社会を知る(後編)
薬草採取の依頼を終えてから二週間。
アルフレッドは毎日のように冒険者ギルドへ通っていた。
魔物討伐のような華々しい依頼ではない。
荷運び。水路の泥さらい。農地の害獣駆除。
壊れた柵の修理補助。迷子になった家畜の捜索。
地味な依頼ばかりだった。
しかしアルフレッドは、一つひとつの仕事を丁寧に記録していた。
依頼内容。必要な道具。作業時間。苦労した点。
依頼人が困っていた理由。
そして、「もっと良い方法はないか」という考察まで書き残していた。
ある日、彼は街外れの農村で灌漑用水路の清掃依頼を受けた。
冬の間に土砂が流れ込み、水の流れが悪くなっていた。
農民たちは鍬や木製のスコップで泥を掻き出している。
アルフレッドも一緒に泥を運び始めた。
半日ほど作業を続けると、一人の老人が腰を押さえながらため息をついた。
「若い頃なら何ともなかったが、毎年これじゃ身体がもたん。」
その言葉に、アルフレッドは手を止めた。
研究室なら「効率」を考える。
しかし現場では、「人の負担」が最も大きな問題になっている。
作業を終えた帰り道、彼は現場観察録へこう書き込んだ。
> 水路の泥を掻き出す道具を改良できれば、作業時間だけでなく身体への負担も減らせる。
その一文の横へ、大きく丸を付けた。
別の日。
商人の荷車護衛の依頼を受けた。
護衛といっても、王都近郊なので魔物はほとんど現れない。
荷車が壊れたときの修理や、荷物の積み下ろしが主な仕事だった。
途中、木製の車輪の軸がきしみ始める。
商人は苦笑した。
「毎月どこかが壊れる。」
「鉄で作れば丈夫なんだが、高すぎてな。」
アルフレッドは荷車を観察する。
問題は車輪ではない。
軸の摩耗だった。
荷重が一点へ集中している。
帰宅後、彼は荷車の構造を図面へ描き始めた。
車輪の改良案。軸受けの形状。荷重分散。
魔導とは関係ない。
だが、人々の生活には必要な技術だった。
ギルドへ通うようになって一か月。
受付嬢が笑顔で声を掛けた。
「最近、評判ですよ。」
「私がですか?」
「ええ。」
「派手な戦いはしませんけど。」
「依頼主から苦情が一度もありません。」
アルフレッドは驚いた。
「苦情……ですか。」
「冒険者って、討伐だけじゃないんです。」
受付嬢は帳簿を見せる。
「約束の時間を守らない。」
「採取した薬草を傷める。」
「道具を壊したまま返す。」
「依頼主への説明をしない。」
「そういう苦情が結構あるんですよ。」
アルフレッドは帳簿を見ながら考え込む。
研究でも同じだった。
成果だけでは足りない。
記録。説明。再現性。信頼。
それらがあって初めて研究は評価される。
仕事も同じなのだ。
その夜。
研究室。
エゼキエルは現場観察録を一冊読み終え、静かに机へ置いた。
「どうだ。」
アルフレッドは少し考えてから答えた。
「今まで私は。魔導を研究していました。」
「はい。」
「ですが人は魔導のために生きているわけではありません。」
老人は何も言わない。続きを待つ。
「荷車。水路。農具。照明。調理。暖房。」
「どれも生活には欠かせません。」
「なのに。私は、それを知りませんでした。」
エゼキエルは静かに頷く。
「それでいい。」
「研究とは。困っている人間を見つけることから始まる。」
アルフレッドはノートを閉じた。
「先生。」
「何だ。」
「私は戦うことが好きではありません。」
「知っている。」
「冒険者として戦うより。」
「人の役に立つ道具を作りたい。」
老人は穏やかに笑った。
「ようやく自分で答えを見つけたな。」
アルフレッドは深く息を吸う。
貴族院で理論を学んだ。
模擬戦で科導を証明した。
冒険者として社会を見た。
そのすべてを経て、ようやく自分の進むべき道が見えてきた。
科導は、人を倒すための学問ではない。
人々の暮らしを豊かにするための学問なのだ。
その夜、彼は新しい設計図を描き始めた。
題名はまだ決まっていない。
だが最初に書いた一文だけは決まっていた。
> 「現場の困りごとから始める科導具開発計画」
それは、後に王国中へ広がる科導具産業の、記念すべき第一歩となる設計図だった。




