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40.ラウム


  ◇



 ……学園に戻って。


「……やっと戻れたか」

 バスを降りて。俺は、この学園に戻れたことを心から感謝した。……結局、車内では雛山の抱擁が続けられていた。途中休憩の後も捕まり、俺の頭蓋骨はもう限界だ。

「……満足」

「ほんとですね~」

 俺に続いて降りてきた雛山と如月は、どことなく顔がつやつやしていた。……こいつらを殴り飛ばしたいところだが、それができないと分かっているだけに、この怒りを発散する術が思いつかない。そろそろストレスで胃潰瘍になりそうだ。

「さてと―――皆さん、これで合宿は終了となりました。五日間、お疲れ様です」

 全員がバスを降りて、如月が引率らしいことを言い出した。こういうところを見ると、こいつも教師なんだなと思えるから不思議だ。

「今日と明日は、合宿参加メンバーに限りお休みです。ゆっくりと合宿の疲れを癒してください」

 如月はそう締め括って、最後の挨拶を終わる。……俺のこの疲労は、今日明日休み続けたくらいでは癒せそうにないんだが。

「織部君、行こっ」

「……いや待て。なんでお前が俺の手を握ってるんだ?」

 さっさと寮に引き上げようとしたら、雛山が俺の手を掴んできた。……止してくれ。俺はもう、これ以上こいつの戯れに付き合えるだけの体力を残していない。これ以上はほんとに死ぬぞ、おい。

「一緒に帰ろう」

「いや、お前とは寮の場所が違うだろ」

「じゃあ、私の部屋に来て?」

「やなこった」

 だが、雛山は相変わらずの頑固だった。本当ならばこの手も振り解きたいのだが、生憎それをやったら俺の手首が死ぬ。……もう嫌だ。生きてるのが虚しくなってくる。今までやってきたことを考えれば当然の報いなのかもしれないが、どうして俺がこんな理不尽を受け入れなければならないのか。ならばいっそ、あのまま葬ってくれればよかったのに。

「いいから来て」

「ちょ、おい……!」

 そうして俺は、合宿の疲れを癒す間もなく、雛山の我侭に付き合わされるのだった。



  ◇



 ……合宿から暫くが経過して。


「みんな、今日は新しいお友達を紹介するよ」

 合宿も終わってようやくいつもの日常に戻れたと思った頃、それはやってきた。……如月から聞いていたから、予想はしていたのだが、いざそのときになってみると、生きる気力がごりごりと削られていくのが分かった。

「織部双葉でーす。お前たちみたいに下等な人間共は歯牙にもかけないからそのつもりでねっ♪」

「「……」」

 朝のホームルームにて。教室の前方で自己紹介しているのは、自称俺の妹である織部双葉。クラスメイト相手に喧嘩を売るその態度は、恵那山で顔を合わせた時と変わらない。そのせいで、クラス中が沈黙してしまった。

「え、えっと……織部さんは織部君の妹で、インターンで入学してきたの。彼女はまだ中学生だし、色々と不慣れなこともあると思うから、みんなでフォローしてあげてね」

 望月がそう取り繕うが、無駄だった。いや、俺の妹だと紹介してくれたお陰で、連中の怒りが俺に向けられた気がする。いい迷惑だ。まあ、名字でばれることだから仕方ないが。

「織部君の隣を空けておいたから、そこに座ってね」

「はーい」

 望月にそう言われて、双葉は俺のほうへやって来る。……先日席替えがあり、俺は最後部の窓際から二つ目の席になった。隣の窓際席は空けられていて、ここがあいつの席になるのだろう。因みに、反対側の席には雛山もいる。望月が面白がってこうしたのだ。

「これからよろしくね、お兄ちゃん」

「出来ればもう二度と顔を見たくないんだが」

「そういうこと言わないの。こんなに可愛い妹が、お兄ちゃんの学校生活を薔薇色にしてあげようっていうのに」

「要らん要らん」

 そして双葉は、何故か俺にだけ友好的な態度を取る。兄妹としての建前か、それとも単に同類だからか。恐らくはその両方だろう。

「えへへっ」

 ったく、雛山といい、どうしてこうも変な奴らに纏わりつかれるのか。



  ◇



「……おい、織部。ちょっと顔貸せ」

 ホームルームが終わって。男子の一人が俺に突っ掛かってきた。いや、そいつの傍にも男子が何人かいる。……これ、絶対に予感的中だな。

「ねぇねぇ雛山さん」

「双葉ちゃん、ちょっといいかな?」

 そしてほぼ同時に、女子が雛山と双葉に話し掛ける。……男子の邪魔をしないよう、こいつらの注意を引き付けているのだろう。その見事な連携は、もっと生かすべき機会があると思うんだが。

「……」

 俺は無言で立ち上がり、教室を出ることで了承の意を示す。当然、男子たちも俺の後に続いてきた。

「ここでいい」

 そしてやって来たのは、階段の踊り場。ホームルーム直後で、授業を控えたこの時間なら、人目に付くことは殆どない。……例えば、生徒が他の生徒に暴力を振るっても、教師に咎められる可能性は低いだろう。

「……で。お前の妹、頭いかれてるよな」

 男子の一人が、俺に向かってそう言う。……確かに、双葉の言動は非常識だ。こいつらにとっては、普段見下してる俺の妹に馬鹿にされたら、面白くないのは当然だろう。だが、一応中学生となっているあいつを、それも女子を直接攻撃するわけにも行かず、兄である俺に当り散らすことにしたのだろうな。女子も協力してる辺り、あの発言は相当やばかったらしい。

「こういうとき、兄貴がちゃんと責任とってくれないとだよな」

「だよな。妹の躾くらい、ちゃんとしておけって話だよな」

 どこかの生徒会メンバーみたいなことを言いながら、俺に厭らしい笑みを向けてくる男子たち。……まあ、痛い目に遭うだけなら雛山で慣れてる。こいつらの気が済めばそれで終わりだろうから、まだマシか。

「ねぇ、お兄ちゃん。何してるの?」

「織部君?」

 ―――だが、物事とはそううまくいかない。踊り場に双葉と雛山がやって来たのだ。……雛山はマイペースで自分勝手だし、双葉は他人のことなど気にしないから、俺の不在に気づいてここまで探しに来たのだろう。

「ひ、雛山かよ……」

 雛山の存在に、男子たちが怯える。……こいつが俺に執着しているのは割と有名だし、そうでなくともこいつは学年最強。望月すら、模擬戦では敗れているのだ。こいつらが怯えるのも無理ない。

「ねぇ、お兄ちゃんに何してたの?」

 双葉は俺のことを案じていたのか、男子たちにそんな問いを投げ掛ける。……が、雰囲気はかなり危ない。トールと対峙したときほどではないが、殺気も見せているぞ。

「もしも、あたしの大事なお兄ちゃんに変なことしたら―――虫けらの命なんて、一瞬で吹き飛ぶんだからね」

 直後、双葉の手に鎌が現れる。トールを切り裂いたのと同じ、デスサイズだろう。

「ひっ……!」

 どこからともなく現れた鎌を突きつけられ、男子たちが情けない悲鳴を上げる。尤も、あれはあらゆる生者に死を与えるデスサイズだ。死を恐れるのは、正常な本能なのだから、仕方ない。

「お兄ちゃん、行こっ」

「織部君、授業、始まるよ」

 鎌を消した双葉と、雛山が俺を教室へ呼び戻す。彼女たちの行動に、男子たちは何も言わなかった。……哀れだが、まあ、自業自得だろう。しかし、双葉のことはもう少し考えないとな。今回は脅しだけだったが、場合によっては手が出ていたかもしれないし。

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