火炎魔導の謎(前編)
試作第二号の科導灯が完成してから二週間。
アルフレッドとエゼキエルは、照明そのものではなく、その周囲の魔素の流れを調べ続けていた。
新しい道具を作れば、それで終わりではない。
どのような条件で性能が変化するのか。理論と実際の差を埋めることこそ、研究者の仕事だった。
その日も二人は研究室で測定器を囲んでいた。
試作第二号の科導灯は机の中央に置かれ、安定した白い光を放っている。
魔素濃度測定器は一定の値を示し、流量もほとんど変化していない。
「ここまでは予想通りですね。」
アルフレッドが記録を書き込む。
エゼキエルは腕を組み、静かに頷いた。
「では次だ。」
「次?」
「熱を加える。」
老人は暖炉から鉄の棒を取り出した。赤熱するほどではないが、かなり熱い。
その棒を科導灯へ近付ける。光は変わらない。魔素流量も変化しない。
「熱には影響されません。」
「予想通りだ。」
今度は冷水へ浸した金属板を近付ける。こちらも変化はない。
アルフレッドは記録する。
温度変化は魔素循環へ大きな影響を与えない。
老人は次の道具を持ち上げた。
「ではこれは。」
手の中には、小さな火球が浮かんでいた。
貴族院で教えられる最も基本的な火魔導。
「火魔導ですか。」
「ああ。」
「近付ける。」
老人は火球をゆっくり科導灯へ寄せる。
その瞬間だった。
測定器の針が大きく振れた。
「先生!」
「見ている。」
アルフレッドは慌てて別の測定器も確認する。
魔素流量が急激に乱れている。
しかし光は消えない。
術式も崩れない。
乱れたのは火球の方だった。
炎が一瞬揺らぎ、元へ戻る。
老人は火球を遠ざけた。
測定器はすぐ元の数値へ戻る。
研究室に静寂が流れた。
アルフレッドは何度も記録を見返す。
「……火だけです。」
「熱ではありません。」
「火魔導だけが反応しています。」
老人は頷いた。
「つまり。」
アルフレッドは深く息を吸う。
「火魔導は。」
「熱そのものではありません。」
「魔素場を伴っています。」
老人は何も答えない。
代わりに黒板へ大きく円を書いた。
その中心に「火」。外側に「魔素場」と記す。
「これはまだ仮説だ。」
「はい。」
「だが。」
アルフレッドは続ける。
「普通の火では起きない現象です。」
「魔導だけが干渉しています。」
老人は小さく笑った。
「良い。」
「仮説を急いで結論にしない。その姿勢を忘れるな。」
翌日。
二人は比較実験を始めた。
普通の薪を燃やした炎。火打石で起こした炎。油を燃やした炎。
そして火魔導。
同じ測定器で比較する。
結果は明確だった。
普通の炎では魔素の乱れは起きない。
火魔導だけが測定器へ反応する。
アルフレッドは紙へ表を書いた。
|現象|魔素場の変化|
|--------
|木材燃焼|なし|
|油火災 |なし|
|火魔導 |大きい|
彼は腕を組み、長い間考え込んだ。
「先生。」
「何だ。」
「火魔導は。普通の燃焼へ。
「何か別の現象が重なっています。」
老人は頷く。
「その可能性は高い。」
「だが。何が重なっている。」
それが分からない。
二人は再び実験を始める。
火球の大きさを変える。魔力量を変える。術式を変える。属性を変える。
三日間。百回以上の測定を繰り返した。
その結果、一つだけ確かなことが分かった。
火魔導は魔素による構造を失うと、瞬時に消滅する。
これは以前から知られていた事実だった。
しかし今は意味が違う。
火が消えるのではない。
魔素構造が崩れた結果、火が維持できなくなるのである。
アルフレッドはその夜、研究日誌へこう記した。
> 火魔導は燃焼現象ではなく、魔素構造によって維持される高温現象である可能性が高い。
>
> この構造を破壊できれば、水を使わず火魔導を無力化できる可能性がある。
その一文は、後に王国魔導史において「干渉結界理論」の出発点として引用されることになる。
しかし、この時点ではまだ仮説にすぎない。
それを証明するには、さらに多くの実験が必要だった。




