44.シャックス
◇
……その日の夕方。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
織部君の部屋から帰って。寮に戻ると、天草さんが出迎えてくれた。……ここには他にも学生がいるはずなのに、何故か天草さん以外とは滅多に会わない。学園七不思議に数えてもいいと思う。
「今日も織部君のところ?」
「うん」
部屋へ向かい歩く途中、天草さんとそんなことを話す。いつもの会話だけど、今日の彼女はどこか―――そう、寂しそうだった。
「……織部君、妹さんと一緒なんだよね」
「うん。双葉ちゃんとは気が合う」
「そっか……」
やっぱり、天草さんは寂しそうだった。双葉ちゃんのことを言い出したりしてるけど、本当に言いたいことは口にしてないような気がする。
「……どうかしたの?」
「え? う、ううん、なんでもないよ……!」
気になってそう問い掛けてみるも、天草さんはそうやって首を振った。……誤魔化された。ちょっと悲しい。
「……」
「う……べ、別に何かあるってわけじゃないんだけど、ただ、ちょっと、ね」
けれど、私の視線に耐えかねたのか、天草さんが観念したようにそう言う。
「ちょっと、落ち着けるところで話したいんだけど、いい?」
「分かった」
彼女の提案に頷き、私たちは食堂へと向かった。
「とりあえず、お茶淹れるね」
食堂に着くと、天草さんは急須を取り出してお茶を用意し始めた。暫くして熱い緑茶が出てくると、彼女は私の対面に座った。そしてお茶を一口含むと、こう切り出す。
「……あのね。前にも話したけど、私、実は家族がいないの」
「……」
天草さんが話してくれたのは、自身の境遇についてだった。……そういえば、それなりの付き合いなのに、彼女のことはほんとに何も知らない。どこの出身だとか、どんな経歴があるのかとか、勿論家族構成も。バアルに家族を殺されたっていうのは前に聞いたけど。
「ここ、この学園がある場所―――昔は美山町って名前だったの。私、ここの出身なんだ」
「あ……」
けれど、その話を聞いて、大体は察することが出来た。……この学園は、バアルによって壊滅させられた町に作られている。つまり、天草さんは元々ここの出身だったのだろう。
「お父さんも、お母さんも、みんなバアルに殺されて……妹もいたんだけど、死んじゃったの。生き残ったのは、私一人だけ。だから、ちょっと羨ましいんだ。妹と一緒に学校へ行ける織部君が」
もしかしたら、天草さんは私を見て、妹を思い出していたのかもしれない。だから、よく私に世話を焼いていたのかも。……彼女とは同い年だけど、自分が少し幼稚で見た目も子供っぽいという自覚ぐらいはあるし。
「天草さん、寂しいの?」
「え? う、うん……そう、かも」
私の問い掛けに、天草さんは戸惑いながらもそう答える。……それなら、天草さんが寂しくないようにしよう。
「じゃあ、明日なんだけど―――」
◇
……翌日の放課後。
「……で? どうしてこうなった?」
授業を終え、ここ数日で恒例化した俺の部屋での集いが始まる。だが、今日は一つだけ―――いや、一人だけ違う点があった。
「ゲストの天草さん」
「お、お邪魔します……」
雛山が連れてきたのは、同じクラスの天草。……何故かは知らないが、こいつが天草を参加させた。何で急に?
「何やってるんだよ?」
「天草さんも一緒がいい」
「あの、えっと、ごめんなさい……」
現状だって、生徒会をサボれるというメリットがあるからこの集まりを許容しているだけで。別に、天草がいていいということはないのだ。寧ろ、これ以上面倒な面々が増えると困る。
「あの、私、やっぱり迷惑じゃあ……」
「ううん」
「大丈夫だよー」
「さっさと帰れ」
しかしこの瞬間、多数決にて俺の敗北が確定した。……双葉は絶対追い返そうとすると思っていたのだが、予想に反して歓迎ムードだ。
「何でお前が賛成してるんだよ?」
「んー? だって、うーたんのお友達でしょ? だったら大歓迎だよー」
その双葉は、雛山のことをうーたんと呼んでいる。……いつの間にそこまで仲良くなったのか。うーたんというのは、雛山ウルスラだからか。
「ほら、ポテチあるよー」
「カピルス飲む?」
「あ、ありがとう……」
雛山たちに菓子を勧められて、天草は困惑しながらも受け取っていた。だが、その際にこちらへ目を向けるだけ、他の女共よりは人の話を聞ける奴のようだ。
「織部君……その、ごめんね」
「……もう俺は知らん」
それでも居座る気満々なのだが、俺の話を無視しないだけまだマシだ。そんな奴がいれば、俺の立場ももう少し良くなるかもしれない。俺はそんな淡い期待を込めて、了承の意味でそう返すのだった。
◇
……それから数日。
「ふぅ……今日は暑いよねー。クーラーつけない?」
「馬鹿言え。まだ六月になったばかりだ」
今日も今日とて放課後の集い。今日は特に気温が高く、衣替えの直後でも暑さで参ってしまう。双葉は冷房を要求しているが、今の時期から使っていては体が持たないだろう。
「アイス食べる?」
「食べるー!」
そんな双葉は、雛山から差し出されたアイスに飛びついていた。……こいつ、いつの間にアイスなんて用意したんだ? っていうか、俺がストックしてたアイスと同じ銘柄じゃないか。まさかとは思うが、勝手に冷蔵庫から取り出したのか?
「織部君も食べる?」
「それ、冷蔵庫から出してないよな?」
「それが?」
「おい」
案の定、雛山は俺のアイスをパクっていた。……こいつ、とうとう盗みまで働くようになったか。
「織部君……その、ごめんね。勝手に持ち出して」
「……謝罪の言葉は、せめてアイスを咥えないで言って欲しいんだが」
「ご、ごめん……」
そして、ここ数日で分かったことがある。天草は俺の話を聞くし、一々謝罪するが、結局は雛山たちの同類だということだ。要するに、態度が違うだけで、迷惑なことには変わらない。寧ろ却って性質が悪いかもしれないな。
「はむっ……ちゅぱっ、ちゅぷ……アイス、甘くって、冷たくって、美味しいぃ」
「お前、態と音立ててないか?」
「そのほうが色っぽくない~?」
「ない。全く」
双葉は双葉で、ふざけたアイスの食い方をしている。……この幼児体型に色気なんて求めてないし、そもそも存在していないだろう。んな無駄なことしてる暇があったら、勉強でもしてろよ。主に常識の。
「もうすぐ夏だよねー」
「……そうだな」
「夏になったら、お兄ちゃんにあたしのスク水姿を見せてあげるねー。悩殺しちゃうんだからー」
「されるか馬鹿」
「織部君、スク水好きなの?」
「とりあえずお前も黙ろうな」
相変わらずの騒がしい日々。だが、こんな日常も、悪くないと思い始めていたのだった。




