竜炎(前編)
演習場の空気が変わった。
レオンハルトの周囲へ浮かぶ火球は、すでに十を超えている。
しかし、どれも攻撃には使われない。
一定の距離を保ちながら、空中へ規則正しく配置されていた。
アルフレッドは測定器へ目を落とす。
針が小刻みに震えている。
「共鳴……。」
思わず呟いた。
火球同士が魔素を交換している。
今までの火球は、それぞれ独立した術式だった。
だが今は違う。一つの巨大な術式として結び付き始めている。
観客席では教授たちがざわめいていた。
「連結術式か。」
「学生であれを?」
「侯爵家の秘伝だ。」
魔導騎士団の教官も腕を組む。
「あれは通常の火球とは別物だ。」
「一つ壊しても意味がない。」
「術式全体が補完する。」
エゼキエルは静かにその説明を聞いていた。
興味深い。
理論としては、自分たちが研究した「自己修復構造」とよく似ている。
ただし、あちらは術者自身が意図的に組み込んだものだった。
演習場中央。
レオンハルトが両手をゆっくり広げる。
火球同士を結ぶ赤い光が一本ずつ増えていく。
やがて。
頭部。胴体。四肢。尾。
炎が巨大な竜の輪郭を描いた。
歓声が上がる。
しかし教授の一人がすぐ訂正する。
「違う。」
「あれは竜ではない。」
「竜の形状を模した火炎術式だ。」
その通りだった。
生物ではない。
巨大な火炎術式群が一体となって動いているだけである。
だからこそ恐ろしい。一つ壊しても全体は止まらない。
レオンハルトが静かに言う。
「侯爵家伝承。炎竜連環式。」
巨大な火炎竜がゆっくり首をもたげる。
アルフレッドへ視線を向けたように見えた。
そして。一直線に突進する。
轟音。高熱。演習場全体が揺れる。
アルフレッドは柱の陰へ飛び込む。
炎竜は柱へ衝突した。爆発は起きない。
竜は柱を避けるように身体を曲げる。
まるで生きているようだった。
「自動補正。」
アルフレッドは理解する。
術者が細かく操作しているのではない。
術式同士が互いを補完し、自律的に軌道を修正している。
アルフレッドは測定器を見つめる。
数値が絶えず変化している。
魔素流が複雑すぎる。
普通の火球とは比較にならない。
干渉結界を使っても。どこへ当てればいいのか分からない。
「先生なら。」
心の中で考える。
「どう見る。」
その瞬間。
研究室でのある実験を思い出した。
火球を二つ融合させた時。
魔素構造は一度崩れ、すぐ再構築された。
ならば。この炎竜も同じではないか。
巨大に見えるが、本質は火球の集合体。
ならば必ず。
魔素を受け渡す接続部が存在する。
アルフレッドは攻撃を避けながら測定器を操作する。
見るべきは火炎ではない。
魔素流。一本一本の流れ。
赤い針が激しく揺れる。
火球AからB。BからC。Cから頭部。
複数の流れが見えてきた。
「やはり。節がある。」
川にも合流点があるように。
この巨大術式にも魔素が集中する場所が存在していた。
そこへ干渉すれば術式全体へ影響が及ぶ可能性がある。
レオンハルトもアルフレッドの様子に気付いた。
「見ている。」
測定器ばかり見ている。
炎そのものではない。術式を解析している。
レオンハルトは思わず笑った。
普通の魔導士なら炎を見る。
この男だけは違う。
魔導そのものを見ている。
だからこそ危険だった。
「なら。」
レオンハルトは魔力をさらに流し込む。
炎竜の内部構造を書き換える。
魔素流を変化させる。
接続部を移動させる。
解析される前に構造そのものを変えるつもりだった。
アルフレッドは眉をひそめる。
「動いた。」
節が消える。別の場所へ現れる。
測定器が追いつかない。
「構造を変えている。」
相手も研究している。
自分が解析することまで予想していた。
アルフレッドは深く息を吐いた。
「面白い。」
ここまで来ると。
もはや魔導戦ではない。
互いの理論をぶつけ合う研究発表だった。
観客席では誰も声を出さない。
学生も教授も、目の前で起きている戦いに見入っていた。
魔力の量ではない。
知識と理解。観察と改良。
それが勝敗を左右している。
アルフレッドは測定器を握り直した。
「一度では駄目なら。何度でも測る。」
研究とは、一回の観測で終わるものではない。
何度も測定し、仮説を修正し続ける営みなのだから。




