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37.フェニックス

「はぁっ……!」

 俺はグングニールを片手に、トールへと突進する。……ミョルニルを投げられたら動きを止められてしまう。素早く接近し、相手に動かれる前にダメージを与えるのが基本だ。

「雷切……!」

 対して如月は、雷切の方術で遠距離攻撃を放っている。雷切を振るった際に生じる衝撃波で、トールの動きを牽制していた。

「織部君……!」

 そして残った雛山は、「神の血」を発動しながら俺に続いている。……確かに「神の血」は対巨人用の方術だが、雷神トールにどこまで通用するのか。

「ふんっ……!」

 俺はトールの足元へと突っ込み、そのまま足にグングニールを叩き込んだ。……が、手応えは小さい。あまり大きなダメージは与えられていないだろう。

「せいっ……!」

 雛山も「神の血」で切り掛かるが、こちらも効果が薄い。相手は確かに巨人だが、アース神族であり、しかも水とは相性の悪い雷の神だ。向こうにしてみれば、蚊に刺されたようなものだろう。

「くっ……雷切っ!」

 如月も牽制を続けているが、有効打が与えられないと、このままジリ貧になりかねない。

「織部君、何かいい方法ない?」

「あったらとっくにやってる」

 雛山の問い掛けに、俺はそう答えた。実際のところ、倒す方法はある。トールはヨルムンガンドに殺されている。故に、ヨルムンガンドを基にした方術でなら対抗できる。……が、俺がその力を得るためには、必要な道具が欠けている。ヨルムンガンドは大蛇だから、最低でも大蛇に相当するものが必要だ。それはさすがに、ロープくらいでは代用できない。しかし、生きている蛇に能力を使うことも出来ない。能力に制約が多すぎて、一番効果的な手が取れないのだ。

「ったく、面倒な奴だな……!」

 だが、無理に倒す必要もない。生徒会長たちが応援を呼んでくるはずだから、それまで耐えればいいのだ。或いは、適当なタイミングで離脱してもいい。要は、自分たちが安全に離脱できるまで粘ればいいのだ。

「下がれ……!」

「っ……!」

 すると、トールが攻撃の構えを見せた。俺は雛山に指示を出すと、共に後退する。直後、俺たちがいた場所に、トールのミョルニルが飛来する。……ミョルニルが地面に触れた途端、地面が音もなく陥没する。まるで、そこに何も存在していなかったかのように錯覚してしまうほど、一瞬で消滅したのだ。

「あれが本物のミョルニルか……」

 アース神族クラスのバアルが見せた力に、俺は戦慄した。……陥没した範囲こそ狭いが、俺たちがトールに密着していたからだと考えれば、寧ろ相手の足場を崩せなかった点が痛い。これでは、相手の自滅を誘う作戦は取れないな。

「これは……背を見せた瞬間にやられそうですね」

 如月も、雷切を振るいながら、表情を強張らせていた。……適当なタイミングで撤退すればいいだけなのだが、その隙を作るのがまたしんどい。如月の雷切で牽制しても、俺がグングニールで切りつけても、戦線離脱できるほどの隙にはならない。もっと大きなダメージを与えてのけぞらせればいいのだが、それもうまくいかない。

「……二人とも、私が隙を作りますから、逃げてください」

「そう言うと思ったぜ、このロマンチスト。「教え子を守って死ぬ私ってかっこいい」って考えてるなら止めて置けよ。んなことしても、稼げる時間なんて高が知れてる」

 案の定、華々しく散ろうとしていた如月に、俺はそう返した。……如月の実力なら、撤退の時間くらいは余裕で稼げるだろう。だが、如月自身が逃げる時間まで稼ぐのは難しい。もし出来たとしても、重傷を負う可能性が高いはずだ。

「ですが、それでは……」

 とはいえ、他に現実的な方法もない。このままでは、全滅の可能性すらある。だからといって、如月を犠牲にするのは極力避けたい。そんな手詰まり状態だった俺たちに、取れる手段など―――

「もー、お兄ちゃんったら、なっさけなーい」

「は……?」

 だが、突如聞こえてきた声に、俺は思考を中断してしまった。俺の隣に、小学生くらいの女児が立っていたのだ。……なんだこいつ? どうしてこんなところに、子供がいるんだ?

「そのくらいのバアル、お兄ちゃんなら簡単に倒せるでしょ?」

「お前……」

 女児は無邪気に笑いながら、俺にそんなことを言う。……こいつ、エクソシストなのか? いや、この気配は、まさか―――

「あなたは、もしかして……」

 如月も同じ考えに至ったのか、驚きに目を見開いている。……まあ、単純に、突然子供が現れたことに驚いているだけかもしれんが、呟いてる言葉からしてそれはないか。

「うふふっふー。不真面目なお兄ちゃんの代わりに、あたしがお手本、見せてあげるねー」

 女児はそう言いながら、トールへと歩いていく。対するトールは、戻ってきたミョルニルを投擲しようしていた。……女児が現れたせいで、如月が牽制を止めてしまったからだろう。だが、その動きもすぐに止まる。

「―――死は皆に平等。それは神々であっても同じ。特に、北欧神話であれば、なおさら」

 トールへ向かう女児の口調は、さっきまでと違っていた。無邪気だった声のトーンは、冷たささえ感じさせるほど平坦に。口調も、子供らしさは失われている。

「故に、死からは逃れられない。死を司るものは、誰であっても、そのものに死を与える」

 そんな女児に気圧されたのか、トールは完全に動きを止めていた。……バアルが人間に気圧されるなど、普通ならあり得ない。つまりこいつは、俺の想像通りということなのか?

「来たれ、デスサイズ」

 直後、女児の手には、巨大な鎌が握られていた。女児の身長以上はある鎌が、まるで最初からこそに存在していたかのように、だ。

「えっと、雷神トールだっけ……死んで」

 一瞬、また子供らしい口調に戻ったかと思えば、またもや平坦な声になり、トールへ向かって疾走する。とても子供の足とは思えない速度で、トールへと肉薄していた。

「……」

 そんな女児に、トールはやけくそ気味にミョルニルを投擲する……が、速すぎて当たらない。無駄に地面を陥没させるだけで、女児の動きを止めることすら出来なかった。

「……はっ!」

 その隙を突いて、女児はトールの足元まで入り込み、そのまま鎌で足に切り掛かった。切られた足は、最初から存在などしていなかったかのように消滅し、巨大なトールの体が倒れる。

「……せいっ!」

 そしてその体が倒れきる前に、女児はトールの体を切り刻んでいく。足、腕、脇腹―――時には大きく跳躍し、或いはトールの体を足場にして、その巨体を害していった。

「……ふぅ」

 そして、残された頭部が地面に落ちる前に、トールのバアルは消滅した。女児はふわりと着地して、軽く息を漏らしながら、鎌を地面に突き刺す。

「ねっ? 簡単でしょ?」

 そして、こちらに振り返り、満面の笑みを浮かべながらそう言うのだった。

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