貴族院公開実験(中編)
演習場には重苦しい空気が流れていた。
干渉結界の初実験は失敗。
科導具は暴走し、火花を散らして停止した。
観客席では、失望とも嘲笑ともつかない声が漏れ始める。
「結局、机上の空論か。」
「だから魔導は理論だけでは扱えんのだ。」
「公爵家の坊ちゃんの道楽だろう。」
しかし、アルフレッドはその声に耳を貸さなかった。
彼の視線は、壊れた科導具と測定器の記録だけを追っていた。
エゼキエルは司会役の教授へ歩み寄る。
「実験を中断し、測定結果を確認したい。」
教授は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「十分間の中断を認めます。」
公開実験では、失敗後の解析も実験の一部として認められている。
むしろ、その場で原因を分析できるかどうかも研究者の力量だった。
二人は演習場の隅へ移動し、壊れた科導具を分解する。
魔石には異常はない。
術式板も焼損していない。
破損していたのは、補助術式を刻んだ細い魔経路だけだった。
アルフレッドは眉を寄せる。
「……やはり。」
「術式そのものではありません。」
エゼキエルが尋ねる。
「何だ。」
「干渉術式は正常に動いていました。」
「問題は。」
壊れた術式板を指差す。
「干渉を受けた火魔導が、逆にこちらへ影響を返しています。」
老人は目を細める。
「反作用か。」
「はい。」
「こちらが魔素構造を乱そうとした結果、その揺らぎが術式へ戻ってきています。」
アルフレッドは紙へ簡単な図を描いた。
干渉結界。火魔導。
その間を矢印が往復している。
「一方通行だと思っていました。」
「ですが実際には。互いに影響し合っています。」
老人はその図を見て頷いた。
「ならば。戻ってくる揺らぎを逃がせばいい。」
アルフレッドは顔を上げた。
「逃がす……。」
老人は地面へ杖で円を描く。
「水路を思い浮かべろ。」
「川を堰き止めれば溢れる。」
「だが。逃げ道があれば流れる。」
アルフレッドは一瞬考え込む。
そして勢いよく設計図を書き始めた。
「補助術式を追加します。」
「干渉を打ち消すのではありません。」
「余分な揺らぎだけを外へ流す。」
老人は笑う。
「それがお前の理論だ。」
十分後。
二人は教授の前へ戻った。
アルフレッドは頭を下げる。
「術式を一部修正したいと思います。」
観客席がざわついた。
「今から直すのか。」
「その場で?」
教授は腕を組む。
「理由を説明してください。」
アルフレッドは測定結果を全員へ示した。
暴走前後の数値。
出力変化。
魔素の揺らぎ。
そして破損箇所。
「干渉結界そのものは作動していました。」
「しかし、火魔導から返ってきた魔素の揺らぎを処理できませんでした。」
「そのため術式が過負荷となり停止しました。」
老学者の一人が手を挙げる。
「質問。」
「どうぞ。」
「君は、その揺らぎが本当に火魔導から返ったものだと証明できるのか。」
アルフレッドは迷わなかった。
「現時点では断定できません。」
会場が静かになる。
「ですが。火魔導を用いない同一実験では発生していません。」
「火魔導を停止した瞬間に揺らぎも消えています。」
「したがって。現時点で最も妥当な仮説です。」
老学者はしばらく黙っていた。
やがて静かに頷く。
「……良い答えだ。証明できないことを証明したとは言わない。」
「研究者として正しい。」
アルフレッドは深く一礼した。
エゼキエルはその様子を見ながら、小さく笑う。
もう、自分が口を出す必要はほとんどない。
青年は自分の力で研究者になり始めていた。
修正は三十分で終わった。
追加したのは、ごく小さな補助術式。
目的は火魔導を弱めることではない。
科導具自身を守るための「逃がし」の仕組みだった。
アルフレッドは修正版を両手で持ち上げる。
「再実験をお願いします。」
教授は静かに頷く。
「認めます。」
再び演習場の中央へ火球が生み出される。
今度こそ理論が試される時だった。




