47.ウヴァル
◇
……翌週。
「いよいよ翌日だな」
「……反省したか?」
「……ああ」
唐突に現実逃避をし始めた生徒会長に、俺は冷たく言い放った。……慰霊祭を翌日に控え、各生徒に特別クーポンが配られた。その額は、成績優良である雛山が十万円分、成績最低な俺や転校してきたばかりの双葉でも一万円分。おまけに、当日の出店で出される食い物は最低千円以上、ミニゲームは一回五千円と、予想通りの価格設定だった。なので、案の定双葉が怒り狂って、生徒会長を襲ったのだ。さすが生徒会長だけあって死ぬことはなかったが、数々の拷問道具によってコテンパンにされ、俺が駆けつけたときにはボロボロになっていた。
「強いとは思っていたが、まさかあれほどとは……」
「命があるだけマシだろ。あいつが嬲るよりも殺すほうに集中していたら、一瞬で死んでたぞ」
「……ほんと反省してますすいませんごめんなさい」
双葉は今、別室に連行している。雛山が落ち着けているので大丈夫だろう。
「俺も自分で言ってて間違ってると思ってたんだが……まさか、本当にあんな騙し方をしてくるとはな」
「いやほんとにごめんなさいもうしません」
「双葉の奴は雛山が宥めてるが、もうフォローのしようがないよな。っていうか、あいつがやってなかったら俺が殺ってたし」
「か、返す言葉もございません……」
折角のチャンスなので、俺は生徒会長をとことん虐めた。……まあ、元々はこいつが悪いんだし、自業自得か。
「これは、クーポンの追加をしないとだよな。せめて後三万円分はないと、双葉も収まらないだろうな」
「さ、三万……わ、分かった、私の分から出そう」
「ああ、俺と双葉、ついでに雛山にそれぞれ三万だからな。合計で九万」
「きゅ―――」
更に、生徒会長にクーポンの補填をさせる。成績優秀な雛山でも十万だったから、生徒会長も同じくらいだろう。だから、俺はその殆どを奪い取った。
「落ち着いたか?」
「あ、お兄ちゃん」
生徒会室を出て、俺は双葉のいる空き教室までやって来た。
「大丈夫、ずっと大人しくしてた」
「ったく、面倒なことしてくれやがって……」
そして双葉の隣には雛山もいた。こいつが双葉を宥めていたのだが、双葉は俺以外だとこいつくらいしか話が出来ない。……いや、俺の話は聞かないことが多いし、俺よりまともに話を聞くんじゃないだろうか?
「だって、あの下等雑種が悪いんだよっ! あたしだけじゃなくて、お兄ちゃんや、うーたんまで騙すからっ!」
「へいへい。……ほら、あの阿呆から分捕って来たぜ」
「え……?」
また興奮し始めた双葉に、俺は生徒会長から奪ったクーポンを渡す。そして、一応雛山にも取り分をくれてやった。
「少ないが、あいつの配布分をほぼ全額な。これで我慢してくれ」
「……お兄ちゃんって、意外とツンデレだよね」
「うん。同意」
「同意じゃねぇよ」
折角人が気を利かせてやったというのに、この二人は何故か人の神経を逆なでするようなことを言う。
「だって、普段はあたしたちのことを邪険に扱うのに、こういうときは無駄に頑張るし」
「うん。私のことも邪魔者扱いしてるけど、たまにデレる」
「デレてねぇよ」
なんとも不本意な評価なのだが、この二人にとっては共通認識らしい。……とはいえ、全く身に覚えがないかと言われると、そうでもないから余計に困る。
「ともかく、これで納得してくれよ。っていうかしろ」
「うんっ。お兄ちゃんがデレてくれたんだから、それだけでも大満足だよっ」
デレた云々は決して許容できないが、まあ、大人しくしてくれるならいいか。必要経費だと割り切ろう。……我侭な奴らと一緒だと、妥協というものを身に着けさせられるな。人間ってのは、こうして成長していく種族なのか。
「よし、じゃあ帰るぞ」
「うんっ」
「うん」
今回の件は、相手が生徒会長で、向こうに非があるため、大事にはならなかった。俺は二人を連れて、寮へと戻った。
◇
……その日の夕方。
「……」
早めの夕餉を終えた少女は、寮を抜け出して、屋外訓練場へと足を運んだ。その様子はどこか切羽詰っており、何かに追い立てられているようだった。
「……」
屋外訓練場へと足を踏み入れると、そのまま真っ直ぐ、とある一画へと進んだ。夏に近い時期とはいえ、既に日は落ち始めていたが、少女は迷うことも躓くこともなかった。その足取りはまるで、慣れ親しんだ町を歩くかのようだった。
「……」
そして少女は、目的の場所へと辿り着いた。そこにあるのは、瓦礫の山。いや、この場所には瓦礫の山以外には何もなかった。町の残骸がそのままになり、放置された区画なのだが、、彼女は迷うことなくこの場所へとやって来たのだ。まるで、その瓦礫に用があったかのように。
「……お父さん、お母さん、うーちゃん」
そして少女は、瓦礫に向かって、家族の名を呼んだ。……無論、そこには家族などいない。それを承知しながらも、彼女は呼ばずにはいられないのだ。
「明日、だから……そしたら、そっちに行くから」
祈るようにそう呟く少女。彼女の顔には、夕暮れ時であることを考えても異様なほど、濃い陰が差していた。……少女の存在は、徐々に異質なものへと変化しているのだが、それは彼女自身も知り得ないことだった。
◇
……翌日。
「さー! 豪遊しよー!」
「そこまで余裕があるわけじゃないだろ」
朝。今日は慰霊祭だ。 慰霊祭は朝から夜遅くまで開催され、生徒たちは記念式典に参加したり教師たちが担当する出店を楽しむ。特に人気なのは、やはり例のミニゲームだろう。単位がもらえるということは、授業をサボれるだけでなく、成績が芳しくなくともそれを補えるということだ。今回の催しが死活問題になるほど切実な生徒もいるはずだ。
「でもでも~! お兄ちゃんのお陰で五万円もあるんだよ~! ミニゲームで単位を確保した後は色々食べ放題だよー!」
「弾は十回分しかないぞ。それで単位が確保できるのか?」
「大丈夫! 無能な人間が作るゲームなんてあたしたちの敵じゃないもん!」
「ったく……」
ハイテンションな双葉は調子のいいことを言っているが、進級や卒業に関わる以上、そう簡単にはいかないだろう。後で暴れないといいが。
「大丈夫。いざとなったら私も助太刀する」
「うーたんの分も考えれば、寧ろ多すぎて困るくらいだよ!」
更には、成績のお陰でクーポンに余裕のある雛山までこの始末。……後で泣いても知らんからな。少なくとも、あの望月や如月が関わっている以上、一筋縄ではいかないはず。
「心配しなくても、お兄ちゃんの分の単位も確保するからね!」
「大船に乗ったつもりでいればいいよ」
「どうせ泥舟だろ」
まあ、こいつらが痛い目を見るのは別に構わない。人間というものがそこまで甘くないと学習してくれれば、俺にとっても好都合だ。




