貴族院公開実験(前編)
王立貴族院には、研究成果を公開し検証するための制度があった。
「公開実験」。
新しい魔導理論や魔導具を発表する者は、演習場で実際に実験を行い、その結果を学者や魔導士の前で示さなければならない。
成功しても終わりではない。実験方法、測定方法、再現性まで問われる。
権威ある学者ほど容赦がなかった。
アルフレッドにとっては初めての公開実験だった。
朝早く、演習場には既に多くの見学者が集まっていた。
魔導学科の学生。教師。
王立魔導研究所の研究員。
そして王国を代表する老学者たち。
誰もが、「偏屈な老賢者が変わった研究を始めた」という噂を聞きつけて来ていた。
演習場の中央では、エゼキエルが淡々と準備を進めている。
アルフレッドは測定器を設置し、記録用の机を整えていた。
「緊張しているか。」
老人が尋ねる。
アルフレッドは少し笑う。
「少しだけです。」
「良い。」
「緊張しない研究者は危険だ。」
老人は真顔で続けた。
「だが。」
「緊張で事実を曲げる研究者はもっと危険だ。」
アルフレッドは深く頷いた。
今日の目的は勝つことではない。
理論が正しいかどうかを確かめることだ。
結果が失敗でも、それは研究成果になる。
開始の鐘が鳴る。
司会役の教授が前へ出た。
「本日の公開実験は、エゼキエル・グランツ殿、およびアルフレッド・フォン・アルヴェイン殿による共同研究です。」
会場がざわめく。
公爵家の嫡男。しかも魔導が使えないことで有名な青年。
そんな人物が研究発表をすること自体、珍しかった。
教授が続ける。
「発表内容は、新たな魔導理論、および火属性魔導への干渉実験。」
観客席の一角から失笑が漏れた。
「火魔導を消す?」
「水魔導なら誰でもできる。」
「何を今さら。」
アルフレッドは気にしなかった。予想していた反応だった。
エゼキエルが一歩前へ出る。
「最初に断っておく。」
老人の声は静かだったが、演習場によく響いた。
「本実験は、新しい理論の検証である。」
「成功を保証するものではない。」
「失敗した場合も、その結果を含めて公開する。」
ざわめきが少し収まる。
老学者の一人が頷いていた。
研究者として正しい態度だったからだ。
◇最初の実験は比較試験だった。
火球を一つ作る。それに普通の水魔導を当てる。
火球は消える。
「従来法です。」
アルフレッドが説明する。
「水による冷却と魔素拡散によって火魔導は消滅します。」
これは誰もが知る方法だった。
次に風魔導。火球は揺れるが消えない。
土属性も同様。
ここまでは教科書通りである。
教授が頷く。
「異論ありません。」
アルフレッドは測定器を確認した。
全員へ数値を公開する。隠し事はしない。
これも研究の基本だった。
「次が本実験です。」
演習場が静まり返る。
エゼキエルが通常より一回り大きな火球を作り出した。
直径一メートルほど。
演習用としては十分な規模である。
アルフレッドは腰へ取り付けた試作科導具を起動した。
淡い光が魔石から広がる。それが干渉結界の発生装置だった。
観客席から小さな笑い声が聞こえる。
「光っているだけではないか。」
「何も起きん。」
アルフレッドは構わず術式を起動した。
火球へ近付く。
十歩。
五歩。
三歩。
測定器が反応する。
魔素場が揺らぎ始めた。
アルフレッドは息を呑む。
――いける。
そう思った瞬間。
バチッ!
甲高い音が響いた。
科導具から火花が散る。
干渉結界が消えた。
火球は何事もなかったように燃え続けている。
会場がざわついた。
「失敗か。」
「やはり無理だった。」
アルフレッドは壊れた科導具を見つめた。
悔しさはあった。だが、取り乱さなかった。
老人が静かに尋ねる。
「何が起きた。」
アルフレッドはすぐに測定器を確認する。
数値を追う。
火花が散る直前、干渉結界の出力が急激に上昇していた。
「……暴走です。」
「原因は。」
「火魔導ではありません。」
「干渉術式が自分自身へ共鳴しています。」
老人は満足そうに頷いた。
「では。」
「理論は。」
アルフレッドは力強く答える。
「まだ否定されていません。」
「壊れたのは科導具です。」
「仮説ではありません。」
その言葉を聞き、先ほど笑っていた老学者の一人が静かに腕を組んだ。
失敗を隠さず、原因を切り分けている。
少なくとも、この若者は感情ではなく、実験で話をしている。
演習場の空気が少しだけ変わり始めていた。




