静かな挑戦者(後編)
模擬戦の日程が正式に決まった。
十日後。
王立貴族院第一演習場。
公開実験と同じ場所である。
ただし今回は研究発表ではない。
演習規定に基づく学生同士の模擬戦だった。
勝敗は記録される。
しかし最も重視されるのは戦術と魔導運用であり、危険な攻撃は禁止されている。
その知らせは瞬く間に学院中へ広がった。
火魔導の名手レオンハルト・フォン・ヴァイス。
対するは、「科導」を提唱したアルフレッド・フォン・アルヴェイン。
「どちらが勝つ?」
「火魔導は本当に無力化できるのか?」
学生たちの関心は日に日に高まっていった。
一方で、アルフレッドは噂話には興味を示さなかった。
彼は研究室の机に向かい、これまで集めた戦闘記録を整理していた。
火属性魔導士の戦闘パターン。
距離の取り方。魔力消費。移動速度。連携。
魔導の詠唱時間。
すべてを数値化し、比較していく。
エゼキエルはその様子を眺めながら口を開いた。
「何が見えた。」
アルフレッドは一枚の紙を差し出した。
「共通点があります。」
「ほう。火属性魔導士は。」
「攻撃開始から三十秒以内に勝負を決めようとする傾向があります。」
老人は紙を見る。確かにその通りだった。
強力な火魔導は魔力消費が大きい。
長期戦になるほど不利になる。
「つまり。」
老人が言う。
「相手は短期決戦を望む。」
「はい。」
アルフレッドは頷いた。
「なら私は。長期戦へ持ち込みます。」
老人は満足そうに笑う。
「良い。相手の土俵へ上がるな。」
翌日。
アルフレッドは一人で第一演習場を訪れた。
試合の下見である。観客席は空。
静まり返った演習場を歩きながら、彼は距離を測る。
壁まで十二歩。中央柱まで十八歩。
高低差、視界、足場の材質。
すべてを記録する。
そこへ、一人の人物が現れた。
レオンハルトだった。
「考えることは同じか。」
アルフレッドは軽く会釈する。
「下見です。」
「私もだ。」
二人はしばらく無言で演習場を歩く。
敵同士。それでも奇妙な敵意はなかった。
やがてレオンハルトが立ち止まる。
「一つ聞いていいか。」
「どうぞ。」
「なぜそこまで研究にこだわる。」
アルフレッドは少し考えてから答えた。
「魔力がないからです。」
レオンハルトは黙って続きを待つ。
「私は魔導そのものでは勝てません。」
「だから勝てる方法を考えるしかなかった。」
その答えを聞き、レオンハルトは静かに笑った。
「私は逆だ。魔力に恵まれた。」
「だから。その力をどう使えば最も効率が良いかを考え続けてきた。」
二人は顔を見合わせる。
出発点は違う。だが、目指してきたものは似ていた。
「なら。」
レオンハルトが右手を差し出した。
「良い試合にしよう。」
アルフレッドも右手を差し出す。
「はい。」
二人は固く握手を交わした。
その様子を遠くから見ていた取り巻きたちは驚きを隠せなかった。
敵対する者同士が、互いを侮るどころか敬意を払っている。
それは貴族院では珍しい光景だった。
試合前日。
研究室。アルフレッドは最後の科導具を調整していた。
干渉結界発生器。測定器。魔素流量計。
どれも何度も点検を繰り返す。
エゼキエルはその様子を静かに見守っていた。
「先生。」
「何だ。」
「勝てるでしょうか。」
老人は少し笑った。
「分からん。」
アルフレッドも笑う。
「ですよね。」
「だが。」
老人は真剣な表情になる。
「一つだけ言える。」
「何でしょう。」
「明日勝つ者は。魔力が多い者ではない。」
老人はアルフレッドの胸を軽く叩いた。
「最も多く考えた者だ。」
アルフレッドは静かに頷いた。
研究。観察。分析。改良。失敗。
積み重ねてきたものすべてを、明日の一戦で試す。
それは力比べではない。
知識と戦術の証明だった。
夜更け。研究室の灯りが消える。
翌朝、王立貴族院第一演習場には、この年最大の観衆が集まることになる。
そして、その模擬戦は後に魔導史の教科書で「科導実戦証明試験」と呼ばれる歴史的な一戦として語り継がれるのであった。




