53.カイム
◇
……そうして、作戦開始時間となって。
「……さすがに、緊張するな」
「あんたでも緊張することがあるんだな」
「……それはどういう意味だ?」
俺たちは屋外訓練場を歩いていた。隣にいるのは生徒会長。こいつも含め、近くにいるのは全員前衛メンバーだ。
「……」
一方、反対側を歩く雛山は、ずっと黙ったままだった。こいつはいつも無口だが、生徒会長と同じように、緊張しているのかもしれないな。
「……お兄ちゃん」
「何だ?」
「あたしたち……しーたんを助けられるんだよね?」
そして、双葉は俺の後ろから、そんな不安げな声を掛けてくる。……こいつがそんな弱音を吐くくらい、この作戦は重大なのだ。生徒会長や雛山が緊張するのも無理ない。
「助けようという意気込みがないなら、助かるものも助からないな」
「っ……うん、分かった」
俺がそう答えると、双葉は改めて決意するように頷いた。
「でも、デスサイズだとそのまま殺しちゃうし……どうしよう?」
「知らん。お前の能力についてはよく知らないし、その辺は自分で考えろ」
「うーん……じゃあ、お兄ちゃんの真似でもしてみようかな?」
ともかく、双葉の悩みも解決したようなので、俺は自分のことに集中した。……俺が手にしているのは、手配してもらった武器。西洋風の片手剣だ。こいつに大天使の名を与えることで、バアルへの対抗手段として使える。
「とはいえ、大天使の力でどこまでできるのか」
大天使は、天使階級で下から二番目。熾天使は最上位で、元熾天使の大元バアルからすれば、下っ端もいいところだ。……だが、必ずしもそうとは限らない。そもそも、天使の階級は守護天使と大天使の二つしかなかったのだ。それが九つに増え、その結果大天使は下から二番目の位置になった。そのため、大天使と熾天使が暫し混同されることがある。大天使は上位階級の天使を纏めたり、神に近い存在として語り継がれているため、実質的には熾天使と同等なのだ。その辺りの曖昧な部分を利用すれば、致命傷を与えずに相手を弱体化させることもできるはず。ただ、それがどこまで通用するのかは未知数だ。
「……ん?」
すると、左手に何かが触れる。左手に目線を落とすと、俺の手を雛山が握っていた。
「おい」
「……」
声を掛けるが、雛山は無視。……もしかして、極度の緊張でつい手が出て、それに自分で気づいていないのか? 俺の声も聞こえていないみたいだし。
「……ったく」
友達がバアルになって、今からそいつと戦うという状況を考えれば、それも無理からぬことだろう。今回ばかりは、大目に見てやることにした。
「全員、止まって下さい」
その直後、如月から号令が掛かる。前衛メンバーが立ち止まり、如月の指示を待った。
「この先、一キロメートルの地点に目標がいます。各自武装及び方術の用意を。十五分後、作戦を開始します」
如月がそう言うと、彼女を含む前衛メンバーたちがそれぞれ準備に入った。如月は刀を―――合宿のときとは違って、真剣を取り出している。生徒会長はボーガンを取り出し、調子を確かめている。その他の面々も似たようなものだ。
「……サリエル」
そして双葉は、自身の能力で鎌を生み出した。ただし、それはデスサイズではない。……七大天使の一人であり、死神とも呼ばれている、サリエル。そいつが持つとされている鎌だ。デスサイズとは基本的には同質だが、こちらは正教の要素が強いため、天使階級の理屈でバアルへの有効度が変動する。元熾天使の大元バアルが相手なら、俺の策とほぼ同じ効果を発揮するだろう。というか、天使の名を冠した武器をそうあっさりと作られると、俺の立つ瀬がないんだが。
「あたしの能力は普遍的な概念のほうが効率的に力を出せるから、天使の名前を出しちゃうと効力が弱くなるんだよね。お兄ちゃんとは逆だよ」
俺の思考を読んだのか、双葉はそんなことを言ってくる。……その理屈でいくと、バアル与えるダメージはかなり抑制される。その辺りを考慮しての選択か。
「……」
一方、雛山も木刀を取り出している。こいつがまともに扱える異教殺しは「神の血」だけだし、今回もそれで行くのだろう。
「さてと……俺も行くか」
雛山が手を離したので、俺も準備に入る。……この片手剣に与えるのは、天使の名。神に最も近い存在と言われ、熾天使として扱われることもある、大天使の名だ。
「ミカエル」
与えたのは、大天使ミカエルの名。戦いの天使でもあるミカエルは、その手に剣を携えていると言われている。その名の由来は「神に似た者」とされ、熾天使と同等のポジションだ。その力があれば、天使階級の理屈と合わせて、適度なダメージを与えられるだろう。
「……待ってろよ、天草」
元は俺のせいとはいえ、これだけの手間を掛けさせたんだ。ちゃんと助からないと、承知しねぇぞ。
「……作戦を開始します。各自、目標を捕捉し次第、戦闘態勢に移行してください」
準備を終えると、すぐに作戦が開始された。大元バアル出現地点まで、それぞれのペースで向かう。……俺たちは戦闘スタイルがそれぞれで違う。そのため、無理に隊列を組むより、それぞれの都合に合わせたほうが連携しやすいのだ。即席の編成だから、余計にこうなってしまう。
「お兄ちゃん、行くよ」
「ああ」
因みに、俺や双葉は先行するタイプだ。得物が近接用だから、後方から攻撃するのには向いてない。逆に生徒会長などは後方から援護するみたいだ。
「……」
そんな中、俺たちの横を、雛山が駆け抜けていった。あいつは元々の身体能力が高いから、俺たちでは追いつくのが難しい。
「あいつ……さすがに先行しすぎだろ」
「うーたん、しーたんのことが心配すぎて、抑えられなかったのかな?」
雛山は先頭すら追い越して、誰よりも早く目標へ向かう。……だが、こいつが行っても天草が助かるわけではない。俺たち前衛が消耗させた後、霜月を含む本命メンバーたちが到着することで、ようやく助けられるのだ。それを忘れているのではないか?
「ったく、世話の焼ける奴だ……」
「そんなこと言って、実は心配なんでしょ? お兄ちゃん」
「馬鹿言え」
「謙遜しないで、お兄ちゃんのことは何でもお見通しなんだから」
双葉がからかってくるが、実際雛山はどうでもいい。ただ、作戦の邪魔をされるのが嫌なだけだ。




