竜炎(中編)
炎竜は演習場を大きく旋回した。
尾を引くたび、赤い火の粉が舞う。
しかし、それはただの残り火ではない。
すべてが小さな火炎術式であり、本体へ魔素を送り返す補助術式だった。
アルフレッドは測定器の数値を追い続ける。
針は休むことなく揺れ続ける。
一本の術式ではない。
数十の術式が同時に動いている。
「複雑すぎる……。」
思わず漏らした。
炎竜が再び突進する。
アルフレッドは柱を盾にした。
轟音。
石柱が赤熱する。だが砕けない。
演習場は大規模魔導を想定した耐熱・耐衝撃術式が施されている。
その一瞬。
アルフレッドは気付いた。
柱へ触れた瞬間だけ。
炎竜の尾がわずかに遅れた。
ほんの〇・一秒にも満たない。
しかし確かに魔素流が乱れている。
「……遅延。」
彼は急いで記録する。
老人との研究で学んだことがある。
巨大な術式ほど、情報が全体へ伝わるまでわずかな時間差が生じる。
魔素も例外ではない。
術式全体を書き換えるには時間が必要なのだ。
「つまり。」
アルフレッドは息を整える。
「全部を同時には守れない。」
レオンハルトはその様子を見ていた。
――見つけたか。予想以上に早い。
炎竜の唯一の弱点。
巨大術式ゆえの伝達遅延。
それを見抜かれた。
「なら。」
レオンハルトは術式を変更する。
炎竜を一体で動かすのではない。
頭部。胴体。尾。
三つへ分割する。
それぞれ独立制御へ切り替えた。
魔力消費は増える。
しかし遅延は減る。
教授が驚く。
「術式を書き換えた!」
魔導騎士団の教官も目を見開いた。
「戦闘中に?」
学生には到底できる芸当ではない。
しかしレオンハルトは平然とやってのけた。
アルフレッドは測定器を見つめる。
「……速い。」
さっきまで存在した遅延が消えている。
代わりに魔力消費量が急増していた。
測定器へ表示される数値が跳ね上がる。
「そうか。」
思わず笑う。
「完全な対策じゃない。」
構造を単純化した代償として。
消費魔力が大きく増えた。
老人の言葉が頭をよぎる。
「万能な術式は存在しない。」
何かを得れば。
何かを失う。
それが設計というものだった。
アルフレッドは距離を取る。
攻めない。逃げる。炎竜は追う。
観客席から不満そうな声が上がる。
「逃げてばかりだ。」
だが教授は首を振る。
「違う。測っている。」
アルフレッドは走りながら記録を続ける。
十秒。
二十秒。
三十秒。
レオンハルトの呼吸が少しずつ荒くなる。
巨大術式の維持は想像以上に負担が大きい。
魔力量は多い。だが無限ではない。
レオンハルトもそれを理解していた。
「長引けば不利。」
アルフレッドは最初からそれを狙っている。
火属性魔導士は短期決戦を好む。
あの研究結果を逆に利用されている。
「なら。」
決めるしかない。
レオンハルトは炎竜へさらに魔力を注ぎ込んだ。
炎が一段と巨大になる。
演習場全体が赤く染まる。
観客席には防御結界が展開された。
教授たちも息を呑む。
「ここまで出力を上げるか……。」
アルフレッドは立ち止まった。
測定器を見る。
数値が急激に上昇している。
魔素流も。魔力消費も。
そして。
術式の接続部が、今までになくはっきり現れた。
出力を上げたことで。
魔素の流れが集中し始めたのだ。
「見えた。」
アルフレッドは静かに呟く。
「そこか。」
干渉結界を起動する。
しかし。まだ届かない。距離が遠い。
あと数歩。その数歩が命取りになる。
炎竜が大きく口を開いた。
膨大な熱量が一点へ集まり始める。
次の一撃は。
今までとは比べ物にならない。
アルフレッドは腰の青い科導具へ手を置いた。
水科導。
まだ一度しか使っていない。
だが。ここしかない。
「先生。」
小さく呟く。
「理論を。実証します。」
彼は静かに術式を起動した。




