55.オロバス
「織部君、その姿は……!?」
そんなことをやっているうちに、他のメンバーが追いついてきたらしい。俺の姿を見つけて、如月が驚愕の声を上げている。
「……後のことは頼んだ。俺はちょっくら、雛山に灸を据えてくる」
「雛山さん……? あ、ちょっと……!」
俺は如月にそう言い残して、雛山の元へ向かう。……先に行った双葉は、雛山に足止めを食らってるかもしれない。急がねば。
「ちょっと、どういうことなのか説明してください……!」
走る俺の隣に、如月が並んでくる。仕方がないので、手短に説明してやるか。
「雛山が、天草を守ると言い出した。だからあいつを俺が止める。だから、作戦はそっちに任せる」
「雛山さんが……!? で、ですが、織部君では―――」
「だから、本来の力を取り戻した。……もう行くぞ」
話してるうちに、雛山に追いついた。双葉と交戦しているようで、その後ろではバアルも攻撃を放っていた。
「お兄ちゃん遅い……!」
双葉は雛山と天草の攻撃を凌ぎ続けていた。バアルは無差別に攻撃しているはずだが、不思議と雛山は巻き込まれない。……もしかしたら、まだ天草の意識が残っていて、雛山を傷つけないようにしているのかもしれないな。
「雛山……!」
「織部君……!」
二人の間に割って入るように、俺は雛山の前に立つ。片手剣をあいつに向けて、こう言い放つ。
「雛山、いい加減にしろよ。そんなことをしても、天草は助からない」
「……っ!」
雛山が驚いたように目を見開く。それは俺の言葉を聞いてか、俺があいつに剣を向けたからか、それとも俺の姿を見てか。
「双葉、如月、後は頼む」
「うん……!」
「もう……! 夫婦喧嘩は後にしてくださいよね……!」
「させない……!」
双葉たちにバアルの相手をさせようとするが、雛山はそれを阻止しようと二人のほうへ足を向けた。……その動きはいつも以上に俊敏だが、捉え切れないほどじゃない。
「お前の相手は俺だろ」
「くっ……!」
雛山の進路を塞ぐように立ち位置を変え、片手剣で行く手を阻む。
「天草を守りたいなら俺を倒せ。お前なら、余裕だろ?」
「……」
俺がそう言うと、雛山は無言で一歩下がった。……どうやら、やる気になったようだな。大人しく納得してくれれば、それが一番だったんだが。
「……」
「……」
双葉や如月だけでなく、他のメンバーもバアルへと向かっていく。バアルもそれに反撃するが、俺たちの周囲にだけは一切の攻撃が届かない。そんな俺たちの睨み合いを、皆訝しげに視界の端へ収めていくが、すぐに戦いに集中する。
「……はぁっ!」
先に動いたのは雛山。両者の距離が近いこともあってか、木刀を振るのではなく突きを放ってくる。
「ぐっ……!」
俺はそれを片手剣で受け止める。ミカエルの名を持つ剣ならば、「神の血」を防げる。寧ろ、同質の力という点が干渉を起こし、普通の剣よりも攻撃が妨げられやすいだろう。
「なっ……!」
だが、雛山にはそれが意外だったようだ。……まあ、いつもの俺なら一撃も防げないだろうからな。だが、今の俺は半分バアルだ。「人間に敗北したバアル」ではなく、通常のバアルだから、人間に勝てないという普段の制約も適用されない。勝機はある。
「おらっ……!」
「くっ……!」
そのまま押し返して、反撃に出る。力関係が通常に戻れば、地力で勝るこちらのほうが有利だ。単純な力比べで、人間がバアルに勝てるわけがない。
「何でっ……!?」
雛山は困惑したように、俺の剣をどうにか捌いていく。……「神の血」を天使の力で防ぎ、地力はバアルの力で補う。今の俺は、自分の弱点を克服している。ただ強いだけの人間に負けることはない。
「ふんっ……!」
「っ……!」
そしてとうとう、雛山の木刀を弾き飛ばした。武器を失い、彼女は膝をついた。
「……諦めろ。天草は、お前のやり方では助からない。あいつを助けたいなら、あいつと戦え」
「……」
跪く雛山に剣を突きつけて、俺はそう言った。……ここでこいつの心をへし折っておかないと、この作戦自体の成立も怪しい。
「あいつとの戦いから逃げても、何も変わらない。本当にあいつを助けたいなら、逃げるな」
「……」
俺の言葉に、雛山は答えない。未だに茫然自失としているのか。
「……俺はあいつを止めてくる。お前はそこで反省してろ」
戦場のど真ん中だが、あのバアルは雛山を避けて攻撃しているし、流れ弾を食らわない限りは大丈夫だろう。
「……」
雛山の返答がないことを確認して、俺はバアルの元へと向かった。
「……」
私は、織部君との対決に敗れた。……今まで、私は彼に負けたことがなかった。けれど、私は実際に負けたのだ。それだけ、天草さんを救いたいという気持ちが大きいということだろう。私よりも、ずっと。
「私は、間違ってたの……?」
私は、天草さんを助けたかった。けれど、私の思いは織部君に負けた。だからといって、織部君のやり方には賛同できない。一時的とはいえ、天草さんを苦しめるなんて……。
「天草さんを、傷つけたくない……」
私は、逃げているんだろうか……? 彼女を助けたいと言いながら、彼女から目を背けているのか。
「天草さん……」
今、彼女はバアルと化している。今も、織部君やみんなを攻撃し続けていた。誰かが止めないといけないのに、それは私の役目なのに、私はそれが出来ないでいた。
「……」
脳裏に浮かぶのは、彼女の笑顔。……同じ寮で、いつも私のことを支えてくれた天草さん。彼女はいつの間にか、私にとってかけがえのない人になっていた。そんな彼女を救いたいという気持ちと、傷つけたくないという気持ちは、彼女を助けることさえ拒絶してしまう。
「傷つけてでも、助けたいって、こと……?」
私ほどじゃないにしろ、織部君たちだって天草さんのことは大事のはずだ。先生たちだって。何せ、態々彼女を助けようとしているのだから。それでも、彼女を傷つけられるのは、どんな手を使ってでも彼女を救いたいから。そのためなら、彼女自身を傷つけることも厭わないから。
「私の思いは、その程度なの……?」
天草さんを思う気持ちは、彼女を傷つけるのが怖くなる程度のものなのか。彼女を傷つけたくないと言って、私自身が傷つくのを恐れているだけではないのか。
「……」
私は立ち上がると、木刀を拾って、天草さんの元へと向かう。……まだ吹っ切れていない。けれど、立ち止まってもいられない。本当の意味で彼女を助けるために、私は進むしかなかった。




