二人の研究室(後編)
翌日から、研究小屋の空気は一変した。
これまでは「魔導とは何か」を理解するための基礎研究が中心だった。
しかし今は違う。
初めて、明確な目標が生まれたのである。
大気中の魔素を取り込み、自ら術式を維持する魔石を作る。
もし実現すれば、魔導士は魔力を流し続ける必要がなくなる。
魔石が周囲の魔素を利用して術式を維持するなら、魔導の運用方法そのものが変わる可能性があった。
もっとも、それは容易なことではなかった。
最初の試作は、わずか数秒で術式が崩壊した。
「……失敗です。」
アルフレッドが記録を付ける。
魔石へ刻んだ簡単な術式は、大気中から魔素を集めようとした瞬間、制御を失って消滅していた。
魔石には亀裂が入り、内部に蓄えていた魔素も一気に拡散してしまう。
老人は魔石を拾い上げ、割れ目を眺めた。
「術式が暴走したわけではないな。」
「はい。」
アルフレッドは記録を見返す。
「供給量と消費量が一致していません。」
「取り込む速度が遅すぎます。」
老人は頷いた。
「ならば魔素の流れを制御する必要がある。」
二人はその日だけで七回試作した。七回とも失敗だった。
魔素を集めすぎて術式が崩れる。逆に不足して停止する。
魔石が砕ける。術式が自己干渉を起こして消える。
原因は毎回違っていた。
しかし二人は落胆しなかった。
失敗するたびに原因が一つ分かるからだ。
アルフレッドは研究日誌の一ページを丸ごと「失敗例」に使い始めた。
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試作一号
・魔素流入不足。
・術式停止。
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試作二号
・流入口過大。
・術式崩壊。
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試作三号
・魔石内部で魔素循環が発生。
・共鳴破損。
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老人はその記録を見て満足そうに笑う。
「良い。成功例だけ残す研究者は三流だ。」
「失敗例まで残して初めて、後の者が同じ失敗を避けられる。」
アルフレッドは頷く。
この三か月で、研究に対する考え方がすっかり変わっていた。
以前なら失敗は恥だった。
今は違う。失敗は知識だった。
十日後。
十二個目の試作品が完成した。
魔石の表面へ、これまでとは異なる術式が刻まれている。
複数の小さな魔経路を環状につなぎ、中央で一度魔素の流れを整える構造だった。
「流入口を一つではなく、四つに分けたのか。」
老人が図面を見る。
「はい。」
アルフレッドは説明する。
「一度に大量の魔素を取り込もうとすると流れが乱れます。」
「ならば少量ずつ集め、中央で均一化すれば安定するはずです。」
老人は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……理屈は通る。試そう。」
魔石を実験台へ置く。
起動術式を一度だけ発動する。
魔石が淡く光った。
魔力供給を止める。
一秒。
二秒。
五秒。
十秒。
術式は消えない。
アルフレッドは思わず測定器を確認した。
「先生!」
「慌てるな。」
老人も声を抑えていたが、その目には興奮が宿っていた。
測定結果を見る。
魔石内部の魔素量はわずかに減る。
しかし同時に、大気中から新たな魔素が流れ込んでいる。
完全ではない。
だが、確かに循環していた。
「……成功した。」
アルフレッドが呟く。
老人はすぐに首を振った。
「違う。」
「え?」
「第一段階が成功しただけだ。」
老人は魔石を手に取る。
「まだ術式しか動かせん。」
「火も出ない。風も起こせん。」
「実用品には程遠い。」
アルフレッドは一瞬きょとんとした後、小さく笑った。
「そうでした。」
喜ぶのは早い。研究はまだ始まったばかりなのだ。
老人も笑う。
「だが。これは大きい。」
「術式を維持する魔石は、少なくとも理論上は作れる。」
アルフレッドは図面を見つめる。
魔経路。魔石。魔素循環。
三つが一つにつながった。
その瞬間、彼の頭に一つの考えが浮かぶ。
「先生。」
「何だ。」
「これ……魔力がなくても動く。道具になります。」
老人は静かに頷く。
「そうだ。魔導具ではない。」
「もっと根本的に違うものだ。」
アルフレッドは紙へ大きく書いた。
魔経路
↓
魔石
↓
魔素循環術式
↓
現象制御
そして、その横へ仮の名称を書き添える。
『魔素循環具』
老人はそれを見て首を振った。
「名前はいずれ考えればいい。」
「今は理論を完成させろ。」
「はい。」
アルフレッドは紙を閉じる。
まだ名前すら決まっていない。
しかし二人は確信していた。
この研究は、既存の魔導学とは異なる新しい道を切り開こうとしている。
その道がどこへ続くのかは、まだ誰にも分からない。
だが、その先にある未来を見てみたい。
二人は同じ思いで、再び実験台へ向かった。
研究は、まだ始まったばかりだった。




