新たな理論(前編)
研究を始めて半年。
研究小屋の地下室は、もはや物置ではなく実験室へと姿を変えていた。
壁際には魔石の試作品が整然と並び、棚には失敗した魔石も番号順に保管されている。
試作第一号から第二十七号まで。
割れたもの。溶けたもの。術式が暴走したもの。
魔素が逆流して砕けたもの。
成功した試作品よりも、失敗作の方がはるかに多かった。
エゼキエルはそれらを捨てようとはしない。
「先生、壊れた魔石まで残すのですか。」
アルフレッドが尋ねると、老人は当然だというように答えた。
「失敗作ほど価値がある。」
「成功した理由は一つでも、失敗する理由は何十通りもある。」
「後で見返せば、新しい発見につながることもある。」
アルフレッドは頷き、その言葉を研究日誌の余白へ書き留めた。
それはもう癖になっていた。
老人の何気ない一言にも、後で理論を考える手掛かりが隠れていることが多いからだ。
その日、二人は机いっぱいに紙を広げていた。
そこには半年間の実験結果が整理されている。
魔石への蓄積量。術式の維持時間。魔素流入速度。崩壊条件。共鳴現象。
数百回に及ぶ実験の結果が、数字と図で埋め尽くされていた。
アルフレッドは紙束を見つめながら呟く。
「先生。」
「何だ。」
「ようやく見えてきました。」
老人は椅子にもたれた。
「言ってみろ。」
アルフレッドは一枚の紙を机の中央へ置いた。
そこには三つの円が描かれている。
一つ目の円には『魔力』。
二つ目には『魔経絡』。
三つ目には『魔素』。
それぞれが線で結ばれていた。
「従来の魔導学では。」
アルフレッドは説明を始める。
「魔力が魔素を操る、としか説明されていません。」
「ですが、それでは実験結果と一致しません。」
老人は黙って聞いている。
「魔石は魔力を持ちません。」
「それでも術式を維持できます。」
「つまり。」
アルフレッドは線を書き足した。
「魔力そのものが現象を起こしているわけではありません。」
「魔力は。」
一拍置いてから続ける。
「魔素へ命令を伝える信号です。」
老人は口元を緩めた。
「ほう。」
「魔素こそが実際に現象を構成している。」
「魔力は制御信号。」
「魔経絡は制御回路。」
「そして術式は命令文。」
アルフレッドは自分でも興奮しているのが分かった。
半年間の実験が一本の線でつながっていく。
老人はゆっくり立ち上がると、紙へ一本の矢印を書き加えた。
魔力
↓
魔経絡
↓
術式
↓
魔素
↓
現象
「これだ。」
老人は静かに言う。
「現象を起こしているのは最後の魔素だ。」
「魔力ではない。」
アルフレッドは思わず息を呑んだ。
この図だけで、これまで説明できなかった現象がいくつも説明できる。
魔石が術式を維持できる理由。
魔力切れで魔導が消える理由。
魔導同士が干渉する理由。
すべて魔素を中心に考えれば矛盾しない。
老人は続ける。
「前の世界では。」
「人は目に見えないものを勝手に信じなかった。」
「まず仮説を立て。」
「観察し。」
「間違っていれば捨てた。」
「この図も同じだ。」
「まだ正しいとは限らん。」
「だから証明する。」
アルフレッドは力強く頷いた。
「はい。」
彼は紙の右上へ、大きく書き込む。
第一理論(仮説)
魔素現象論
それは二人が初めて、自ら構築した魔導理論だった。
まだ仮説に過ぎない。
しかし、経験則だけで語られてきた魔導学を、体系的な理論へ変える第一歩となる。
老人はその文字を見つめながら、小さく笑った。
「ようやく。」「学問らしくなってきた。」




