45.ヴィネ
◇
……翌日、近代史の授業にて。
「―――というわけで、「恵那山事変」後も日本各地でバアルが出現し、エクソシストがこれを撃退していきました。それはここ「A・ジェイク学園」―――旧美山町も例外ではありません」
いつもの授業中。如月の声が教室に響き渡る中、俺は珍しく真面目にノートを取っていた。……いや、如月の授業は下手なことをすると後が怖いから、普段から真面目な振りくらいはしている。だが、今日の範囲は俺にも無関係ではないのだ。
「この学園は、美山町にあった大きな教会の跡地に建設されました。バアルの襲撃により、その教会は全壊、近隣の住宅街などは半壊し、町は事実上壊滅しました。壊された町は屋外訓練場となっていますが、強力なバアルが出没するので、先生の許可なく入らないでくださいね」
美山町に出現したバアル。その内、一体は俺のことだ。……当時、日本での主導権を握り始めていたエクソシストたちは、本国では出来ないような研究―――バアルを捕らえて直接実験するなどの、一部の人間にしか知らされないような内容の研究を日本でしようとしていた。その一環で、バアルだった俺は方術で捕らえられ、急造された実験施設へと運ばれた。そこでの実験により、俺はバアルから人間へと生まれ変わった―――らしい。というのも、俺は自身がバアルだったことは覚えているのだが、当時の詳細な記憶は何一つない。だからこそ、俺が起こした惨事の概要くらいは、ちゃんと知っておかなければと思っているのだ。
「「恵那山事変」から続くいくつもの事変―――「日本七事変」の一つとして、この町で起こったことは「美山事変」と呼ばれています。バアルが出現した日付から、「六・一三事変」とも呼ばれています。丁度、来週の六月十三日に「美山事変」の慰霊祭が行われるので、皆さんも参加してみてくださいね」
慰霊祭、か……。そういえば、この学園では学園祭の代わりに慰霊祭があるんだったか。学園祭みたいに生徒が出店を出したりはしないが、その分教師たちが色々な催しをして、実質的な無礼講だとか。……まあ、自分で滅茶苦茶にしておいてその慰霊祭に出るのも変な話だから、俺はパスするだろうが。
「お兄ちゃん、一緒に慰霊祭見て回ろっ」
「……授業中だぞ」
しかし、隣の双葉はそんなことを言い出した。……こいつは「美山事変」のバアルではないはずだ。いや、時期から考えてもっと最近のバアルだろう。だからこそ、罪悪感のとかないんだろうな。いや、それ以前にこいつの辞書には「罪悪感」の文字が抜けているか。どちらにしても、如月の授業で私語は止めてくれ。
「……」
だが、対照的に雛山はだんまりだった。如月の恐ろしさを知っているから……だと思ったのだが、授業を真面目に聞いている様子もなく、ただボケッとしているようだった。まあ、別に俺の知ったことではないがな。
◇
……放課後。
「織部君、雛山さん」
授業が終わるなり、生徒会長が教室に入ってきた。……こいつ、自分の授業はどうしてるんだ? 上級生の教室はそこそこ遠いし、こんなすぐ来れるはずないんだが。
「急用だ。妹さんも一緒でいいから、来てくれ」
「嫌だっての」
そして入ってくるなり、そんなことを言い出す。だが、俺はそんな面倒は御免だ。にべもなく一蹴する。
「来てくれたら、慰霊祭で使える特別クーポンを一万円分進呈しよう」
「特別クーポン?」
「一万円!?」
だが、生徒会長の言葉に、雛山と双葉が反応した。何だよそのクーポンってのは?
「君たちも慰霊祭では色々物入りだろ? 実は慰霊祭の準備で人手が足りなくてな。手伝ってくれたら、当日使えるクーポンをあげよう。勿論、一人につき一万だ」
「そんなにあっても用途がないだろ」
「ふっ……見くびられては困るな」
事情を説明されたのだが、一万円なんて大金を慰霊祭の間に使い切れるとは思えなかった。なのだが、生徒会長は自信満々だ。
「慰霊祭にはいくつかミニゲームが催されているのだが、それをクリアすると単位がもらえるんだ。つまり、単位をもらえれば、授業を多少サボっても平気なんだ。そして、そのゲームをプレイするのには特別クーポンが必要なんだよ。……そもそもクーポンは、普段の成績によって配布されるからな。普通に楽しむ分も考えれば、弾数は多いほうがいいだろ?」
「っていうことは、お兄ちゃんと一緒に遊ぶ時間が増えるの!?」
「それは魅力的」
生徒会長が話した内容に、二人は思いっきり食いついていた。……っていうか、授業をサボれる特典ってどうなんだよ? 特別クーポンの配布方法から考えるに、本来は成績優良者に授業免除の特典を、という趣旨なのだろうが。
「というわけなんだが……三人とも、協力してくれるか?」
「うん」
「喜んで!」
そんなわけで、雛山と双葉は完全に生徒会長に買収されてしまった。……これ、どう考えても俺も巻き添えのパターンだよな。
◇
……生徒会室にて。
「というわけで、君たちにはパンフレットを製作してもらうぞ」
生徒会長に連れられて、俺たちは生徒会室に踏み入れた。そこでは生徒会メンバーの面々が、パンフレットの製本やら慰霊祭で使う飾の作製やらを行っていた。
「た、助けて~!」
「見ての通り、里奈がパンクしそうなんだ。助けてやってくれ」
その中で、庶務の大村は既にてんてこ舞いだった。……恐らくは、この惨事を見て、生徒会長は俺たちをヘルプに寄越したのだろう。特別クーポンのボーナスというバイト代は俺たちに確実に仕事をしてもらうためだろうが、この状態を見ると致し方ないように思える。何せ、パンフレットのページは床に散乱し、ホチキスなどの道具も散らばり、周囲には足の踏み場もないのだ。更に、それらを拾い集めては、積み上げた紙をまた崩すというドジっぷりを発揮している。
「なんていうか……ドジだな」
「うん、ドジ」
「ラノベのドジっ娘属性ヒロインも真っ青のドジっぷりだよねー。ちょっとデスサイズ投げたくなるくらいに」
「言ってやるな。里奈のドジは今に始まったことじゃない。入ってきたばかりの頃は、それこそ本気で追い出してやろうかと思ったが、今ではもう慣れた」
「うぅ……返す言葉もないです」
そんなドジの化身となった大村を、生徒会長は何かを悟ったような表情でそう言う。……どうしてそのときにクビにしなかったんだよ? その皺寄せが俺にまで来てるんだが。




