49.クロケル
「天草さん……」
屋外訓練場へ向かう途中、雛山が天草の名を口にした。……こいつが、屋外訓練場へ天草が向かうのを目撃したと言い出したので、俺たちはそこに向かっているのだ。
「にしても、あいつはどうしてあんなところへ行ったんだ?」
俺が疑問に思うのは、何故あいつが屋外訓練場に行ったのかということだ。あそこは普段から、一般生徒の立ち入りが許されていない。一応、慰霊祭の期間は入り口が封鎖されているし、例え入ろうとしても簡単には侵入できないはず。っていうか、前にも雛山が迷い込んでたし、常時封鎖してもいいと思うんだが。まあ、バアルが訓練場を出ることはまずないし、例え無謀でもバアルへ挑戦する生徒の向上心を尊重するという意味不明な運営方針だからそうなっているのだが。その辺は望月や如月も不満らしい。
「しーたん、割としっかりしてるし、間違ってこっちの道に来たってことはないと思うよ」
「となると、何か目的があってなんだろうが……あいつはバアルと戦う力がないはずなんだがな」
まあ、俺のクラスにも、勝手に屋外訓練場に入って痛い目を見た奴が何人かいる。過去にはそれで死者も出しているらしい。けれど、天草はそんな無謀じゃないはずなんだが。
「……っと」
そうこうしているうちに、俺たちは屋外訓練場の入り口までやって来た。……が、見事に封鎖が解かれていた。入り口の鉄扉は、施錠していた南京錠が外され、開きっぱなしになっている。
「これ、天草がやったのか? ピッキングの跡とかはないが」
「……ううん。お兄ちゃん、これ、鍵が馬鹿になってる。ピッキングじゃなくて、鍵の構造そのものが壊れてる感じかも」
「それ、普通に壊すより難しくないか?」
南京錠は、少なくとも普通ではない方法で壊されていた様子。もしもこれを天草がやったとしたら―――あいつは、俺たちが知っているような人間ではない可能性が高いな。
「……」
「あ、おい……!」
それを深刻に捉えたのか、それとも元々他のことが目に入ってないのか、雛山が一人で訓練場内へ入っていく。……こいつ、武器もないのにどうする気なんだよ? 今はいつもの木刀もないってのに。
「お兄ちゃん、あたしたちも行こう」
「……お前、最悪一人で戦えよ。俺も武器になるものを見つけたら何とかできるが、あいつは完全に無防備だ」
「うーたんを守るのはおっけーだけど、お兄ちゃんはいいの? 武器がなかったら、大変じゃない?」
「安心しろ。俺は大元のバアルだ。序列は一位、元熾天使の大いなる王なんだからな。ソロモンの悪魔くらい、倒せないまでも、こっちが負けることなんてないさ」
俺の元ネタは、ソロモンの悪魔としては最上位だ。ここに出現する、下位悪魔のバアル如きでは、俺を傷つけられない。
「うん、じゃあ、早くうーたんを追いかけないとね。もうあんな遠くにいるし」
「あ……行くか」
双葉と話している間に、雛山は一人で奥まで行ってしまった。俺は双葉と共に、雛山の後を追う。
「―――あ」
屋外訓練場で、天草さんの姿を探して。私はようやく、彼女を見つけた。天草さんは瓦礫の前に跪き、ぶつぶつと何かを呟いているようだった。
「天草さん」
「―――あ、雛山さん」
私が声を掛けると、彼女は立ち上がってこちらに振り返る―――けど、その顔には違和感があった。今はまだお昼前なのに、彼女の顔は陽が落ちたみたいに真っ暗だった。顔のパーツが辛うじて確認できる程度にまで、闇に満ちている。
「どうしたの? こんなところで」
「うん……私ね、これから家族のところへ行くの」
「……え」
天草さんは、私に向かってそんなことを言う。けれど、私はその意味を、全く理解できなかった。……確か、天草さんの家族はみんな死んでるはず。他でもない彼女自身がそう言っていたのだ。それなのに、その家族のところへ行くって。
「私ね、雛山さんのこと、好きだよ。だから、最後にお別れが言えて、よかった」
「天草、さん……」
何故だろう。今の彼女を見ていると、止めなくては、と思ってしまう。いや、実際、止めなければならないのだろう。そうしなければ、彼女はこの場から―――この世から、いなくなってしまいそうで。
「でも、巻き込みたくはないから―――ちゃんと逃げてね」
「……っ!?」
だけど、私が思考停止に陥ってる間に、全ては手遅れとなった。天草さんの周りに闇が漂いだし、あっという間に彼女を包み込む。その闇は、まるで、そう―――まるで、バアルのようだった。
「天草さん……!」
私は咄嗟に、彼女の元へと駆け出す。……それが自殺行為であると本能が告げているのに、それを無視しながら。
「うーたんっ……!」
「雛山……!」
けれど、それを阻む者がいた。織部君たちが、私に追いついたみたいだ。
「双葉、こいつを連れてさっさと離脱しろ……! ついでに、望月たちにも報告だ……!」
「でも、お兄ちゃんは……!?」
「問題ない―――ロンギヌス」
織部君は手にした鉄パイプを構えると、天草さんに向かって突進した。止めて―――彼女はバアルじゃない、人間なのに……!
「……!?」
私の思いが通じたのか、彼はすぐに足を止める。それと同時、天草さんの姿にも変化が現れた。一番の変化は下半身。二本の足が一つになり、太くなって、そこから更に十本の脚が生えてきた。そのうち八本は地面に突き刺さって、残りの二本は上部に突き出て更に太さを増していく。その変化を楽しむように、天草さんの真っ黒な口は大きく開かれている。
「え―――お兄、ちゃん……?」
「……双葉、今すぐそいつを抱えて逃げろ。こいつはお前では絶対勝てない」
「で、でも、今のお兄ちゃんじゃあ、お兄ちゃんには―――」
「いいから早く……! 全滅するぞ……!」
「っ……!」
織部君たちが何か言い争ってるけど、そんなことはどうでもいい。それより今は、一刻も早く天草さんのところへ―――
「うーたんごめん……! ハンドカフスッ……!」
「……え?」
けれども、私の体は動かなかった。いつの間にか、両腕と両足に手錠が掛けられていて、身動きが封じられていたのだ。
「……お兄ちゃん、死なないでね。あたし、しーたんのことは好きだけど、そっちのお兄ちゃんより、お兄ちゃんのほうが好きだから」
そして双葉ちゃんが私を抱えて、そのまま織部君と天草さんから離れていく。……待って! まだ、天草さんが……!




