静かな挑戦者(中編)
レオンハルトとの模擬戦が決まってから一か月。
アルフレッドは干渉結界の改良を進める一方で、貴族院の演習場へ足繁く通うようになった。
だが、その目的は魔導の訓練ではない。観察だった。
演習場の観客席。
アルフレッドは一冊のノートを膝へ置き、学生たちの試合を黙々と記録していた。
「また見学か。」
顔見知りになった教師が苦笑する。
「実戦練習はしないのか。」
「もちろんします。」
アルフレッドは笑顔で答える。
「ですが。」まずは負け方を学びたいので。」
教師は少し驚いた顔をした。
「負け方?」
「はい。どこで勝敗が決まるのか知りたいのです。」
教師は興味深そうに頷き、そのまま試合へ視線を戻した。
アルフレッドは一つひとつの試合を書き留める。
開始距離。初動。使用した属性。移動経路。勝敗。決め手。魔力消費。
試合後には教師へ質問し、戦術上の意図も確認する。
一週間。
二週間。
一か月。
ノートは三冊目へ入っていた。
研究室。
アルフレッドは集めた記録を机いっぱいへ広げる。
「先生。」
「何だ。」
「面白いことが分かりました。」
エゼキエルは紙を覗き込む。
そこには試合の勝敗が表になっていた。
「魔力量と勝率です。」
「ほう。」
「意外な結果でした。」
アルフレッドは数字を指差す。
「魔力量が最も多い学生が、一番勝っているわけではありません。」
老人は頷く。
「当然だ。」
「え?」
「強いだけで勝てるなら。軍師はいらん。」
アルフレッドは苦笑しながら続ける。
「勝率が高い学生は。」
「平均して魔力を三割ほど残しています。」
老人は目を細めた。
「無駄撃ちが少ない。」
「はい。」
「逆に負ける学生ほど。開始直後に大技を使っています。」
老人は机へ丸を描く。
「戦いも研究と同じだ。」
「資源管理。限られた魔力をどう配分するか。」
アルフレッドはその言葉を聞きながら、新しい表を書き始めた。
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戦術分析
・魔力量より消費効率が重要
・相手を動かすことで魔力消費を誘発できる
・障害物利用時は命中率が三割以上低下
・連続詠唱時は注意力が低下しやすい
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その頃。
レオンハルトもまた、自分の研究を進めていた。
侯爵家の専用演習場。
彼は公開実験の記録を何度も見返している。
「干渉結界。」
小さく呟く。
「真正面から近付いてきた。」
取り巻きの一人が言う。
「なら近付かせなければ勝てます。」
レオンハルトは首を横に振った。
「甘い。相手は研究者だ。必ず方法を変えてくる。」
彼は火球をいくつも空中へ浮かべた。
一つではない。
三つ。五つ。八つ。
異なる位置へ配置する。
「同時攻撃。距離を保ったまま戦う。」
「近付けない。」
取り巻きたちは感心する。
しかしレオンハルトは満足していなかった。
「いや。まだ足りない。」
彼は火球を消し、新しい術式を書き始める。
「拘束術式も組み合わせる。」
「足を止める。干渉結界を張る時間を与えない。」
一方その頃。
アルフレッドもまた、同じ結論へ辿り着いていた。
「先生。」
「相手は。近付かせない戦い方をします。」
老人は頷く。
「当然だ。なら近付く必要をなくせばいい。」
アルフレッドは驚く。
「え?干渉結界を。飛ばせませんか。」
老人は首を横に振る。
「今は無理だ。距離が伸びれば。」
「魔素構造が維持できない。」
アルフレッドは考え込む。
飛ばせない。近付けない。
なら、彼は演習場の地図を取り出した。
「……地形。」
壁。柱。段差。遮蔽物。
彼は赤い線を書き始めた。
一直線ではない。建物を回り込み。
柱を盾にし。相手の視界を切りながら接近する経路。
老人はその図を見て笑った。
「ようやく。魔導士ではなく。」
「戦術家になってきた。」
アルフレッドは少し照れくさそうに笑う。
「勝つためではありません。」
「研究を証明するためです。」
老人は静かに頷いた。
「それでいい。勝利は目的ではない。」
「結果だ。」
その夜。
二人は演習場の模型を囲みながら、何十通りもの接近経路を検討し続けた。
それは魔導の訓練ではない。戦術の研究だった。
そして同じ頃。
レオンハルトもまた、干渉結界を破る戦術を完成させようとしていた。
互いに相手を研究する。互いに仮説を立てる。
勝敗は魔力量ではなく、研究の深さで決まろうとしていた。




