ一つ調整すればよかった。
しかし商品化するなら話は別だ。
百個作れば百個同じ性能でなければならない。
アルフレッドは試作品を十個並べた。
起動する。
一つ目。正常。
二つ目。正常。
三つ目。光が弱い。
四つ目。数分で消える。
五つ目。突然明滅する。
アルフレッドは眉を寄せた。
「失敗です。」
エゼキエルは頷く。
「研究品としては成功。」
「商品としては失敗。」
その言葉が胸へ刺さった。
翌日。
アルフレッドは魔石加工職人を訪ねた。
紹介されたのは、職人気質の男だった。
腕は確か。
しかし、新しい技術には慎重な人物だった。
「魔石へ術式を書き込む?」
職人は図面を見る。
「そんな細かい加工、量産できると思っているのか。」
「できます。」
「理論では、だろう?」
職人は魔石を机へ置いた。
「俺たちは現場で作る。」
「魔石は一つ一つ違う。」
「紙の上の数字だけでは削れん。」
アルフレッドは反論しようとして、口を閉じた。
以前なら理論が正しいと言っただろう。
しかし。冒険者として学んだ。
現場には現場の知識がある。
「……教えてください。」
職人が少し驚く。
「何を。」
「職人の判断基準を。」
「私の理論を現場で使える形にしたいのです。」
しばらく沈黙。
やがて職人は小さく笑った。
「変わった貴族だな。」
そこから試行錯誤が始まった。
魔石の選別方法。
加工工程。
検査基準。
術式の簡略化。
最初の設計では複雑すぎた部分を削る。
性能を少し落としても壊れにくくする。
使用者が間違えにくい形へ変える。
アルフレッドは初めて知った。
最高性能の技術と。
人々が使える技術は。
同じではない。
しかし。問題は技術だけではなかった。
資金だった。
材料費。
工房の賃料。
職人への給金。
試作品の失敗費用。
すべてが積み重なる。
帳簿を見たアルフレッドは頭を抱えた。
「このままでは三か月で資金が尽きます。」
エゼキエルは淡々と言う。
「当然だ。」
「事業とはそういうものだ。」
「研究とは違う。」
アルフレッドは苦笑した。
魔導理論を作るより。
商品を一つ売る方が難しい。
その事実を、彼は初めて理解した。
そして。
最初の販売日。
工房の前へ、小さな看板を出した。
そこにはこう書かれていた。
――小型照明科導具。
――設計・アルフレッド。
――理論考案・エゼキエル。
二人の名前が並んでいる。
しかし。客は来なかった。
アルフレッドは静かな通りを見つめる。
研究発表の時とは違う。
誰も注目しない。
誰も期待していない。
ここから本当の挑戦が始まる。
夕方。
一人目の客が現れた。
古びた服を着た冒険者だった。
「これか。」
「魔力なしでも使えるっていう道具は。」
アルフレッドは頭を下げる。
「はい。魔経路はありますか。」
「ある。親が魔導士だったのでな。」
話しながら冒険者は商品を手に取る。
「本当に使えるのか?」
「試してください。」
冒険者は魔導士の血を引きながら本人は魔力を持たない一般人だった。
彼は恐る恐る起動装置へ触れる。
次の瞬間。
小さな光が灯った。
冒険者は目を見開いた。
「……明るい。」
その一言を聞いた瞬間。
アルフレッドは、研究者としてではなく。
一人の技術者として初めて達成感を覚えた。
しかし。
その翌日。
最初の返品が届くことになる。




