火炎魔導の謎(中編)
火魔導だけが科導灯へ干渉する。
その事実が判明してから、研究はさらに慎重になった。
二人はすぐに結論を出そうとはしなかった。
アルフレッドは研究日誌の最初のページへ、太い文字でこう書き加える。
> 仮説は証拠ではない。
>
> 一致は因果を証明しない。
その文字を見たエゼキエルは、満足そうに頷いた。
「良い。ようやく研究者らしくなった。」
まず二人は、「火」という先入観を捨てることから始めた。
火魔導だけが特別なのか。
それとも、すべての魔導が同じ性質を持つのか。
それを調べなければならない。
実験台の上には四つの術式が並ぶ。
火属性。水属性。風属性。土属性。
王国で一般的に使われる基本四属性である。
アルフレッドは試作第二号の科導灯を中央へ置き、測定器を周囲へ配置した。
「火属性、開始します。」
小さな火球が生まれる。
測定器の針がわずかに揺れる。
数値を記録する。
続いて水属性。
掌の上へ水球が浮かぶ。
今度は火とは異なる揺らぎが現れた。
「……反応しています。」
老人は記録を見る。
「火ほどではない。」
「ですが確かに。」
次は風属性。
空気が静かに渦を巻く。
やはり反応する。
土属性でも同様だった。
夕方まで実験を繰り返し、二人は机いっぱいに記録を並べた。
アルフレッドは一枚一枚を見比べる。
「先生。」
「何だ。」
「火だけではありません。」
「全部あります。」
「そうだ。」
老人は頷く。
「違うのは反応の仕方だ。」
アルフレッドは紙へ図を書き始めた。
火属性は激しく揺らぐ。
水属性は緩やかだ。
風属性は周期的な変動がある。
土属性は変化が少ない。
「つまり。」
彼は静かに言う。
「属性ごとに魔素構造が違います。」
「その可能性は高い。」
老人はすぐに肯定しなかった。
「可能性だ。まだ断定はできん。」
「はい。」
アルフレッドは頷く。
この数か月で身についた癖だった。
証明できるまでは、結論を書かない。
その日の夜。
研究室には珍しく沈黙が続いていた。
エゼキエルは暖炉を見つめながら、ぽつりと口を開く。
「前の世界では。」
「はい。」
「炎は燃料と酸素、それに十分な熱があれば燃え続ける。」
アルフレッドは興味深そうに耳を傾ける。
「燃焼という現象だ。」
「しかし。」
老人は暖炉の火を見つめる。
「この世界の火魔導は違う。」
「魔力供給が止まれば。」
「燃料が残っていても消える。」
「以前の実験ですね。」
「ああ。」
アルフレッドは思い返す。
火球は魔力場が崩れた瞬間に消えた。
薪へ燃え移る前なら、一瞬で消滅する。
「つまり。」
老人は木炭を一本取り出した。
「普通の火と火魔導は。」
「同じではない。」
「見た目が似ているだけだ。」
アルフレッドはゆっくり頷いた。
「先生。」
「一つ思ったことがあります。」
「言ってみろ。」
「火魔導は。」
「火を作る術式ではありません。」
「ほう。」
「高温状態を維持する術式なのではありませんか。」
老人は目を細めた。
「続けろ。」
「普通の燃焼なら。」
「燃料がなくなれば終わります。」
「ですが火魔導は。」
「魔素構造そのものが高温状態を維持しています。」
「だから魔力場が壊れると。」
「高温状態そのものが維持できなくなる。」
研究室が静まり返る。
老人はしばらく黙ったまま、暖炉の火を見つめていた。
やがて静かに口を開く。
「面白い。」
「非常に面白い仮説だ。」
「だが。」
「証明方法を考えろ。」
アルフレッドは苦笑した。
「そこが一番難しいですね。」
老人も笑う。
「だから研究は面白い。」
仮説は立てられる。
だが、それを証明する方法を考える方が、何倍も難しい。
その夜、アルフレッドは理論ノートへ新しい項目を書き加えた。
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火属性魔導仮説(二)
・火魔導は通常の燃焼現象とは異なる。
・魔素構造が高温状態を維持している可能性がある。
・魔素構造を直接乱せば、火魔導のみを消滅させられる可能性がある。
※現時点では未証明。
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この最後の一文が、数か月後、王国中を驚かせる一つの術式へとつながっていく。




