41.フォカロル
◇
……放課後。
「お兄ちゃん、一緒に帰ろっ」
授業が終わって。双葉がそんなことを言いながら抱きついてくる。……今日はこの後、生徒会室に寄らなければならないのだが、これを理由にふけられるな。
「分かった」
「織部君、私も一緒に帰る」
だが、まるで俺の魂胆を見透かしたように、雛山もそう言い出した。……いや、こいつは自分の都合だけで行動しているんだろうし、関係ないか。そもそも、生徒会に入ったのだって自分の欲求を満たすためだし。
「……ったく、どうしてこんな奴らばっかりに」
俺は溜息を漏らしながらも、二人を連れて帰路に着くのだった。
◇
「るんらるんらるんるん~♪」
変な鼻歌交じりに俺の隣を歩くのは、自称俺の妹である双葉。……ただ鼻歌交じりに歩くだけならいいのだが、俺の腕に絡み付いてくるから歩きにくい。
「~~~♪」
そして同じく、俺の隣で鼻歌を歌う雛山。こちらもご丁寧に俺の腕をホールドしている。……両腕がこの状態では、自分のペースでは歩けない。なんか飼い犬になったみたいで気分が悪い。
「……はぁ」
そして俺は、飼い犬のように大人しくしているしかなくて。……生徒会をサボるためにと思ったのがいけなかったのか。それとも、単純にこういう運命なのか。どちらにせよ、俺は自分の境遇を呪うしかない。
「っていうかお前、寮はどこなんだよ?」
そこで俺はふと、双葉の寮がどこにあるのか気になった。……正直どうでもいい話なのだが、俺の行き先にも関係する話なので、尋ねないわけにもいかない。
「え? お兄ちゃんと同じ寮だよ?」
「……は?」
だが、双葉から返ってきたのはそんな言葉だった。……おいおい。俺は聞いてないぞ?
「だって、寮って共同生活なんでしょ? だったら、兄妹で共同生活するのは当然だよね?」
けれども、双葉に言われて、つい納得してしまいそうだった。寮は複数人の学生での共同生活が前提に作られているし、こいつが俺と同類ならば一緒のほうが都合もいいだろう。……だからといって、同居人になる俺へ事前連絡がないのはどうかと思うが。
「大丈夫。ちゃんとお兄ちゃんのお世話はしてあげるから。勉強もしたし」
「勉強?」
「うん。「お兄ちゃんのお世話は妹の役目なんだよ?」って本で」
双葉が挙げたタイトルは、俺が前に読んでいたラノベだ。……あれって確か、妹が兄にセクハラするんだよな。望月に確認してみたら、普通の兄妹はあんなことしないらしいし。
「だから安心して。お兄ちゃんの下半身はあたしがケアしてあげるから」
「要らねぇからな」
「織部君、下半身の調子が悪いの?」
「お前まで何を言い出すんだよ!?」
そのせいか、話の流れがおかしくなっている。……最近の雛山を見ていると、あのラノベでヒロインがやってることも平気でしてきそうで怖い。
「ったく、頼むから大人しくしててくれよ……」
「はーい」
「うん」
こいつらが変なことをしないうちに、さっさと連れて行くか。……まあ、寮に着いたら暴走する可能性が高いけどな。
「うわぁ~! ここがお兄ちゃんの部屋なんだ~!」
寮に入ると、双葉がテンション高く声を上げた。……こいつの荷物は授業中に運び込んであったらしく、こいつもここに入るのは初めてらしい。そもそもは学校のものとはいえ、人の部屋に勝手に入るのはどうなんだろうか?
「……織部君の匂いがする」
雛山は中に入った途端、鼻を動かして匂いを嗅いでいる。……俺の匂いなんて嗅いでどうするんだよ?
「寝室はこっち? ベッドの下を漁っちゃおうっと」
「私も行く」
すると、二人は俺の個室へと入っていく。つーか勝手に何やってるんだよ? ベッドの下には何もないぞ。
「お布団ダ~イブッ!」
「ターイブッ」
二人を追いかけていくと、何故か俺のベッドにダイブしていた。……いつの間に仲良くなっているんだよ?
「う~ん、やっぱりお兄ちゃんの匂いはお布団が一番だよね。パンツも良さげだけど、ちょっとえぐそうだし」
「この匂い、凄く落ち着く」
「分かってるね~。お兄ちゃんの匂いは安眠鎮静効果抜群だから、寝る前に嗅いでおくといいよ」
俺の体臭について語り合う二人。……仲が良いのは結構だが、もうちょっと話題を選べよ。男の体臭で盛り上がるとか、もう変態にしか見えないぞ。
「……でも、私、寝る前は嗅げない」
「あ、そっか~。寮が違うから、そういうことが出来ないんだね~。これも妹特権~!」
「別にお前になら嗅がせるわけじゃないからな。っていうか嗅ぐな」
「妹羨ましい」
「そうでしょでしょ? 羨望の眼差しを向けてもいいんだよー?」
そろそろ突っ込んだほうがいいと思い、二人の話に割り込んだ。……が、二人とも完全に無視して会話を続行している。そういえば、二人とも人の話を聞かない奴だったな。
「私、こっちに移ってきてもいい?」
「いや、駄目に決まってるだろ」
「う~ん……お兄ちゃんの魅力に気づくのは中々にポイント高いけど、ここはお兄ちゃんとの愛の巣だから、駄目」
「残念」
案の定というべきか、こちらへ引っ越したいと言い出した雛山に、双葉はそう言って突っぱねた。……何か聞き捨てならない単語が聞こえたが、雛山が珍しく引き下がったので、見逃してやるか。どうせ言っても聞かないし。
「でも、放課後にちょっとだけなら嗅がせてあげる。それで堪能したら、そのまま帰って、自分のお布団の中で悶々としながら眠るといいよ」
「それは寧ろ安眠妨害じゃないのか?」
本人を無視したまま勝手な約束をする妹に、俺はそう突っ込むしかなかった。……普通に言っても聞かない奴だからな。まあ、遠回しに言っても余計に聞かないだけだが。
「あ、それか、お兄ちゃんの汗拭いたタオルでもあげよっか?」
「欲しい」
「やらねぇからな!」
「そういうわけだから、お兄ちゃん、今すぐ汗かいて? この子とあたしとで二枚ね」
「おいこらふざけるなこの愚妹が!」
そして、やはり俺の主張を何一つ聞いていない双葉は、こんなことを言い出す。無茶振りもいいところだった。
「え? お兄ちゃんの汗をぺろぺろするのは妹の役目でしょ?」
「ラノベのネタを実行しようとしてるんじゃねぇよ!」
今のは、「お兄ちゃんのお世話は妹の役目なんだよ?」で妹が口にした台詞の一つだ。……こいつが俺に付き纏うのって、あのラノベの影響なんじゃないのか? 誰だよ? こいつにあの本勧めたのは。




