51.バラム
◇
……生徒会メンバーが離脱した後。
「お兄ちゃん……!」
教室に戻ると、双葉が飛びついてきた。……教室内には、他の生徒も集まっている。慰霊祭は中止になったらしく、生徒たちはそれぞれの教室に避難しているとのこと。だがその中には、当然の如く天草の姿はない。
「この手回しの早さ……こちらでも気づいていたのか」
「うん……状況は想定より悪いけどね」
教室には望月もいて、俺に気づいて近寄ってきた。
「まさか、うちでこんなことが起こるなんて……」
「……あいつのこと、気づかなかったのか?」
「ええ……彼女が「美山事変」の生き残りなのは知ってたけど、処置も十分だったから、全く警戒してなかったの」
「十分、か……」
望月が言う処置というのは、因子の除去だろう。俺の因子を取り除き、バアル化を―――天草のような状態になるのを防ぐのだ。
「でも、でも、しーたんが……!」
双葉は珍しく狼狽していた。……こいつ、天草とは仲が良かったから、結構ショックを受けているのだろう。妹の成長は嬉しいものの、こんな形であるのが残念だ。
「とりあえず、移動しない? ここだと情報交換も出来ないし。生徒会室とか、どう?」
「そうだな。丁度、生徒会長たちも戻ってるし」
学園に戻って、俺は生徒会メンバーと別れてこちらへ来た。詳しい話は望月に聞けと言われたのだ。
「織部君。それに先生も」
生徒会室に行くと、生徒会長が出迎えてきた。中には生徒会メンバーが勢揃い。
「……」
「下等生物さん、お兄ちゃんを助けてくれてありがとう」
「それは礼になってないと思うんだが……」
俺たちの後ろからは、雛山と双葉が入ってくる。双葉の暴言も相変わらずだが、さん付けだし、礼を言ってるくらいだから、ちゃんと気配りできてるほうだと思う。やっぱ、まだショックが尾を引いているのか。雛山のほうは無言だが、それはまあ普段からだし、関係ないか。
「……さてと。そろそろ話を始めるね」
そして、望月からの状況説明が始まった。
「ただし、これから話すことは機密事項だから。ここにいるメンバー以外に話したり、漏らしたりしたら処刑ものだから。注意してね」
説明の前に、望月が恐ろしいことを言い出した。……まあ、俺と双葉は承知しているからいいが、生徒会長たちはさぞかしびびっただろう。
「今回現れたバアルは大元バアル―――ソロモン一番目の悪魔だよ。蜘蛛の脚に人、猫、蛙の頭を持つ異形の存在。―――そして、かつてこの町に現れたバアルでもある」
「それはこちらでも確認したんですが……それの何が問題なんですか?」
望月の説明に、副会長がそう尋ねた。……そう、問題の本質は、バアルの種類じゃない。その根源だ。
「今回のバアルは、天草さん―――織部君や雛山さんの級友なの」
「……は?」
望月の言葉に、生徒会長が間抜けな声を出した。他の面々も―――雛山と双葉を除いて―――全く理解できていない様子だ。それも、無理ないか。
「今回、人間がバアルになるという現象が起こったの。うちの生徒が、バアルになってしまった」
「そ、そんなことが……?」
「異教接触感染性って、三年生で習うんだけど、刀屋さんと長崎君は覚えてる?」
「まあ、さすがに覚えてますけど……」
異教接触感染性―――バアルと接触すると、無機物はその属性を帯び、人ならばバアルの呪いを受けるというもの。バアルが出現した土地でまたバアルが出るのもこれが原因とされている。この学園では三年生で習う知識だ。
「それの正体が、バアルの因子っていって―――要するに、バアルの構成成分そのものなの。それを受ければ、因子をその身に宿し、条件次第では……」
「自身がバアルと成り果ててしまう」
望月が言い淀んだことを、俺ははっきりと口にした。……バアルの呪いとは、人間がバアルとなることだ。因子を取り込むのは悪魔に憑かれるのと同じであり、その状態が続けば悪魔そのものへと変貌を遂げる。
「じゃあ、バアルと戦い続けてるエクソシストは―――」
「少なからず、バアルに変質するリスクがある。治癒系の方術は、その因子を取り除くためにあるの」
俺や双葉がバアルから人間になったのも、方術によってその因子「のみ」を除去した結果だ。……そもそも、バアルを人間化するという発想自体、人間がバアル化する現象から得られたものだ。人間がバアルになるのなら、その逆―――バアルになった人間を元に戻すことだって出来るのではないか、と考えられてのことだった。
「繰り返しになるけど、このことは最重要機密だよ。人間がバアルになることは、エクソシストが全力で伏せてる。もし露見したら、「エクソシストは人殺しか」という謂れのない批難を浴びるのは目に見えてるから」
バアルが人間になるということは、バアルは元々人間であり、バアルを討伐するのは殺人と同じ。エクソシストに反感を持つ者は、そうした理論でエクソシストを攻撃するだろう。それを分かっているからこそ、人間のバアル化と、その根幹となるバアルの因子については機密となっているのだ。とはいえ、望月程度でも知っていたり、しかも危うく漏らしたりするくらいだから、内輪では結構有名な話なのだろう。エクソシストの内情にはそこまで詳しくないが。
「……事情については理解しました。うちの生徒がバアルとなって暴れている、と」
「うん。しかも、宿した因子は大元バアルのもの。正教の範囲だと、多分ルシファーとかの次くらいに厄介な相手だね。元熾天使な上に、悪魔としての歴史も長くて、かつてバアルが現れるより前にも出現したとされる有名な悪魔。普段相手にしてる程度のバアルとは比べ物にならないからね」
大元バアルは、かの有名なベルゼブブと同一視される悪魔だ。異教の最高神であったバアルゼブルを、蝿の王バアルゼブブと呼んで蔑み、それがベルゼブブとなった。正教では異教の神を悪魔としている場合が多く、これもその一種だ。
「で、この事態を受けてお偉いさんが下した結論を伝えるとね。「増援が来るまで防衛に徹し、可能であれば標的を排除すること」だって。つまり、うちの生徒はバアルになった時点でぶっ殺せってこと」
「そんな……!」
「あんまりだよ……!」
望月が口にした内容に、今まで沈黙していた雛山と双葉が声を上げた。言葉にはしないものの、他の生徒会メンバーも同じ思いのようだ。
「うん、私や他の先生たちも同じ気持ちだよ。―――だから、みんなに機密情報を教えたの。彼女を、救うために」
その反応を予想していたかのように、望月はそう言うのだった。




