竜炎(後編)
青白い光がアルフレッドの腰元から静かに広がる。
水科導具が起動した。
魔石の内部に刻まれた術式が大気中の魔素を取り込み、真素へと変換していく。
アルフレッドは測定器から目を離さない。
炎竜を見るのではない。
魔素流を見る。
赤い針は一点を指していた。
胴体と首を結ぶ接続節。
膨大な魔素がそこへ集まり、頭部へ送られている。
レオンハルトは最後の一撃を放とうとしていた。
炎竜が口を開く。
高密度の火炎が収束を始める。
通常の火球とは比較にならない熱量。
教授席の防御結界が自動的に強化される。
「危険域です!」
術式管理を担当する教師が叫ぶ。
しかし審判は首を振った。
「制御下にある。」
「規定内だ。」
レオンハルトの制御は乱れていない。
限界ではあるが、暴走ではない。
アルフレッドは右手を前へ突き出した。
干渉結界はまだ発動しない。
先に起動したのは水科導だった。
青い術式が足元へ展開される。
空気中の魔素が魔石へ集まり、水が生成される。
それは掌ほどの量ではなかった。
研究を重ねた結果、魔石内部の蓄積容量を増やしていたのである。
生成された水は、胴ほどの球体となって宙へ浮かぶ。
観客席がざわめいた。
「水魔導ではない……。」
「詠唱がない。」
「魔力の流れも違う。」
教授たちは測定器へ目を向ける。
水科導は魔導とは異なる魔素の流れを示していた。
アルフレッドは続けて第二術式を起動する。
熱科導。
魔石内部で生成された熱が水球へ伝わる。
沸騰。蒸発。急激な体積膨張。
巨大な水球が一瞬で白い蒸気へ変わる。
轟音と共に大量の高温蒸気が噴き出した。
だが、それは炎竜へ向かって放たれたわけではない。
蒸気は炎竜の進路、その斜め前方へ放出される。
レオンハルトが眉をひそめた。
「外した?」
違う。
アルフレッドは狙っていた。
蒸気そのものではない。
急激な体積変化によって生じる圧力波を。
狭い範囲へ集中させた圧力変化が空気を震わせる。
その衝撃が、炎竜の接続節をわずかに揺らした。
ほんの一瞬。
魔素流が乱れる。
アルフレッドはその瞬間を待っていた。
「今だ!」
干渉結界が起動する。
透明な術式が接続節へ重なる。
熱を消すのではない。
炎を吹き飛ばすのでもない。
魔素を運ぶ流れへ干渉する。
術式の維持そのものを乱す。
レオンハルトの表情が変わった。
「しまっ……!」
遅かった。
接続節で魔素の流れが途切れる。
頭部への供給が止まる。
火炎が不安定になった。
炎竜は咆哮するように揺らぎ、その輪郭を保てなくなる。
胴体。首。頭部。
順番に崩壊していく。
巨大術式は自己修復を試みる。
しかし圧力波による乱れが残り、魔素流は再接続できない。
赤い巨体は光の粒となって空中へ消えていった。
演習場が静まり返る。
誰一人、声を出せない。
レオンハルトは静かに杖を下ろした。
魔力はまだ残っている。
戦えないわけではない。
しかし彼は理解していた。
今の術式は破られた。
偶然ではない。
理論によって。
解析によって。
研究によって。
「……参った。」
彼は苦笑しながら右手を上げた。
「降参だ。」
審判が宣言する。
「勝者――アルフレッド・フォン・アルヴェイン!」
歓声が演習場を包んだ。
しかし歓声以上に大きかったのは、困惑だった。
教授たちが席を立つ。
研究者たちがノートを手に駆け寄る。
学生たちもアルフレッドを取り囲んだ。
最初に口を開いたのは、王立魔導研究所の老教授だった。
「今の術式は何だ。」
「魔導ではないな。」
別の教授も続く。
「火魔導を打ち消したわけでもない。」
「術式を壊したのか?」
「いや、魔素流へ干渉していた……。」
議論が始まる。
誰も答えを知らない。
全員がアルフレッドを見る。
アルフレッドは静かにレオンハルトへ一礼した。
「ありがとうございました。」
レオンハルトも深く頭を下げる。
「勉強になった。」
二人は互いの健闘を称え合った。
そしてアルフレッドは観客席へ向き直る。
静かに息を吸い、はっきりと告げた。
「これは魔導ではありません。」
演習場は水を打ったように静まり返る。
「自然法則を参考に、魔導法則を組み合わせて構築した、新しい学問体系です。」
彼は続ける。
「魔導を否定するものではありません。」
「魔導をより深く理解し、より広く活用するための新しい理論です。」
一拍置き、力強く言い切った。
「その名は――科導です。」
その言葉は、その場にいた全員の胸へ刻まれた。
後に歴史書は、この日を「科導元年」と記すことになる。




