火炎魔導の謎(後編)
「魔素構造を乱せば火魔導は消える。」
その仮説を書き留めてから一週間。
アルフレッドとエゼキエルは、その証明方法を考え続けていた。
しかし、大きな壁に突き当たる。
魔素構造は見えない。
魔力視で揺らぎは観測できる。
だが、術式がどのような形で魔素を保持しているのかまでは分からない。
「先生。」
アルフレッドは何枚目になるか分からない設計図を丸めた。
「壊し方が分かりません。」
「壊すことばかり考えるな。」
老人は穏やかに答えた。
「まず、何が安定させているかを調べろ。」
「……安定。」
アルフレッドはその言葉を反芻する。
火魔導が消えるということは、何らかの均衡が崩れるということだ。
ならば、最初からその均衡を調べればいい。
二人は新しい実験を始めた。
火球を一つ発生させる。
そこへ極めて弱い風魔導を当てる。
何も起こらない。
次は水魔導。
火球は少し小さくなるが、すぐに元へ戻る。
今度は土属性の微細な魔素を近付ける。
やはり変化はない。
アルフレッドは眉をひそめる。
「属性同士はほとんど干渉しません。」
「そう見えるな。」
老人は火球をじっと見つめていた。
「では逆に。火同士なら。」
二つ目の火球を発生させる。
ゆっくり近付ける。
火球同士が接触した瞬間、一つへ融合した。
しかし、その直前。
測定器の針が激しく振れた。
「先生!」
「見えたか。」
アルフレッドは急いで記録を確認する。
融合する瞬間だけ、火球の周囲の魔素構造が大きく乱れていた。
だが、一瞬後には再び安定する。
老人は静かに言う。
「構造は壊れた。」
「しかし。」
「すぐ組み直された。」
アルフレッドは紙へ図を書く。
火球A。火球B。接触。構造崩壊。再構築。
「……自己修復。」
思わず口から漏れた。
老人は頷く。
「その可能性はある。」
「火魔導は。崩れても、自分で構造を立て直している。」
アルフレッドは立ち上がる。
「なら!修復できないほど速く乱せば。」
「維持できなくなります。」
老人は静かに笑った。
「ようやく見えてきたな。」
その日の夕方。
二人は研究室の黒板を埋め尽くすほどの図を書いていた。
火魔導。
魔素流。
維持構造。
自己修復。
干渉。
どれもまだ仮説である。
しかし、一つだけ確かな方向性が見えていた。
アルフレッドは新しい術式を書き始める。
攻撃術式ではない。
防御術式でもない。
魔素そのものへ、ごく弱い揺らぎを与える術式。
老人が図を見ながら尋ねる。
「これは。」
「魔素へ命令しません。」
アルフレッドは説明する。
「火を消そうともしません。」
「ただ。」
「火魔導を維持している魔素構造へ、小さな乱れを与え続けます。」
「つまり。」
老人が言葉を継ぐ。
「火を攻撃するのではなく。」
「火が立っている足場を揺らす。」
「はい。」
アルフレッドは頷く。
「もし仮説が正しければ。」
「維持構造は再構築を繰り返します。」
「その負荷が限界を超えれば。」
「火魔導は維持できなくなるはずです。」
老人はしばらく図面を眺めていた。
やがて静かに言う。
「面白い。」
「だが。これではまだ理論だ。」
「実験しましょう。」
アルフレッドは迷いなく答えた。老人も頷く。
「次は。」
「貴族院の演習場を借りる。」
「演習場?」
「ここでは危険だ。」
「本物の火魔導を使う。」
アルフレッドは息を呑んだ。
これまでの実験は、小規模な火球だけだった。
次は実戦用の火魔導を相手にする。
成功すれば理論は証明される。
失敗すれば、研究そのものが否定されるかもしれない。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
あるのは研究者としての好奇心だけだった。
その夜、理論ノートには新たな項目が加えられた。
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干渉結界理論(試案)
目的:火魔導の維持構造を直接乱す。
原理:熱ではなく、魔素構造へ微弱な干渉を与え続ける。
予測:維持構造が自己修復限界を超えた時点で火魔導は崩壊する。
※未実証。
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アルフレッドは最後に羽ペンを置き、静かに呟いた。
「理論はできました。」
老人も静かに答える。
「ならば。明日は証明する日だ。」
二人は研究室の灯りを消した。
まだ誰も知らない。
翌日の実験が、魔導防御の歴史を塗り替える最初の一歩となることを。




