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最初の科導具(中編)

設計図が完成した翌朝。


アルフレッドは図面を丸め、王都の職人街へ向かっていた。

研究室で作れるものには限界がある。

精密な金属加工や魔石の研磨は、専門の職人の技術が必要だった。


「先生、本当に協力してもらえるでしょうか。」


歩きながら尋ねる。エゼキエルは杖をつきながら苦笑した。


「難しいだろうな。」


「え?」


「研究者は職人を軽く見がちだ。」

「職人は研究者を机上の空論ばかりと言う。」

「長年そうやって互いを信用してこなかった。」


アルフレッドは少し意外そうな顔をした。

貴族院では、職人は依頼すれば仕事をしてくれる存在という認識だった。


しかし老人は首を振る。


「良い職人ほど、無茶な注文を嫌う。」

「なぜなら、自分の名で作る品だからだ。」


その言葉の意味を知ることになるのは、すぐ後だった。


二人が訪れたのは、王都でも指折りの金属工房だった。

工房の主は五十代半ばの男、ガレス。

王城の魔導具も数多く手掛ける名工として知られている。

図面を一通り眺めると、ガレスは腕を組んだ。


「……面白い。」


アルフレッドの表情が明るくなる。

しかし次の言葉は厳しかった。


「だが、作れねえ。」


「なぜですか。」


ガレスは図面の一か所を指差した。


「この溝。」

「幅が細かすぎる。工具が入らねえ。」


アルフレッドは図面を見返す。

魔素の流路をできるだけ短くするため、細い溝を何本も刻む設計にしていた。


「それでは性能が落ちます。」


「そうだろうな。」


ガレスは頷く。


「だが作れねえ物は作れねえ。」


そこでエゼキエルが口を開いた。


「どこまでなら作れる。」


ガレスは紙へ数字を書いた。


「これが限界だ。」


アルフレッドは計算を始める。

溝を太くすると流量が変わる。

流量が変われば術式も変わる。

その場で図面を書き直し始めた。


三十分後。


新しい図面を差し出す。

ガレスはじっと眺めた。


「……今度は作れる。」


「ただし。」

「性能は保証しねえ。」


「十分です。」


アルフレッドは頭を下げた。

工房を出た後、老人が笑った。


「良い勉強になったな。」


「はい。」


アルフレッドは苦笑する。


「設計図だけでは物は作れません。」


「その通り。」


老人は続ける。


「設計者は職人の技術を知らねばならん。」

「職人も設計者の考えを理解せねばならん。」

「どちらか一方では良い製品にならん。」


アルフレッドは研究日誌とは別に、新しい手帳を取り出した。


表紙へ書く。


製造記録

研究とは別に、加工方法や職人から聞いた注意点を書き留めるためだった。


一週間後。


最初の部品が届いた。

金属板。保持枠。固定具。


どれも丁寧に仕上げられている。

しかし組み立ては簡単ではなかった。

魔石を一ミリずらしただけで術式が乱れる。

締め付けが強すぎれば魔石が割れる。

弱ければ振動で位置がずれる。

十回以上組み直し、ようやく一台目が完成した。


アルフレッドは慎重に魔石を固定する。


「起動します。」


魔力を一度だけ流す。魔石が淡く光る。

部屋に柔らかな白い光が広がった。


「……成功。」


思わず呟く。

しかし次の瞬間。

光が激しく明滅した。

強くなり、弱くなり、また強くなる。


そして。


パキッ。


小さな音とともに魔石へ細かな亀裂が走った。

光が消える。


沈黙。


アルフレッドは肩を落とした。


「また失敗です。」


老人は壊れた魔石を手に取る。

怒る様子はない。むしろ興味深そうに割れ目を観察していた。


「原因は何だと思う。」


アルフレッドは図面を見返す。

測定記録を見る。

しばらく考えた後、ゆっくり答えた。


「……魔石ではありません。」


「ほう。」


「調整術式です。」

「魔素の流量制御が遅れています。」

「供給量が変化した瞬間に追従できず、一時的な過負荷が発生しました。」


老人は満足そうに頷いた。


「その可能性は高い。」


アルフレッドは壊れた試作品を棚へ置いた。


札を書く。


試作第一号

失敗原因:調整術式の応答速度不足(推定)


老人はその札を見て微笑んだ。


「次は何を変える。」


アルフレッドは迷わず答えた。


「調整術式を作り直します。」

「魔石ではありません。」

「術式です。」


「よし。」


老人は頷いた。


「原因を間違えなければ、失敗は必ず次へつながる。」


二人はすぐに新しい図面を広げた。

最初の科導具は、まだ完成していない。

だが、一歩ずつ確実に完成へ近付いていた。

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