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最初の科導具(後編)

試作第一号が失敗してから十日。

研究室の机には、新旧二種類の設計図が並べられていた。

アルフレッドは壊れた魔石を何度も見比べながら考え込んでいる。


「先生。」


「何だ。」


「調整術式を速くするだけでは駄目かもしれません。」


エゼキエルは黙って続きを促した。


「前回は供給量が急激に変化したことで、調整術式が追いつきませんでした。」


「ならば術式を速くする?」


「それも方法です。」


アルフレッドは首を横に振る。


「ですが、それでは別の問題が起きます。」


「どんな。」


「今度は反応しすぎます。」


彼は羊皮紙に簡単な図を書いた。

魔素の流量が少し増える。

調整術式が慌てて絞る。

今度は足りなくなる。

術式がまた開く。

その繰り返し。


「振動します。」

「流量が安定しません。」


老人は図を見て小さく笑った。


「なるほど。」

「反応が速ければ良いわけではないか。」


「はい。」


アルフレッドはさらに線を書き加える。


「必要なのは。一定に保つことです。」


「……制御か。」


老人は静かに呟いた。

その言葉を聞いたアルフレッドは顔を上げる。


「制御。そうです。」

「流量を増やすのではない。」

「減らすのでもない。」

「常に一定へ戻す。」


老人は椅子にもたれ、目を閉じた。

前世で学んだ制御工学。

だが、その理論をそのまま語ることはできない。


この世界には電子回路も電気信号も存在しない。

使えるのは魔素だけだ。


「ヒントだけ言う。」


老人はゆっくり口を開く。


「前の世界では。」

「変化そのものを見る仕組みがあった。」


「変化?」


「増えたか。」「減ったか。」「その差だけを見る。」


アルフレッドはしばらく考え込む。

やがて、羽ペンを走らせ始めた。


「差……。」

「魔素量ではなく。」「前の状態との差。」


彼は術式を書き直していく。

魔素量を直接調整する術式ではない。

流量の変化を検知し、それに応じて少しだけ補正する小さな術式を追加する。


それは魔素の流れを読む補助術式だった。


老人は図面を見て頷く。


「これはお前の理論だ。」


「先生の発想があったからです。」


「違う。」


老人は首を横に振る。


「わしは『差を見る』と言っただけだ。」

「魔素でどう実現するかは、お前が考えた。」


アルフレッドは照れくさそうに笑った。


三日後。


試作第二号が完成した。

見た目は第一号とほとんど変わらない。

違うのは内部だけだった。

調整術式の横へ、小さな補助術式が追加されている。


「始めます。」


アルフレッドは魔経路を通じ、二号に魔力を一度だけ流すよう念じる。

魔石が淡く光る。部屋が白い光に包まれる。


一分。


二分。


五分。


光は変わらない。


老人は窓を開けた。


外気が流れ込む。


魔素濃度が少し変わる。


それでも光は安定していた。


アルフレッドは測定器を確認する。


「流量……一定です。」


老人も数値を見る。


「揺らぎは一パーセント以下。」


「第一号は三十パーセント以上でした。」


アルフレッドの声が震える。


「先生。」


「成功でしょうか。」


老人はすぐには答えなかった。


十分間。

二十分間。

三十分間。


光は変わらない。

ようやく老人は静かに言った。


「成功だ。」


アルフレッドは深く息を吐いた。

思わず椅子へ座り込む。

半年以上続いた研究。数十回の失敗。

ようやく一つ目の成果が形になった。


しかし老人は笑いながら言う。


「勘違いするな。」

「これは完成品ではない。」

「試作品だ。」


「はい。」


アルフレッドも笑った。


「量産もできません。」

「高価すぎます。」

「職人が一つ作るのに丸一日かかります。」


「その通り。」


老人は魔石を持ち上げる。


「研究者の仕事は完成ではない。」

「改良だ。」


アルフレッドは試作品の木箱へ札を付ける。

そこには丁寧な文字でこう書かれていた。


---


科導具試作第二号

設計:アルフレッド・フォン・アルヴェイン

理論考案:エゼキエル・グランツ

製作:ガレス工房

用途:照明実験

備考:長時間動作成功。ただし製造コスト高。


---


老人はその札を見て満足そうに頷いた。


「良い。」

「功績は正しく残せ。」

「一人で作った発明ではない。」


「はい。」


アルフレッドは力強く答えた。


研究者。

職人。

設計者。

それぞれが違う役割を果たした。

誰か一人が欠けていれば、この試作品は完成しなかった。


窓の外では夕日が王都を赤く照らしていた。


まだ誰も知らない。

この小さな照明器具が、数百年後には「世界初の科導具」として歴史書へ記されることを。

そして、それは二人だけの功績ではなく、一人の職人を含めた共同の成果として語り継がれることになる。


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