静かな挑戦者(前編)
公開実験から三日後。
アルフレッドの名は、王立貴族院中に知れ渡っていた。
「火魔導を消した男。」
「魔導の常識を覆そうとする研究者。」
「偏屈な老賢者の弟子。」
様々な呼び名が飛び交っていたが、そのどれも正確ではなかった。
アルフレッド自身は、英雄になったつもりなどなかった。
理論を一つ証明できただけ。
研究はまだ始まったばかりだと考えていた。
しかし、周囲はそう見てはいなかった。
講義が終わり、中庭を歩いていると、一人の青年が前へ立ち塞がった。
整った身なり。胸元には侯爵家の紋章。
周囲には数人の取り巻きが控えている。
「アルフレッド・フォン・アルヴェイン。」
青年は穏やかな笑みを浮かべた。
「公開実験は見事だった。」
アルフレッドは軽く一礼する。
「ありがとうございます。」
「私はレオンハルト・フォン・ヴァイスだ。」
侯爵家の嫡男。
貴族院でも屈指の実力を持つ火属性魔導士であり、在学中に王国魔導騎士団への推薦が内定している秀才だった。
レオンハルトはアルフレッドを興味深そうに見つめる。
「一つ聞きたい。」
「何でしょう。」
「あの術式。本当に火魔導を無力化できるのか。」
「条件付きです。」
アルフレッドは即答した。
「術式の構造を解析できれば可能です。」
「万能ではありません。まだ研究段階です。」
その答えに、レオンハルトは口元を緩めた。
「なるほど。誇張はしないか。」
そこで会話は終わるかに思われた。
しかし、その後ろから取り巻きの一人が口を挟む。
「ですが、公爵令息。公開実験では教師の魔導でした。」
「本当に学生相手でも通用するのですか。」
アルフレッドは少し考えた。
「分かりません。まだ試していませんので。」
その率直な答えに、取り巻きたちは笑った。
「つまり理論だけということですね。」
「実戦では役に立たない。」
「研究者らしい。」
アルフレッドは反論しなかった。
実戦経験が乏しいのは事実だからだ。
その様子を見ていたレオンハルトが、静かに取り巻きを制した。
「やめろ。研究成果を笑うな。」
「まだ証明されていないだけだ。」
取り巻きたちは口を閉じる。
レオンハルトは再びアルフレッドを見る。
「私は興味がある。理論が正しいなら。」
「実戦でも通用するはずだ。」
アルフレッドは頷いた。
「私もそう考えています。」
「なら。」
レオンハルトは静かに言う。
「互いに準備を整えた頃。一度、演習で試そう。」
正式な決闘ではない。
貴族院の演習規定に基づく模擬戦。
研究成果の検証を目的とした試合である。
「分かりました。」
アルフレッドは迷わず承諾した。
「ただし。今ではありません。」
「術式が未完成です。」
「こちらも同じだ。」
レオンハルトは微笑む。
「私も、お前の理論を研究してから挑む。」
その日の夕方。
アルフレッドは研究室へ戻ると、エゼキエルへ一部始終を話した。
老人は静かに聞き終える。
「どう思いますか。」
「良い相手だ。」
「え?」
「お前を侮らず。研究対象として見ている。」
「敵としては厄介だ。」
アルフレッドは苦笑する。
「勝てるでしょうか。」
老人は即答しなかった。
暖炉へ薪をくべながら静かに言う。
「火魔導を消せる。それだけでは勝てん。」
「はい。」
「相手も考える。対策もする。同じ術は二度通じない。」
アルフレッドは真剣な表情になった。
確かにその通りだった。
公開実験を見た以上、相手も干渉結界を警戒する。
火魔導だけに頼る相手ではない。
ならば、自分も新しい戦術を考えなければならない。
老人は机の上へ王都周辺の地図を広げた。
「魔導だけ研究するな。戦場も研究しろ。」
アルフレッドは地図を見る。
「地形ですか。」
「ああ。」
「障害物。風向き。足場。視界。」
「全部武器になる。」
老人は一本の線を引く。
「強い者は魔導を鍛える。」
「賢い者は戦場を使う。」
その言葉を聞いたアルフレッドは、新しいノートを取り出した。
表紙へ静かに書く。
戦術研究録
理論だけでは勝てない。
戦術だけでも勝てない。
両方を積み重ねて初めて、自分は魔導士たちと渡り合える。
そう確信したのである。




