二人の研究室(中編)
翌朝。
アルフレッドは夜明けと同時に研究小屋を訪れた。
昨夜、魔力を込めたまま机へ置いておいた魔石を確認するためである。
扉を開けると、エゼキエルはすでに机へ向かっていた。
眠っていないらしい。
羊皮紙には一晩中書き続けたのであろう計算式が並んでいた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
老人は目も上げずに答える。
「まずは測定だ。」
アルフレッドは魔素濃度測定器を取り出した。
水晶を加工しただけの単純な道具だが、魔石に残っている魔素量を大まかに比較することができる。
慎重に測定する。
数値を書き留める。
昨日の記録と見比べる。
そして、何度も確認した。
「……減っています。」
老人はようやく顔を上げた。
「どのくらいだ。」
「約三パーセント。」
「測定誤差ではありません。」
「二回測っても同じ結果です。」
老人は静かに頷く。
「予想通りだ。」
アルフレッドは驚いた。
「予想されていたのですか。」
「永久に閉じ込められるなら、魔石は一度満たせば二度と魔力補給はいらん。」
「だが現実は違う。」
確かに市場で売られている魔導具は定期的な魔力補給を必要とする。
誰もが「そういうものだ」と受け入れていた。
しかし、その理由を考えた者はいなかった。
アルフレッドは急いでノートへ書き込む。
---
観察結果
・魔石に蓄積された魔素は時間とともに減少する。
・減少量は一定ではない可能性がある。
・魔石は完全な保存媒体ではない。
---
書き終えると老人が尋ねた。
「次に考えるべきことは。」
アルフレッドは少し考える。
「なぜ減るのか。」
「それもある。」
「他には。」
アルフレッドは魔石を見つめた。
青白い輝きは昨夜より弱くなっている。
しかし完全には消えていない。
「……どこへ行ったのでしょう。」
老人は口元を緩めた。
「そこだ。」
「魔素は消えたのか。」
「それとも。」
「外へ出たのか。」
アルフレッドは立ち上がった。
「確かめましょう。」
老人は満足そうに笑った。
「だからお前は面白い。」
二人は実験装置を組み直した。
透明な水晶筒の中央へ魔石を固定する。
周囲には魔素濃度を測る測定柱を円形に配置した。
「もし外へ漏れているなら。」
アルフレッドは図を描く。
「魔石の周囲だけ濃度が高くなるはずです。」
「そうだ。」
老人は魔石へ魔力を流した。
しばらく待つ。
三十分。
一時間。
測定を繰り返す。
やがてアルフレッドは息を呑んだ。
「先生。」
「出たか。」
「はい。」
測定柱の数値がわずかに上昇している。
しかも魔石へ近いほど数値が高い。
老人は腕を組んだ。
「消えたのではない。」
「漏れていた。」
「魔石は容器ではなく……。」
アルフレッドは言葉を続ける。
「ゆっくり漏れる貯蔵庫です。」
老人は嬉しそうに頷いた。
「良い表現だ。」
アルフレッドは頭の中で考え始める。
もし魔石が魔素を溜められる。
そして少しずつ放出する。
ならば――。
「先生。」
「何だ。」
「逆はできませんか。」
「逆?」
「大気中の魔素を、魔石へ自然に集める方法です。」
老人はしばらく黙った。
そして、ゆっくり笑った。
「わしも同じことを考えていた。」
二人は思わず顔を見合わせる。
同じ結論に辿り着いていた。
「ですが。」
アルフレッドは首を振る。
「普通の魔石では無理です。」
「魔力を流さなければ取り込めません。」
老人は机へ紙を広げた。
「では条件を書き出そう。」
二人は羽ペンを走らせる。
---
必要条件
・大気中の魔素を自動的に集める。
・魔力を使わず保持する。
・必要な時だけ放出する。
・術式を安定維持できる。
---
最後の一行を書いたところで、アルフレッドの手が止まった。
「……術式。」
老人も同時に顔を上げる。
「どうした。」
「術式は魔力で起動します。」
「そうだ。」
「ですが、一度起動した術式を維持するだけなら。」
「魔石から供給できるのではありませんか。」
老人は目を細めた。
「続けろ。」
「もし魔石自身が周囲の魔素を集め続けられるなら。」
「魔導士が常に魔力を送り続けなくても。」
「術式だけを維持できる可能性があります。」
部屋が静まり返った。
二人とも、その発想の意味を理解していた。
それは単なる実験ではない。
魔導の在り方そのものを変える可能性を秘めていた。
老人は静かに呟く。
「……面白くなってきた。」
アルフレッドも力強く頷く。
「はい。」「ここからが、本当の研究ですね。」
老人は笑った。
「ようやく入口だ。」
その日の研究日誌には、これまでで最も大きな文字が記されることになる。
> 仮説
>
> 魔石は術式の動力源になり得る。
>
> ただし、大気中の魔素を継続的に取り込む仕組みが必要である。
二人はまだ知らない。
この一文が、後に「科導具」と呼ばれる新たな技術体系の原点として歴史に刻まれることを。




